第三章 真夏の夜の悪夢〈29〉
母屋の無事を雷華へつたえようと思ったのだが、雷華はミニスカメイドの女陰陽師の挑発にいきりたっていた。
ただでさえ気分がささくれだっているのに、どう見ても20歳前の歳下コスプレ女にナメた口をきかれるいわれはない。
「どうどう、ライカ。……ところであなたはどこのだれちゃん?」
今にも斬りかかりそうな雷華をいさめながら、真知保がミニスカメイドの女陰陽師へたずねた。しかし、ミニスカメイドの女陰陽師は真知保の言葉を無視してつづけた。
「1週間前、シュマリが金龍斎とコンタクトしたことも、シュマリの手先が蕨生山周辺をうろついてたこともつかんでる。ネタはあがってるんだ。シュマリのいどころを吐け」
「アハン、一体なんのことかしら? 私たちはただ土鬼蜘蛛退治をしてきただけよ」
「しらばっくれるな、年増。ただの土鬼蜘蛛退治に退儺六部衆がふたりもでばるはずねえだろ」
「年増」と云うNGワードに一瞬こめかみのひきつった真知保だったが、平静をよそおって淡々とこたえた。
「……土鬼蜘蛛は3匹。超異常事態よ。私たちがかけつけるだけの」
「ったく、ウぜえな。しらばっくれるなと云ったはずだぞ、年増。土鬼蜘蛛退治が済んだのに蕨生山の結界を解かねえのはなぜだ、年増?」
「なぁに、もう! さっきから年増、年増って!? あんただって声だけきいてりゃチチくさい小娘じゃない! チチくさいチチ小さい小娘がナマイキ云ってんじゃないわよ!」
「ど、どぅわれがチチくさいチチ小さい小娘だっ! あんたにゃ見えないだろーが、ばい~んぼい~んとそりゃあみごとなモンだっつーの!」
大人な対応につとめていた真知保が「年増」と云うNGワードの連打にあっけなくキレ、正鵠を射られたミニスカメイドの女陰陽師もすこぶる動揺した。
「アハン、しらばっくれてもムダよ。目が見えないからと云って退儺六部衆のエコーロケーションをナメないことね。つるぺたスケートリンク胸のチチくさいチチ小さい小娘。あんたなんか略してチチチチ小娘よ!」
「だれがチ○コだ!? あ、あんただって私と大してかわらねーじゃねーか! 枯れた年増とのびしろのあるうら若き乙女を一緒にするなっ!」
ミニスカメイドの女陰陽師もスレンダーな真知保のひそかで自明なコンプレックスを痛打した。「胸部の高低差にとぼしい」と云うせつない共通点をもつふたりの自尊心がきわめて低レベルな火花を散らす。
「なあんですってえ、このチチチチ小娘!」
「やあかましい、この昭和枯れススキ!」
一瞬、間があってふたりが同時に吼えた。
「「殺すっ!」」
〈どうどう、マチホ。あんたが私より先にキレてどうする!?〉
爪を立てフシャーッ! と猫のような威嚇音を発する真知保を雷華がなだめた。
〈呪謡師〉鞍崎真知保は感知退儺師にして技闘退儺師と云う唯一無二の鬼才だが、彼女の能力は土鬼蜘蛛の波動に干渉するものであって、人間(陰陽師)への殺傷能力はない。
〈呪謡師〉の能力は感知退儺師としての能力の延長線上にあり、イメージを具現化する技闘退儺師のそれとは質的に異なる。
すなわち今の真知保は目の見えないか弱き一般女性にすぎない。陰陽師などとやりあえば秒殺されるは必定である。売り言葉に買い言葉とは云え、不要な挑発は命とりだ。
〈ここは私にまかせな〉
馬のような鼻息で興奮する真知保とミニスカメイドの女陰陽師の間へ雷華が仁王立ちした。
「だっ!? まぶしっ!」
睥睨する雷華のヘッドライトが雷華よりも背のひくいミニスカメイドの女陰陽師の顔を照射した。
片手で光をさえぎる女陰陽師の眼前で雷華のゴージャスな爆乳がばい~んぼい~んとこれみよがしにゆれる。と云うか、あえてゆらしている。
ヘッドライトのせいで雷華の表情を完全に読みとることはできなかったが、その口元には女陰陽師を侮蔑する勝者の笑みが下弦の二日月のようにかがやいていた。




