八千穂事件 26
八千穂は学校の正門前に立っていた。
正門の中では、多くの生徒たちが集まって、口々に何かを言っている。
また――私をやめさせろ、と言っているのだろうか?
それでも、八千穂はこの学校が好きだった。
毅瑠がいる。綾音もいる。夏目も、生徒会のみんなもいる。他の生徒たちやクラスメイトたちも――好きになってくれなくても、自分がそこに属していればいい。
声をかけてくれない位なら問題ない。小中学校の頃からそうだったから。
嫌がらせは――少し辛い。でも、四月の事件のとき以降、目立った嫌がらせはない。今回のことがなければ、クラスでももっとうち解けることができたのだろうか。
生徒たちの声が少しずつ聞こえてきた。
八千穂は思わず耳を覆った。
しかし、誰かの手が、優しく八千穂の手を止めた。
(チホ。聴いてごらん)
(毅瑠?)
八千穂は耳を澄ませた。
(……ばれ)
(…ばって!)
(がんばれ)
(負けるんじゃないぞ!)
(踏ん張れ!)
これは――
(みんな、チホを応援してくれているんだよ)
(応援……)
幾重にも重なった声は、すべてが八千穂への応援だった。負けるなと、がんばれと、八千穂を励ましてくれていた。
温かいそれらの声に包まれて、八千穂は学校の正門をくぐった――
「……?」
「目が覚めた?」
気が付くと、八千穂は毅瑠に抱きかかえられていた。場所は体育館の中だ。八千穂は飛び起きた。
「鬼は?」
「終わったよ」
見ると、鶴牧が仰向けに倒れ、気を失っていた。〈魂糸〉の環が復元されている。八千穂は自分が施術したことを思い出した。
「〈神逆〉は?」
「これ?」
白銀に光る〈神逆〉は、毅瑠の手に握られていた。それが実体を保っているということは――
「毅瑠……」
毅瑠の胸が血に染まっている。毅瑠が持っていた白い剣――あれで〈魂の要〉を貫いたのだ。そして〈魂糸〉を操る力を手にいれた。闘いの最中は深く考える余裕がなかった。でも――
「細かい話はあとだ。みんなを施術しなくちゃ」
八千穂は体育館を見渡した。体育館にへたり込む生徒の三分の一と、教職員のほぼ全員が、鶴牧によって〈魂糸〉を傷つけられていた。