第一章 鬼眼(おにつら)一刀流〈1〉
1
甘粕市立中央公園の四隅に配置した〈忌人符〉を回収した5人の退儺師と〈羅刹姫〉桐壺雷華は、近くのファミリーレストラン『あなすあくた』にいた。
技闘退儺師は1回の土鬼蜘蛛退治でも、かなりの体力と精神力を消耗する。そのため、
『ま、とりあえず、メシでも喰いながら話そっか』
と、桐壺雷華が提案した。
〈……ところで〈忌人符〉の使い勝手はどうだった?〉
メニューを注文しおえると、桐壺雷華が〈念話〉でたずねた。
「人の気配が波のようにひいていったのです。スゴイ効果なのです」
美千代が感嘆の声をあげた。
〈忌人符〉は開発されたばかりの鬼道符である。4枚の〈忌人符〉でかこわれた区域から人を遠ざける効果がある。
一般的な鬼道譜同様、小さな正方形の和紙にこまやかな文字や記号が描きこまれている。
中心に描かれた十字線の交差する線がとぎれていて、その線をなにかでつなげて四方に配置すると〈忌人符〉の効果が発動する。
先に明宏はその中心をプラスチック製の黒いくさびでうめることで〈忌人符〉を発動させたが、ペンで線を描いてつなげたり、小石を置いたりすることでも発動する。
〈今回のように人の多いところでは助かります。『エレクトラ』の時にこれがあれば、犠牲者をださずにすんだのに……〉
三級技闘退儺師の一馬がくやしそうに告げた。
『エレクトラ』の時とは、およそ1ヶ月前、甘粕市郊外の大型ショッピングモール『エレクトラ』で土鬼蜘蛛と闘った時の話である。
予想外のオンブバッタで2匹の土鬼蜘蛛があらわれたこと、また〈飛儺〉とよばれる土鬼蜘蛛の進化系(空を飛び、土鬼蜘蛛以上の知性を有する)を相手にせねばならなかったことで、多くの犠牲者をだした。
それまでは技闘退儺師と感知退儺師のツーマンセルで土鬼蜘蛛退治をおこなっていたのだが、この戦闘以降、用心のため技闘退儺師と感知退儺師をふたりずつ配することになった。すなわち、4人組で土鬼蜘蛛退治へのぞむ。
明日香と千草のチームには、退儺師補助の明宏がいるので、変則的に5人のチームとなっている。
〈そうだな。しかし、すぎたことを嘆いてもしかたあるまい。……刀の少年はどうだ?〉
桐壺雷華の視線が明宏へそそがれた。
「明宏クンは〈忌人符〉を使ってみて、どうだったか? って」
千草が雷華の手話と〈念話〉を通訳する。
「そうですね。今回は花壇とか多かったんで問題ありませんでしたが、アスファルトやコンクリで舗装された場所で使用するには〈忌人符〉の裏にテープとかついていた方がいいかなと思いました」
〈……初歩的なミスじゃん。もうろくしたかな〈創譜師〉のジジイ?〉
あきれる桐壺雷華へ明日香が〈念話〉で云った。
『〈忌人符〉発動と同時に地面や壁へ貼りつく機能があればいいんですよね? それなら陰陽道の術式を応用すれば、すぐに改善できると思います』
明日香の答えに桐壺雷華が満足げにうなづいた。
鬼道譜の制作は、技闘退儺師の資質をもちながら戦闘に向かない者や、引退した技闘退儺師の仕事である。そのため、技闘退儺師には鬼道譜を描く訓練もおこなわれている。
さすがに、戦闘専門の技闘退儺師で陰陽師の術式を応用する知識まで有する者は少ない。退儺師の使う魔法と陰陽師の使う魔法では、法術の体系が異なるからである。
退儺師の使う魔法は〈鬼道〉と云う。
卑弥呼の時代から連綿とつらなる日本土着の魔法で、もともと中国仏教の流れをくむ陰陽師の〈陰陽道〉とは異なる。
〈陰陽道〉は式神とよばれる精霊の力を媒介に発動させる魔法だが〈鬼道〉は人間のもつ内的リアリティー、すなわち想像力の強さがものを云う。
〈陰陽道〉が電動アシストつき自転車だとすれば〈鬼道〉はブレーキも変速ギアもない競技用自転車のようなものだ。
ようするに〈鬼道〉の方が原始的で直接的な魔法と云える。それだけに発現する能力の個人差がいちじるしい。