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ひきわり  作者: 夏乃市
第一章 テレパシー事件
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テレパシー事件 12

「あら、八千穂ちゃん」

 生徒会室の前で、毅瑠と八千穂は、夏目と鉢合わせた。

「こんにちは」

 八千穂がたどたどしく挨拶をする。珍しいことだが、八千穂も生徒会長戸時夏目には一目置いているようだ。

「はい、こんにちは。入って頂戴」

「いえ、すぐに帰りますから」と答えたのは毅瑠。

「なんで向井君が答えるの?」

「いや……あの。と、とにかく、ここで待っててくれな」

 毅瑠はそう言うと、生徒会室に飛び込んだ。中では、道生と作、りきの三人が作業をしていた。

「お帰り。……どうした?」

 入室するやいなや、棚の生徒名簿をひっくり返し始めた毅瑠に、道生が訊いた。

「なんでもない。……あれ、あれ? 二年C組の名簿って……」

「落ち着け向井。今テーブルの上に出てるだろ」と言ったのはりき

「慌てている原因はあれかなあ。ふふふ」と言って、毅瑠の背後を指さしたのは作だった。

「さ、お茶をいれるから座って。八千穂ちゃん」

 恐る恐る毅瑠が振り向くと、夏目に引き連れられて、八千穂が生徒会室に入ってきたところだった。

「な……」

「私が招いたのよ。何か問題でも?」夏目がほくそ笑みながら言う。

「いえ……」

「毅瑠。迷惑ならすぐ行く」

 八千穂の言葉に、夏目が大仰に驚いてみせた。

「とんでもない。大歓迎よ。やあねえ、ちょっと付き合うと、すぐ女の子は自分の物だと思い込む男の子って」

「がっ……」

 口をあんぐりと開けて絶句した毅瑠を見て、八千穂が小首を傾げた。

「コーヒーと紅茶、どっちがいい? インスタントだけど」

 作の言葉に、毅瑠が答えようとする。しかし、作に睨み付けられて、毅瑠は言葉を飲み込まざるをえなかった。

「コーヒー……」

「はいはい」

 作は鼻歌を歌いながら、マグカップを用意し始めた。

「こうなったら、もう諦めろ向井。しばらくは、会長と作のおもちゃだな」

 りきが、同情を禁じえない、という顔で毅瑠の肩を叩いた。

「今日はどうしたの?」と夏目が八千穂に訊いた。

「毅瑠の手伝い」

「あら」

 夏目が毅瑠を睨む。毅瑠は肩を竦めた。

「お待たせ。どうぞ」

 作がコーヒーを差し出した。夏目と自分の分もいれている。

「ありがとう」八千穂が小さく礼を言い、マグカップを手に取った。

 しばらく、コーヒーを啜る八千穂を、生徒会室中が見つめた。

「新発見ね」夏目が言った。「八千穂ちゃん、笑うとすごくかわいいわ」

 毅瑠は舌を巻いた。八千穂は無類のコーヒー好きである。だから、たとえインスタントでも、コーヒーを飲むと表情が緩む。ただ、その変化は極僅かだ。今も、微かに嬉しそうな顔をしていた――それは自分にしかわからないだろうと思っていた。しかし、夏目はしっかり見極めていたようだ。

「ねえ、八千穂ちゃんは、向井君と付き合っているの?」と作。

 八千穂が小首を傾げる。その様子を見て、作は言い直した。

「ええと、恋人同士なのかしら?」

「ちょ……先輩、いきなり何を……」毅瑠は慌てた。

「黙りなさい。私は、八千穂ちゃんに訊いてるの」

「友達」

「え?」

「私と毅瑠は友達」

「ああ……そうなんだ」

「そう。友達」八千穂はかみしめるように言った。

 夏目と作は顔を見合わせると、お互いにほくそ笑んだ。なぜか、毅瑠は背筋に寒いものが走った。

「さて、向井君」と、夏目が毅瑠を振り返った。「八千穂ちゃんに、今回の件の調査を手伝わせているそうね?」

「はい……」

「そして、今後もお願いすると?」

「そう、なると思います」

「生徒会の調査をするなら、やっぱり、何か肩書きがあった方が良いわよねえ?」

「……」

「良いわよね?」

「あの……戸時会長。お願いがあるのですが……」

「なあに?」

「生徒会事務員に推薦したい生徒が……その」

「聞こえない」

「神坂八千穂さんを、生徒会事務員に推薦したいんですが!」

「了承します」

 毅瑠はがっくりと肩を落とした。完全に夏目のペースに巻き込まれてしまった。当の八千穂はというと、ことの成り行きについて行けず、マグカップを持ったまま固まっている。

 涼心学園高校の生徒会は、役員と事務員で構成されている。役員は当然選挙で選ばれるのだが、事務員は、役員が指名するか、自分で立候補して、生徒会長に認められれば良いことになっていた。だから、夏目が了承した時点で、八千穂は正式に生徒会事務員となったことになる――

 毅瑠は秋山彰子の住所を急いで写すと、八千穂の手を引いて生徒会室を出た。誰も何も言わなかった。

「毅瑠。何がどうなったの?」

「……事務員の話はまた今度な。これが秋山さんの住所。同じ学校の生徒だから、充分気をつけろよ」

 八千穂は小さく頷いた。

「あと……作先輩に言われたこと、あんまり気にするなよ」

「何?」

「だから……恋人どうのって……」

「私と毅瑠は友達」

「……うん。そうだな」

 毅瑠は、ほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちに襲われた。そんな気持ちを持て余しているうちに、いつの間にか八千穂はいなくなっていた。

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