第二話 ある朝の出来事
麗らかな朝……。
まだうっすらと黒みがかかった空。時刻はもうじきに朝日が顔を出す頃。
最近冷え込むような季節になり、彼の目覚めも随分と早くなって来ている。
年はまだまだ若いが、これは完全に寒さに負けているからなのか?やっぱり、毛布が無いとそろそろキツいのかも知れない。
と、まあ、結局眠たい目蓋を開けてしまい、彼の一日がスタートする。
今日は学校で何かあったかなと思い出しつつ、朝飯を作るような毎日。お陰様で学校に遅刻は無くなったが、その分、登校や朝飯を作っている時色々とハプニングの連続で疲れてしまう。
「……ん?」
ベッドから抜け出そうと体を起こそうとした時、不意に彼の鼻を優しい匂いがくすぐった。
違和感というのだろうかそんな感じだ。
部屋に鍵をかけた記憶を思い出して深呼吸する。
「……っ」
そっと、音を立てずに体を反対側に向ける。
匂いは更に鼻をくすぐる。白い雪のような肌、綺麗というより可愛いが似合う顔からは瞳が閉じられ、桃色の唇に目が行ってしまう。……絶対、やらわかいよなあとらしくもない事が頭に浮かんだ。
……。
…………。
(待て待て待て待て待て、何で明香が俺のベッドで寝てんだよ!!?)
内心パニックをおこして昨晩の記憶を思い起こす。
「……」
別に部屋を貸すのは問題はない。が、一番の問題は……彼が女性に触れ合うのすら苦手な事。
コンプレックスというのか、話すのは問題ないし、自分からなら平気だ。だが、相手から握られると正常に保っていた心がぐちゃぐちゃに乱されてしまう。
明香はそういう意味では最も危ないといえるだろう。
今こうして彼女の長い銀色の髪をさらさらと指の間に絡めているが、彼女が起きたら最後、……色々とマズい。
「うにゃ……」
「……っ~!」
ぎゅうと抱き着かれて叫びそうになる秀久。
ハッキリ言う。明香はスタイルが抜群だ。何時も抱きついて来るせいで理解したのか、はたまた風呂に入ろうとしたら湯上がりのあいつと鉢合わせしたせいかからか……。
いや、思い出すだけで顔が熱くなっていく……って、そうじゃなくて、グラビアアイドルに匹敵する体躯をしている。
抜け出したくても、無意識何だろうけど背中でホールドされてる!頭の中もぐちゃぐちゃのドロドロである!
「いかんいかん。焦れば勝機を逃しちまう」
「……--」
深呼吸して落ち着かせる秀久。
明香の手を掴んで、そっと持ちあげにかかる。すべっとした肌に緊張が高鳴るのを堪え、上に向けて退ける。ホールドしてた割には簡単に外れ、視線を外しながら何処かに手を置いた。
多分、膨らみからして胸辺りだろうな。
「よし」
これで体は自由だ。
彼は布団を上へ持ち上げ、音を立てないように抜け出していく。
「うお、おあああああああ!?へぶっつ」
油断をしていた。
明香に気付いた時、彼はベッドの隅によっていた。しかも、壁際では無く、補助がない方。
安心して手を付いたと思えばすかすかで、無様に床に落ちてしまった。
頭から行ったようで、頭痛とうるさい激突音が部屋中に響いた。
「っーー」
「ingaprobiem?(大丈夫ですか?)」
「あ……」
スウェーデン語なのは理由ありとしか聞いてない、まあ実際片言になるけど不便は無い。
しかし。
しかしだ……。
仮にも異性同士というのに……
「うわあああああああああ!」
「っ!あうっ」
「何でお前は服を着てないんだよ!?」
「エえと……傷に当たっテかさバルので……、ヌギました。なにか問題ありマしたカ?」
きょとんと首を傾げ、明香はにこにこと笑っている。
馬鹿?天然?それとも、そういう概念を知らないのか?と頭を悩ませる秀久。
なんとか枕で明香を隠しながら、恐らく彼女が脱いだであろう寝間着を探す
「ヒデ、Godmorgon!」
「なわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「う?」
彼女の象徴がダイレクトに当たり、背中で形を変えたのを理解したのは一秒にも満たず。
彼の心からの叫びは、外にまで響いていた。
顔中が溶岩のような熱で染まっているが、肝心の彼女は不思議そうだ。
「離れろ、この鈍感があああああああああ!!」
「ふぇ!?」
腕を組んで鼻を鳴らす。
ちらりと横目で見ると、明香の瞳がゆらゆらと崩れ、口をへの字に曲げている。
……これは、間違いなく……。
「うゥ……、ゴメンなサぁい」
「あ」
「……ワタシ、ヒデに挨拶したカっただけデス……」
「ああ、もう……、俺が言いたいのは、恥じらい持てって事だよ」
「うう?」
「はあ……。言い過ぎた、ごめん」
床に座り込み、涙を拭っている。
慌てて目を手のひらで覆い、少ない視界を頼りに、彼女の頭をポンポンと撫でるように叩く。
すると、頬を赤らめながら犬のように嬉しそうに目を細めるのが見えた。
……。
手のひらを少しだけずらして、ちらりと、彼女の脇辺りに巻かれている包帯に目が行った。止血してあるが赤い円が滲んでいる。
彼女曰わく、人間とは違い治癒も早いのでもう治り始めてるから問題は無いらしいが、俺の心臓の痛みはまだ癒えない。
「……ヒデ?」
「……」
明香が顔を覗き込む。
いつの間にか服を着込んでいたようで、赤いヘッドドレスの右端に付いている花がしゃらんと揺れ、チョーカが巻かれている首下の鎖骨が見え耳に熱が集まる。
太ももまでしか無いフリルのパニエに、コルセットの付いた胸元が開いた白いブラウス……。
俗に言うロリータファッション基調の服を纏っている彼女は、彼に昨日の騒動を思い出させた。
ふと、気になりリビングにいきテレビをつけるが昨日の出来事についてのニュースなど報道されていない。
「キミツジコーなノでそうそうボロはでなイですよ?」
「だよな~」
明香に言われてため息をもらす秀久。
「あ、そろそろ学校にいかないと!」
「ガッコウ? スクールでスネ! ワたシもイキます!!」
時間を見て慌てる彼に明香は笑顔で手をあげる。
「来るな!」
「え、でも。 一緒にイナイト」
すぐに拒否する秀久に困ったように見つめる明香。
「いいから、来るなよ!」
そう言って、家を出て行く秀久なのであった。