第三章 真夏の夜の悪夢〈32〉
「そ、そうです。安心してください。私たちは〈905〉の忌まわしい研究を抹消したいだけです。あなた方に危害をくわえるつもりはありません。だからこそ私も金龍斎先生の警護を……」
出会い頭に退儺師と敵対した当麻斗の不穏な軽口をあわててフォローした西尾が、おくればせながらあることに気づいて、周囲を見わたした。
「あの……師匠は? 金龍斎先生があなたたちのあとを追っていったはずです。師匠はどちらへ?」
西尾の言葉に退儺師たちが目をふせると、雷華の〈念話〉を真知保がゆっくりとした口調でつたえた。
「……金龍斎さまは〈905〉のすべてを葬り去られました。ご自身のお命とひきかえにすべて」
「……そんな!? 師匠……うそですよね?」
退儺師たちの顔を見まわした西尾が口のきけない雷華の元へかけよった。
「うそですよね……? そんな……うそですよね?」
雷華の両肩をつかんでゆさぶる西尾の顔をつらそうにながめた雷華が小さく首を左右にふった。
「……そんな。だって……そんな……」
西尾が雷華の身体に手をかけたまま、ひざからくずれおちた。雷華の腰へすがりついて滂沱し、放心する西尾の肩へ雷華がやさしく手をおいた。
(……ジジイは立派だったよ。エロかったけど。ジジイが人儺もなんもかんも闇へかえし……)
「トマトさまっ! 大変です! 山の北がわを警備していた者が酒真里他1名に襲撃され、車をうばわれました!」
「なんだとっ!?」
退儺師たちをとりかこむ黒づくめの陰陽師のひとりがいきなり発した言葉に緊張が走った。
「監視の聴駆追烏は!?」
遠隔型監視式神・聴駆追烏。巨大な耳で空を飛ぶ大きなひとつ目の鳥型式神である。
「酒真里につぶされましたっ!」
「くそっ! そこのふたり以外は全員ヤツを追え! おそらくは手負いだが油断するな! 発見したら躊躇なく殺せ!」
仲間の陰陽師へ檄をとばした当麻斗が、きびすをかえすと退儺師たちへさけんだ。
「そこのふたりを護衛にのこす! ヤツらは私が始末する! ……すまんが舞をたのむ」
8人の陰陽師と十一御門当麻斗の姿が闇に消えた。のこるふたりの陰陽師が退儺師たちへしずかに頭をさげた。
「トマトさまのご無礼、ひらにご容赦ねがいます。周辺は我々で警護いたしますので、みなさまはお屋敷におもどりください。……さあ、舞。おまえもお屋敷で休め」
ふたりの陰陽師にうながされ、疲労困憊した退儺師たちが金龍斎の母屋へ足をむけた。
(くそっ! ……酒真里と人儺が生きていただと!?)
やるせない想いをかかえたまま、退儺師たちの真夏の夜の悪夢がすぎようとしていた。




