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第一章 鬼眼(おにつら)一刀流〈4〉

挿絵(By みてみん)


     3



 穴森道場には予想外の先客がいた。


「なにとぞ、この佐倉心太(しんた)を弟子にしてくださいっ!」


 開け放たれた道場のまん中で土下座する背の高い夏服の高校生を、道場主・穴森大膳とその娘の詩緒里がもてあましていた。


「……先日お兄さん、じゃなかった武光君と手あわせをおこない、彼の強さに敬服いたしました。この夏インターハイでさらなる高みを目指すためにも、私に稽古をつけていただきたいっ!」


「話はわかったから、とりあえず顔を上げてくれまいか?」


 ただでさえ暑いところへ佐倉心太の放つハタ迷惑な熱気が体感温度を2℃ほどひき上げていた。


「佐倉クン? なにやってんの、こんなトコで?」


「むむ? 姫鞍くんに霧壺くんではないか。きみたちこそこんなところなにをしているのだ?」


 盲目の千草が佐倉の声を見当にたずねると、土下座したまま顔を横に向けた佐倉も意外そうな顔をした。


「おお、明宏、ずいぶんと大人数できたな。とにかく上がってもらえ。……佐倉くんとはクラスメイトなんだって?」


 明宏たちに気づいた大膳が道場の外へ声をかけた。明宏がうなづくと、それにつられて退儺師(たいなし)たちも大膳へ会釈(えしゃく)した。


 佐倉と明宏たち(明日香と千草)はクラスメイトである。正座している大膳の横に立つ詩緒里も彼らの1学年下、すなわち私立台和(だいな)高等学校1年生だ。


 カワイイ系美少女の詩緒里には、入学早々ひそかにファンクラブが結成されていた。佐倉心太(しんた)はそのファンクラブ会員ナンバー3である。


 一方的に詩緒里と明宏がつきあっていると誤解した心太(しんた)は、詩緒里を賭けて明宏と剣道で勝負したのだが『Sample』と云うタグがつきそうなくらい見事なかえり討ちにあっていた。


 しかし、明宏と詩緒里がつきあっていないことを知った心太(しんた)は、いろんな意味をこめて、明宏のことを「お兄さん」とよんでいる。明宏と詩緒里にとって迷惑以外のなにものでもない。


「……見学って、アスカさんに千草さんだったの?」


 道場のはしへあわてて座布団をならべる詩緒里も、顔見知りの登場に意外そうな顔をした。


 百歩ゆずって明日香が鬼眼(おにつら)一刀流に興味をもったとしても、目の見えない千草までついてくるとは思っていなかったからだ。


「いや、見学したいって云いだしたのは、こちらの桐壺雷華(らいか)さん。えっと……アスカさんたちの知りあいなんだ」


 黒いバットケースを肩にかけた背の高いモデル級の金髪美女がしずかに頭を下げた。


 でたらめな美貌(びぼう)とラフなピンクのジャージ姿が云いようもないギャップをかもしだしていたが、なにげない所作の中にも詩緒里は剣術家の匂いをかぎとっていた。隙がないと云うか、独特の空気感をまとっている。


「みなさん、彼との話が済むまでちょっと待っててくだされ。あと足はくずしてラクに」


 詩緒里のならべた座布団へ座る退儺師(たいなし)の一行(もちろん大膳は彼らが退儺師(たいなし)であることなど知るよしもないが)へ告げると、詩緒里が明日香たちへ手話通訳した。


 大膳が佐倉へ向きなおると云った。


「おそらく、きみ自身も体験したと思うが、剣術と剣道では根本的に術理が異なる。刀のにぎり方や足さばきからしてまったくちがうのだ。剣道のインターハイで上位を狙うことがきみの目的なら、剣術の稽古はこれまできみが(つちか)ってきた型をくずしてしまうからやめた方がいい」


「……たしかに、剣術と剣道の術理が異なることは身をもって体験いたしました。剣道部で鬼眼(おにつら)一刀流のかまえをすれば、即座に顧問の先生から叱責をうけるでしょう。しかし、私は異なる術理の中から新しい剣道の、自分がより強くなるためのヒントをつかみたいのですっ!」


「たは~、暑っ苦しいな~」


 座布団の上にあぐらをかいた千草が小声でまぜかえすと、


〈千草ちゃん!〉


 明日香が〈念話〉で千草をたしなめた。


「よしんば、剣術を学んで私の型がくずれるとすれば、それは私の修行不足と云うこと。先生のお言葉、肝に銘じて修行いたしますので、なにとぞ私を道場の末席におくわえくださいっ!」


 深々と頭を下げる佐倉の真摯(しんし)さに打たれた大膳がヤレヤレと肩で息をついた。


「わかった、わかった。インターハイへ向けてどれだけ力になれるかはわからないが、とりあえず通ってみるといい」


「ありがとうございますっ!」


「きみは部活の間をぬってくるのだろう? あまり無理をしないようにな。日時の設定は明宏や詩緒里と相談してくれ。こまかい打ちあわせは苦手だ。かっはっは!」


 呵々大笑(かかたいしょう)する大膳に詩緒里が()ねた。


「も~、そうやっていっつもめんどくさいこと、私に押しつけるんだから」


 詩緒里の言葉に明宏が内心苦笑した。そんな詩緒里のめんどくさいことを押しつけられるのは明宏である。とどのつまりは、明宏の仕事と云うことだ。

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