第一章 鬼眼(おにつら)一刀流〈2〉
「お待たせしましたあ。チキンドリアのお客さまは?」
ウェイトレスが大きなお盆をもってあらわれた。
「あ、彼です」
明宏が一馬をしめす。
「ミックスグリルセットのお客さまあ?」
「彼女です」
明宏が明日香を示した。ひとつのトレイにハンバーグ、チキン、サイコロステーキがのっている。さらにライスとスープがついていた。
「おあとパーティ・フライドポテトになりますう。ご注文、以上でよろしかったでしょうかあ?」
大皿のフライドポテトをテーブル中央へ置いたウェイトレスの営業スマイルに明宏がうなづくと、ウェイトレスはテーブルのはしにしつらえられたアクリルの筒へ伝票を入れて去った。
見ると、一馬が美千代のとり皿へ、明日香が千草のとり皿へ大皿のフライドポテトをよそっていた。目の見えない感知退儺師の相方へ対する日常的な気配りなのであろう。明宏はこのさりげない気配りに退儺師コンビの絆を感じる。
一馬の前に置かれたチキンドリアと、明日香の前に置かれたミックスグリルセットを見くらべて、
〈……ふつう逆だろ?〉
桐壺雷華が大皿のフライドポテトをつまみながら笑った。
どう考えても一馬より明日香の料理の方がボリューミーだ。そのセリフに明日香が少し頬を染めた。
〈手鬼舞〉を使った特一級技闘退儺師の明日香の消耗度は、鬼道譜を配置した三級技闘退儺師の一馬よりも激しい。
中には1回の戦闘で寝こむほど疲弊する技闘退儺師すらいる。
今の明日香なら400gのサーロインステーキセットでもペロリとたいらげられるが、これでも人目を気にして遠慮した方だ。
2
食事をはじめた一馬と明日香のかたわらで、明宏は千草へたずねた。
「〈忌人譜〉を発明した退儺六部衆の〈創譜師〉って、そんなにスゴイ人なの?」
「たは~、あんた〈創譜師〉金壺金龍斎を知らないの?」
「……知るわけないだろ」
明宏はおよそ1ヶ月前まで土鬼蜘蛛のことも退儺師のことも知らなかった一介の素人である。
退儺六部衆の〈張界師〉亀鞍要〈百眼〉椎名季武〈修復師〉有坂有里、そして眼前にいる〈羅刹姫〉桐壺雷華には、知識として知るよりも前に会っている。
しかし、のこり2名の退儺六部衆については名前すら知らなかった。
「〈創譜師〉金壺金龍斎は、鬼道譜の革命児って云われてんの」
千草は小さく舌打ちすると、あたかも目が見えている人のように自然な動作でフライドポテトをつまんだ。
「〈ケッカイフ〉ってあるじゃん」
「……大きい方、小さい方?」
「小さい方に決まってるでしょ」
彼女たちの会話は〈念話〉で全員に中継されている。桐壺雷華と美千代はうなづいたが、明宏にそんな退儺師の常識はない。
鬼道譜には技闘退儺師のみ使用可能な大判の鬼道譜と、感知退儺師や明宏のように退儺師の力がない人間にも使用可能な小判の鬼道譜がある。
漢字で書くと、大判の鬼道譜は〈結界譜〉小判の鬼道譜は〈結界符〉となる。
「退儺師のベストの背中にほどこされている大判の〈結界譜〉は、かなり昔からあったんだけど、小判の〈結界符〉は、昭和初期に〈創譜師〉金壺金龍斎が発明したものなの」
明宏はかたわらに置かれた紙袋の中の退儺師のベストに目をやった。
明宏・明日香・千草・美千代のものである。ベストのポケットには〈鬼爆符〉や〈結界符〉が入っているので、土鬼蜘蛛との戦闘の際に着用するが、普段着として着用するには抵抗がある。ひらたく云うと、ダサイ。
「基本的に鬼道譜は土鬼蜘蛛にしか反応しないから〈鬼爆符〉や〈鬼斬譜〉で人が傷つくことはないでしょ?」
退儺師が念をこめた〈鬼爆符〉や〈鬼斬譜〉を人が踏んでも爆発したり斬りさかれることはない。
「だけど、小判の〈結界符〉を打つと、人を守るように宙にうくじゃない?」
「うん」
これまで戦闘中に何度かその光景を目撃している明宏がうなづいた。
「あれって無害だけど人や場所にも反応してるってことなの。人に反応する鬼道譜をはじめて作ったのが〈創譜師〉金壺金龍斎」




