テレパシー事件 16
気がついたら、綾音は自分のベッドに寝ていた。
後から聞いた話では、倒れた綾音を保健室に運んだのは、毅瑠と彰子だったらしい。そして、担任の倉持教諭が、車で自宅まで送ってくれたとのことだった。
「体調が悪いなら無理はしないの」とお母さんにきつくしかられた。
そして、土曜日。
綾音はパジャマのままベッドの上にいた。
「綾音」お母さんが部屋のドアから顔だけ出した。「お客さんよ」
「誰?」
「戸時さんって方」
「え?」
綾音がベッドの上で慌てて身繕いをしているところに、その客は、お母さんに連れられて入ってきた。誰あろう、生徒会長の戸時夏目だ。
「汚いところですが、ゆっくりしていってくださいね」とお母さん。
「いえ。お体に障らないように、すぐに失礼いたします」
夏目が優等生百パーセントの笑顔で言った。
「気分はどう?」
「はい。だ、大丈夫です。あ、あの……」
「なあに?」
「どうして……」
「綾音ちゃん、私の生徒会のモットー知ってる?」
「友達以上、恋人未満?」
「そういうこと」
でも、体調を崩した生徒全員を見舞っているわけではあるまい。それが顔に出たのか、夏目が、ふっと笑った。
「綾音ちゃん、向井君と何かあった?」
「……」
「今回の依頼を向井君に任せたのは私だからね。何かあったなら、責任は私にもあるわ」
「戸時先輩は知ってらっしゃるんですか?」
「ん?」
「向井君と……その、神坂さんのこと……」
「あの二人こそが、友達以上、恋人未満だってこと?」
「そうじゃなくて……」
夏目が綾音の顔を見つめていた。
「じゃあ……八千穂ちゃんが、何か不思議な力を持っていることかしら?」
「!」
「具体的な内容は知らないわ。でも、まあ、二人の雰囲気からわかるわよね」
「怖く……ないんですか?」
「怖い? 何故?」
「だって、見たことも聞いたこともない……あんな……」
ふわっ、と夏目が綾音を抱き寄せた。
「あんな?」
「酷いこと……女の人や……秋山さんに……」
「どんなこと?」
「剣で刺して、命をいじって……」
「怪我をさせたの?」
「……怪我はしてないようでした」
「あら」
「でも、命を……」
「命を?」
「繋いで……」
「繋いだのね?」
「……でも、鬼を狩るって」
「それも見たの?」
「女の人が、鬼だったって……」
「狩っているところを見たの?」
「だから、剣で刺して、命をいじっていたんです!」
「でもそれは、怪我はしてないし、命を繋いだんでしょ?」
「……」
「後は?」
「三つ編みが……出たり、消えたり……」
「そう」
「そう……て、不思議じゃないんですか?」
「不思議ね」
「私や、クラスのみんなも、命が切れてはみ出してるって……」
「はみ出している? 命が?」
「はい……」
「それで? 向井君たちはなんて?」
「何も……」
「でも、命を繋げるんでしょ?」
「……でも、秋山さんを……秋山さんを……命を、繋いで?」
「繋いで?」
ふいに、綾音は涙が零れた。理由はよくわからなかった。
「命を……繋いだ? もしかして……私も? でも、なんで私にだけ、こんな……」
「何も知らないのと、知っているのと、どっちが良い?」
「……」
「見てしまったのでしょう?」
知らずに怯えるより、知って悩む方が良いと――見てしまったから。
「綾音ちゃん」
「はい」
「一番怖かったのは何?」
「……秋山さんが、鬼に……内臓を……」
「それは、本当にあったことなの?」
「……いえ」
「じゃあ、なんでそんなことを思ったの?」
(それはつまり……〈魂糸〉を使って何かが行なえるように、あなたの〈魂糸〉を切って、引きずり出してあげます……ということだ)
ふいに、毅瑠の言葉が蘇った。そうだ、すべては毅瑠のあの言葉が想起させたイメージからだ――
「……向井君の、悪趣味な一言が原因です」
綾音の言葉から深刻さが消えた。
「あら」夏目が笑う。
「……あのサド男がいけないんです。変なこと言うから……そうだわ、すべてはそれが原因です」
「そう。じゃあ、もう大丈夫ね?」
「あ……」
綾音は、まじまじと夏目を見つめた。夏目は微笑んでいた。少し、悪戯っぽく。
「向井君のことだから、二年C組へどんな説明をするのか、まだ話してないでしょ?」
「聞いてません」
「これから説明すると思うけど、きっとこれは話さないわ。でも、特別に教えてあげる」
「何ですか?」
「仕込みよ。二年C組全体にマジックを仕掛けるつもりなのよ、あの男は」
「ええ――?」
夏目の語ったマジックの内容は、仕組みはわかるものの、かなり大がかりなもので、綾音は目を丸くした。
「綾音ちゃんは、仕込まなくても引っかかるようになっているのよ」
「あの男――」
「だから、知らないふりして、本番であっと驚かせてあげなさい」
「はい」
二人はくすくすと笑った。
「戸時先輩もこれから仕込みですか?」
「ええ、そうよ」
「がんばってくださいね」
「綾音ちゃん。見返すのは向井君だけね。申し訳ないけど、クラスメイトには内緒にしといてね」
「はい。先輩方の努力は無駄にしません」
「よし」
夏目は最後にもう一度綾音を抱きしめると、暇を告げた。
その日の夜、明日、八千穂も含めて三人で会えないか、と毅瑠から連絡があった。