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第三章 真夏の夜の悪夢〈24〉

挿絵(By みてみん)


     17



 雷華(らいか)対峙(たいじ)する酒真里(しゅまり)の視界のすみで、金龍斎が部屋の中央にしつらえられた手術台に手をかけてよろよろと身をおこした。


 金龍斎は酒真里(しゅまり)の死角を()いずりながら部屋の扉がわへ移動していた。手術台をはさんで雷華(らいか)の左ななめうしろにいる。


式神蟲(しきしんちゅう)!」


 酒真里(しゅまり)がふたりの退儺(たいな)六部衆へ大量の呪符を投じた。宙を舞う呪符が体長1mほどのグロテスクな飛行生物へと姿をかえて、雷華(らいか)と金龍斎へおそいかかる。


 式神蟲(しきしんちゅう)のおおくは金龍斎へむかっていた。雷華(らいか)を金龍斎の援護にむかわせ、時間をかせぐのがねらいだ。雷華(らいか)へはなった数匹の式神蟲(しきしんちゅう)雷華(らいか)が金龍斎の苦境を無視した時の牽制(けんせい)をかねている。


〈くそっ!〉


 雷華(らいか)酒真里(しゅまり)の意図を看破していたが、金龍斎を援護しないわけにはいかなかった。眼前の式神蟲(しきしんちゅう)を〈蜘蛛切(くもきり)〉の太刀でなぎはらうと、バク宙で手術台をとびこえた。


 酒真里(しゅまり)はその隙に人儺(じんな)光寿(てるひさ)の召喚杖にはりついた〈鬼縛符〉へ〈レンオアムの牙〉をつきたてて焼滅させた。足元の氷も瞬時に溶かす。身体の自由をとりもどした人儺(じんな)光寿(てるひさ)が小さく肩や首をまわした。


 金龍斎サイドへ舞いおりた雷華(らいか)がミツバチのようにむらがる数10匹の式神蟲(しきしんちゅう)を斬りまくった。金龍斎も手にしたグリップソードで応戦するが、数匹の式神蟲(しきしんちゅう)に体中をかまれてたまらず床へころがる。


〈ジジイ!〉


 金龍斎の背中へ牙をたてた式神蟲(しきしんちゅう)を斬りふせ、雷華(らいか)が金龍斎のかたわらへひざをついた。


〈ジジイ! しっかりしろ!〉


 ()いつくばるようなかたちでなんとか身をおこした金龍斎が左手を力なく宙にさまよわせると、雷華(らいか)のダイナマイトな右乳をむにゅっともんだ。


〈はひっ……!? ってジジイ、てめえ、一体こんな時になにしやが……!〉


 完全に不意をつかれて狼狽(ろうばい)する雷華(らいか)の豊満でやわらかな胸をもう1度やさしくもむと、その胸をしずかに手のひらでおした。


 たてひざをついていた雷華(らいか)が中腰のまま、なにかにひっぱられるようによろよろと後退し、扉の外へ尻餅(しりもち)をついた。雷華(らいか)がトンネルへまろびでると室内が金色の閃光(せんこう)につつまれた。金龍斎の〈罠〉が発動したのだ。


「ぐあっ!」


「な、なんだこれはっ……!?」


 扉の内がわが見たことのない光の結界でとざされていた。室内には電光がとびかい、ビリビリバチバチとはげしい音をたてている。


〈ライカ、はよう逃げろ! そう長くはもたん!〉


 結界のなかから雷華(らいか)の脳裏に金龍斎の〈念話〉がきこえた。


〈バッカやろう! てめえ、さいしょからこのつもりで……!?〉


〈きゃつらとともに〈905〉を滅する。このあたりには数日前から〈忌人符(きじんふ)〉を配しておいた。ここへ突入する前に〈忌人符(きじんふ)〉を発動させておいたで、一般人がまきこまれることはないじゃろう〉


 雷華(らいか)(きびす)をかえすと、トンネルの出口へむかってかけだした。金龍斎の覚悟に水をさすことはできない。


〈多少、山が陥没(かんぼつ)して地すべりがおこるはずじゃ。まきこまれぬよう早々にアトリエまで避難せい〉


〈……くそっジジイ!〉


 金龍斎へむかって云いたいことは山ほどある。しかし、雷華(らいか)は冷徹にたずねた。


〈ジジイ。〈905〉に関する資料は?〉


〈麻鈴に呪符をたくしておいた。おぬしらの泊まっている〈燕子花(かきつばた)の間〉にかざられた大皿に1冊だけ封印してある。大皿に呪符をはり、呪句を記せば封印はとかれる〉


〈その呪句は?〉


〈エロエロアザラシじゃ〉


〈……なんだと?〉


〈きこえんじゃったか? も1度云うぞ。エロエロ……〉


〈私が(うたが)ったのはてめえのセンスだっ! どこまでふざけりゃ気が済む……〉


〈ぐはっ!〉


 雷華(らいか)の脳裏に金龍斎の苦悶(くもん)がひびいた。結界内の重力が増大し、あらゆるものがおしつぶされようとしていた。酒真里(しゅまり)人儺(じんな)光寿(てるひさ)も身うごきがとれず、ひざをついている。


「くそっ……! このおいぼれが……」


 酒真里(しゅまり)が床へはいつくばった金龍斎をメガネごしにらみつけながら、右手の黒い手袋をはずそうとじりじりあがいていた。


 そんななか、金龍斎の身体が糸でつられたあやつり人形のようにゆっくりおきあがった。作務衣(さむえ)のはだけた上半身には黒々とした呪文が刻印されている。


 70年前、先代の〈創譜師〉金壺龍炎斎よりほどこされた禁忌(きんき)の鬼道譜、人体を()(しろ)とした〈黒穴譜〉である。


〈黒穴譜〉と化した金龍斎の身体が宙を舞う呪符のように結界の中央へゆらりとひきよせられた。もうすでに金龍斎自身で身体をうごかせるほどの余力はない。


〈ライカ……おぬしもいつか母となれ。だれかを心から愛し、子を産み育て、未来へと命をつなげ……〉


〈……ジジイ!?〉


〈あのコたちを……一馬をたのむ〉


 金龍斎が雷華(らいか)へそう告げた刹那(せつな)、金龍斎の眼球や爪が身体の中へぐしやりとめりこんだ。体中の穴と云う穴から鮮血がほとばしり、金龍斎の身体が内がわからバリバリとひしゃげ、小さな赤黒い肉塊へと収斂(しゅうれん)し……。


 そして結界内のすべてが消滅した。

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