テレパシー事件 9
生徒会室に入ってきた毅瑠は、綾音を見ると一瞬怯んだ。
夏目と話をする前の綾音ならば、それだけで疑心暗鬼に陥っていただろう。でも、今は大丈夫だ。訊いてみればいい。マスコット人形のことも、神坂八千穂のことも。
毅瑠は綾音を連れて生徒会室を出た。
「また、うちのクラスを調べるの?」
「いや、それはもういい」
「じゃあ、今日はどこへ?」
「うん……話があるんだ」
「生徒会室では駄目なの?」
「みんながそれぞれの仕事をしているからね。あそこ狭いし」
毅瑠の言葉は歯切れが悪い。何かを迷っているようだった。
(たぶん……神坂さん)
昨日、綾音が商店街で八千穂を見たことを、恐らく毅瑠は知っているのだ。もちろん、八千穂の行動も承知していて、それを話すかどうか、今まさに悩んでいるのではないだろうか。
綾音の脳裏に夏目の顔が浮かんだ。憶測で判断はするな、と言われたばかりなのに、随分と憶測して悦に入っているな――と綾音は反省した。そして、さっきの笑いがぶり返してくる。
「ふふふ」
「?」
「生徒会長って、素敵な人ね」
「……ええと、何かされた?」
「素敵だって言っているのに、どうしてそうなるの? 私が外見から想像していた人とは、随分と違う感じだったわ」
戸時夏目の外見――さらさらのロングヘアーと、涼しげで凛とした瞳。均整のとれた体型と、優雅な立ち居振る舞い。
「まあね。美人で生徒会長の外面に惑わされやすいのは確かだ。でも、意外に暴走するし、俗っぽいところもあるよ」
「そうね。セクハラされたわ」
綾音は笑いを含んだ声で言った。毅瑠の足が止まる。
「それで、なんで素敵なんだ? ……まさか」
「そんな気はないわ」綾音も立ち止まった。「でも、お陰で、今日一日悩んでいたことが馬鹿らしくなる位肩の力が抜けたの」
毅瑠は、よくわからない、という顔をした。
「あの人が率いている生徒会なら信頼できるって、そう思った。でも、信頼するって、丸投げするってことじゃないと思うの。私、向井君ともっと膝を付き合わせて話をしてみたい。私にはわからないことだらけだもの」
綾音はまっすぐに毅瑠の目を覗き込んだ。
「私、昨日あれから、K駅前の商店街で一年生の神坂八千穂さんを見たわ。例のマスコット人形を売っている露店の女の人と……何か話をしていた。その前には、二年C組を見上げている彼女も見かけた。偶然にしては……」
「待った」
毅瑠が手で綾音を制した。
「今日は、その件も含めて話をするつもりだったんだ。どう切り出したらいいか考えていたんだけれど、乙蔵さんが聞く気になってくれているなら話は早い。場所を変えよう」
毅瑠は、渡り廊下を抜けると、一般教室棟の北側階段へと歩を進めた。
「ところでさ。戸時会長にどんなことをされたの?」
「気になる?」
「ま、まあね」
「ふふふ。ヒ・ミ・ツ」
先に立って階段を上る毅瑠の耳が朱に染まっていた。同い年の男の子なんだ――そう実感して、綾音は少し嬉しくなった。
毅瑠は階段を登り続け、生徒たちが出入りを禁止されているはずの、屋上への扉へと綾音を誘った。
扉の前には神坂八千穂が待っていた。