八千穂事件 27
八千穂が途方に暮れた顔をしていた。
「ひとりひとり施術するのは無理だよ。まとめてやろう。最初からそのつもりだったんだから」
毅瑠には、それができる確信があった。確信の元は、奥義〈髪逆〉に込められた〈霊鬼割〉たちの〈魂糸〉だ。
「チホの〈霊鬼割〉の力。俺の〈夢飼い〉の力。そして、この剣の力があれば大丈夫だ」
八千穂はまだ半信半疑の顔をしていたが、それでも頷いた。
「施術の前にきめなくちゃいけないことがある」
「何?」
「みんなの記憶をどうするか」
八千穂の表情が強ばった。
「俺の力は人の記憶を操る。たぶん、今回の記憶を消すこともできるし、残すこともできる。始業式でのチホのことも、全員の記憶から消すこともできる」
口には出さなかったが、全員が八千穂の友達だ、という記憶を植えることもできるだろう。しかし、それは八千穂が望まないだろう。
「俺としては、細かなことは消して、チホに助けられたって記憶だけ残すのがいいと思うんだが」
八千穂は首を振った。
「今回みんなが見たことは普通のことじゃない。でも……消してしまうと、記憶や意識に障害が出るかもしれない。だから、夢だったことにできないかな」
「夢ね。〈夢飼い〉の真骨頂だ」
「でも……」
「わかってる。生徒会のみんなの記憶はいじらない」
八千穂はほっとしたように頷いた。
「じゃあ、やるか」
「あ、待って」
「?」
「あのとき、毅瑠は鬼に何をしたの?」
「全員の意識を、俺経由で鶴牧に繋いだんだ」
「全員の?」
「そうだ。ここにいる全員が、チホを応援していたからね」
「あ……」
八千穂が驚いたような顔をした。何かに耐えるように、唇をかんで下を向く。
「チホ?」
八千穂は小さく何度も首を振ると、始めようと言った。