第一章 鬼眼(おにつら)一刀流〈5〉
「佐倉くんもついでに見学していくといい。……それで、どなたがわが鬼眼一刀流を見学したいとおっしゃったのかな?」
大膳が道場のはしに座る明宏たちへ目を向けると、折り目正しく正座した桐壺雷華が小さく手を上げた。聾唖者である雷華に代わって明宏が紹介した。
「剣術家の桐壺雷華さんです」
『本日はぶしつけなお願いをお聞きとどけいただき恐悦至極に存じます』
雷華が大膳へ手話で挨拶をはじめると、大膳もしゃべりながら流暢な手話でこたえた。
「いえいえ。あなたのようなべっぴんさんに興味をもっていただけるとは光栄です。無骨な田舎剣術なので興醒めかもしれませんが、なにかの参考になれば幸いです」
大膳の手話をはじめて目の当たりにした明宏がおどろきの声を上げた。
「だ、大膳さん、手話できたんですか!?」
「当然。オレも台和高校OBだからな。常識よ、常識」
大膳が子どものような笑顔で明宏に自慢した。明宏はまだ手話の勉強をはじめて日があさいので、まだまだ日常会話にもこと欠くありさまである。
「それではいくつか基本的な型をご覧にいれよう。……明宏、仕太刀を頼む」
「はい」
明宏が返事をして壁際にかけられた2本の木刀を手にすると1本を大膳にわたした。
木刀をうけとった大膳が首を鳴らして木刀をかまえた。明宏も木刀をかまえて大膳と対峙する。
「一の型。参る」
「おう!」
大膳の打太刀にあわせて仕太刀の明宏も木刀をふるう。攻防一体の型がしずかにくりかえされる。
剣術の稽古は木刀あるいは刃びきしていない真剣による型稽古が主流である。
古くは木刀による打込み稽古もあったらしいが、あまりにも死者が多くでたため、江戸幕府によって禁止された。
ふたたび打込み稽古が主流になっていくのは、現代と同型の竹刀が完成した幕末のことである。
しかし、真剣よりもはるかに軽い竹刀による打込み稽古が主流になることで、連綿とうけ継がれてきた剣術の型は急速に失われていった。
江戸時代中頃に創始された鬼眼一刀流も古様の剣術をつたえている。
とは云え、一の型、二の型などの基本的な型はどの流派も想定範囲をでない。木刀をふるいながら微妙に口のはしをつり上げた大膳が明宏へ云った。
「次、昇竜の型!」
「おう!」
大膳の木刀が明宏の面をとらえたかのように見せて半円を描き、明宏のすねをおそう。
右足をひいて半歩下がり、手首をかえして下へ向けた刀身ですねへの攻撃を防いだ明宏の木刀が大膳のあごをかすめて左腕だけでふり上げられた。
剣道にはない変則的な動きに思わず佐倉が首をすくめた。彼の知る剣道の型にこんな攻撃を想定したものはない。一の型、二の型を退屈そうに見ていた雷華の隻眼にも光がともる。
ふり上げた木刀に右手をそえ、上段から打ち下ろす動きと呼応するように、大膳も半歩ひきながら木刀をふり下ろして間あいをとった。
木刀をたたきあわせることなくふりあう型は、素人目にはお遊戯のようにしか映らないかもしれないが、目の見えない千草や美千代は木刀が空気を斬りさく音が遊びでないことを理解していた。
反響定位など使わなくとも、張りつめた空気感や床を蹴る音、木刀をふるう音のリズムで洗練された動きであることが伝わる。感知退儺師ならではの洞察力だ。
一方、明日香はふだんあまり見ることのない明宏のりりしい姿にちがった意味で釘づけである。
(明宏さんかっこいい……)
「明宏、梓弓の型!」
「お、おう!」
大膳の言葉に明宏が若干動揺した。ふだんの流れではない型であった。鬼眼一刀流の奥義をかいま見せる型と云ってよい。
間をとって上段からふり下ろす大膳の木刀を、明宏が時計まわりで円を描くように防いで袈裟斬りにした。そのままの勢いで腕をふり上げて、下を向いた切先が明宏の左側を防御する。
明日香や一馬の目にはとりたてて不自然な動きとは思えなかったが、雷華が興奮した面もちで瞳を輝かせていた。
その後、飛燕や臥竜のなど型を見せた大膳と明宏が木刀をおさめると雷華が拍手した。
『これは無理を云って見にきた甲斐があった。想像以上のすばらしさです』
「かっはっは。おわかりになられましたか?」
大膳が悪びれずに手話で胸を張った。
『時に大膳どの。私にも仕太刀をさせてもらえぬか?』