テレパシー事件 18
月曜日の昼休み。
綾音、毅瑠、八千穂の三人は、職員室で、蛯原教諭と倉持教諭に向かい合っていた。
「蛯原先生、二年C組クラス委員の乙蔵です。こちらは、生徒会書記の向井君と、事務員の神坂さんです」
顔も名前も知っているだろうが、綾音は形式的な挨拶から始めた。八千穂が生徒会事務員になったことは、昨日聞いたばかりだった。
「ふん、それで?」蛯原がつまらなそうな表情で言う。
五人は、職員室の一角にある応接セットにいた。ここは本来来客用で、生徒が使うことはないのだが、倉持がそこを指定したのだった。教員二人と、綾音、毅瑠の二人が向かい合って座り、毅瑠の背後に八千穂が立っている。
蛯原の態度に飲まれないように自分を律しながら、綾音は続けた。
「先週火曜日の小論文の件です。生徒会の協力を得て、私たちで調べてみました。その結果を持って、二年C組の総代としてお話に参りました」
「カンニングを認めて謝りに来たか?」
「半分当り、半分はずれです」
「何?」
綾音は毅瑠に目配せをした。毅瑠は心得顔で頷くと、八千穂から封筒を受け取り、その中身を応接テーブルの上に広げた。
「何だこれは?」蛯原が不審げに眉を顰める。倉持がその一枚を手に取り、さっと目を通した。
「国語の勉強をする意味とは何か……模範解答?」
「えっ?」と蛯原が身を乗り出し、コピーの束を鷲掴みにした。それを見ながら、毅瑠が冷静に言った。
「そうです。ただし、それらは以前、蛯原先生が授業で配布されたものです。これが昨年、つまり今の三年生のとき。こちらは今年の卒業生、そっちはその前です」
「どこからこんなものを……」
「生徒はちゃんと、先生の配られた模範解答を、大事に持っているんですよ」
「それで? これがどうしたんだ」
蛯原が、綾音と毅瑠を睨み付けた。しかし、倉持はあることに気付いた様子で、蛯原を小突いた。
「蛯原先生、これはその都度書かれたものですか?」
「そうですよ。小論文の模範解答は、私も生徒たちと一緒に考えることにしているんです」
「それにしては……」倉持が言葉を濁す。
「全部同じ」
そう、ずばっと言ったのは八千穂だった。
意外なところからの一言に、蛯原の顔が見る見る赤くなった。コピーの束を見つめて肩を震わせている。
「先生、別にそれが悪いとか、そういう話をしに来たんじゃないんです」綾音が慌てて言った。
「何だと?」
綾音の後を毅瑠が継ぐ。
「さっき、半分半分だと乙蔵さんが言いました。蛯原先生は、二年生の現代国語の授業で、時期はまちまちですが、必ず一回はこのテーマの小論文を出題される。それは、ここ数年ずっと続いている。で、その模範解答ですが、先生はいつも教卓で書かれているようですが、先生程国語の授業に熱心な方が、国語の勉強をする意味について、毎回違うことを書かれたりするはずがない」
「ま、まあ、そうだな」
「年に一度で、先生ご自身、前回書いた模範解答を覚えていらっしゃらなかったのかもしれませんが、同じ人間が同じテーマについて書けば、原稿用紙一枚です、同じ文章ができ上がってもおかしくない」
「それで?」
「生徒たちの間に蛯原先生の小論文のことが伝わっていたんですよ。このテーマは一回は必ず出るから、これが模範解答だぞって。先輩から後輩へ。それをそのまま書いてしまっては元も子もないんですが、突然の出題に慌てた二年C組は、今回それをやってしまった。みんな、自分ぐらいそのままの文章を書いても平気だろう、と思ったらしいんです。そこは、謝らなければいけないところだと思います」
「う、うむ」
「でも、あの場でカンニングはしなかった。それから、考えが足りなかったにしろ、蛯原先生の授業を予習したことで、偶然こういう結果になってしまった。そのことは認めてあげて欲しいんです」
「何故それを直後に言わなかった?」
蛯原は綾音を見た。
「実は……過去の模範解答の出所が、数カ所あったんです。みんな、自分だけ、もしくは仲間数人だけが模範解答を知っていると思っていたらしくて……。後でみんなに確認したらわかって……申し訳ありませんでした」
綾音は殊勝に頭を下げた。
蛯原は、いかにも「しょうがないな」という諦めの表情をした。
「わかったわかった。今回は赤点はなしだ。小論文はやり直すからな。ああ、それから、論文は丸暗記じゃ意味ないぞって、皆に言っておけ」
蛯原は面倒臭そうにそう言うと席を立った。倉持は何も言わない。話し合いは、そこで終わった。
三人は揃ってお辞儀をし、職員室を後にした。