第三章 真夏の夜の悪夢〈31〉
「あの、よくわかりませんけど、すいません。トマトさんって睡眠時間けずられるとスッゴク不機嫌になるものですから……」
(なんだそりゃ?)
意味不明の弁明にあきれる雷華を尻目に千草が疑問をかさねた。
「酒真里って人は、国家の密命をうけてうごいていると云っていました。陰陽師……陰陽局は酒真里とあなたたち、どっちについているんですか?」
「国家の密命? シュマリのヤツ、大きくでたな。本気にするな。そんなのただのハッタリさ」
十一御門当麻斗が酒真里の大言壮語を一蹴した。
「国も陰陽局も彼らとは無関係です。朱都理酒真里のバックにいるのは〈赫砲隊〉。ごく少数の過激派にすぎません」
〈赫砲隊〉は戦術的呪術研究をおこなっていた旧陸軍の残党によって秘密裏に結成された数十人規模の狂信的集団である。
〈赫砲隊〉には「積極的平和主義」をかかげる政府与党・自由民政党議員や宗教関係者も属していると云う。酒真里は〈赫砲隊〉へ与する政治家をさして「国家の密命」と騙ったのであろう。
敵である酒真里の組織が小規模で、国や陰陽局とのつながりもないと知って、退儺師たちはひとまず安堵した。
「さっき蕨生山周辺をかぎまわっていたシュマリの手先から押収した武器だ。わかるか?」
当麻斗から手わたされた拳銃に雷華が顔をしかめた。
〈シグ・ザウエルP220……じゃねえな?〉
「シグ・ザウエルP226。かつて数年度にわたって国が調達した機種不明とされる拳銃がこれだ。それが〈赫砲隊〉へ流れているってコトは、小規模組織とは云え、けっこう根がふかいかもしれねえ」
ザウエル&ゾーン社製のシグ・ザウエルP220であれば自衛隊装備だが、これは型番や仕様が異なる。アウトレイジ御用達のトカレフみたいに素人がやすやすと国内へもちこめる代物ではない。
〈赫砲隊〉関係者が国家の中枢に巣くっている可能性もあると云うことだ。
「アハン。……で、だれの意向をうけてうごいてるわけ、あんたたちは? 陰陽局直属ってわけじゃないんでしょ?」
雷華の疑念を真知保が陰陽師たちへ通訳した。
「お察しのとおり、私ら〈十一御門機関〉は独立愚連隊さ。陰陽局は関係ねえ」
当麻斗がこたえた。
「私の祖父・十一御門刻仁は〈905〉さいごの所長だ。遺言は「〈905〉のすべてを闇にかえせ」〈十一御門機関〉はそのためにうごいている」
「ちょ、ちょっとなにそれ? 消すってこと? 私たちも?」
狼狽する真知保へ当麻斗がくちびるを小さくゆがめて笑った。
「お望みなら、な。だけど、おまえら退儺師が私らの敵にまわるとは思えねえ」




