テレパシー事件 19
「先生程国語の授業に熱心な方が……て、何それ?」
焼きそばパンを頬張りながら、綾音が笑った。
「言葉通りの意味だよ」
「それにしたって」
綾音、毅瑠、八千穂の三人は〈食堂〉で簡単な昼食を取っていた。蛯原教諭との話し合いがあることがわかっていたため、三人とも最初から総菜パンで済ませることにしていたのだ。昼休みは残り十五分だった。
「あの場合、蛯原先生にはできるだけ気分良くなってもらう必要があったからね」
「煽てるなんて……なんかやだ」
「その潔癖な意見は、女子高生としては清純でいいかもしれないけど、交渉事だからね」
「私は清純なの」
ふふん、と鼻で笑った綾音の顔を見て、八千穂がぼそっと言った。
「毅瑠。今、煽てた?」
「え?」綾音の顔が急に険しくなる。「……ああ、そうね。向井君て、そういう人だったわよね」
毅瑠はあらぬ方向を見ている。綾音はため息をついた。
「……でも、とりあえずありがとう。これで、うちのクラスの赤点は回避されたわけだし」
「上手くいって良かった。残るは二年C組だな」
「ホームルーム、倉持先生はどうするの?」
「倉持先生なら、今日のホームルームは急用ができることになってるよ」
「……また」
「え?」
「秘密主義もいい加減にして」
「いや、ごめん。これは忘れていただけだ。ちょっと生徒会から手を回した」
「ふーん。まあいいわ。今のところは何も言わない。でも、約束して欲しいことがあるの」
「何?」
「これが終わったら、私、二人に訊きたいことが山程あるのよ。その質問に答えてくれるわね?」
毅瑠と八千穂は顔を見合わせた。
「どうなの?」
「可能な限り努力はするよ」
八千穂も小さく頷いた。
「それにしても……生徒会の役員て、みんなタヌキよね」
「たぬき?」
「人を化かすってことよ。私、今回のことがあるまで、生徒会の活動とか、あんまり気にしたことなかったのよ。そりゃ、役員の名前くらい知っていたけどね。生徒会って、もっと品行方正な活動をしているんだと思っていたわ」
「品行方正だけど?」
「そうね。でも、煽てたり、裏から手を回したり……内実は悪の秘密結社みたい」
「学校は聖域じゃない。社会の縮図だ」
「何それ?」
「戸時会長が俺たちに言ったんだよ。高校生だって一人一人は独立した人間で、これだけ集まれば色々なことが起る。だから俺たちは、絵空事の綺麗事じゃなくて、現実的な信念を持ってことにあたらなければならない……」
「生徒会の信念? 『友達以上、恋人未満』ってあれ?」
「それは戸時会長が掲げた標語だよ。生徒会の信念は『全校生徒の滞りのない日常』」
「普通ね」
「だから、俺たちは普通なんだよ」
綾音は八千穂を見た。彼女の存在は、はたして普通といえるだろうか?――何が普通で、何が普通でないのか? 理解できることが普通で、理解できないことが異常なのか?――それを、誰か一人が決めつけることはできない――でも、それでも、日常が滞りなく進んでいくなら、いつか何かの答えに辿り着くかもしれない。自分の普通が変わるかもしれない。
「そうね……滞りないって大事だわ。水も滞ると腐るものね」
蛯原との話し合いで、滞っていた二年C組の日常に半分穴が開いた。後は放課後、もう半分を突き破らなければならない。
「頼むわね、向井君。神坂さん」
綾音が立ち上がったのと、昼休みの終了を告げる予鈴が鳴り響いたのが、ほぼ同時だった。