第三章 真夏の夜の悪夢〈23〉
人儺・光寿も手にした〈呪法具〉召喚杖で〈蜘蛛切〉の太刀をしのいだが、この世界の武装で〈蜘蛛切〉の太刀に斬れないものはない。
〈……霊装〈レンオアムの牙〉か!?〉
十字架を模した豪奢な装飾のほどこされた西洋風の短剣で、刃わたりは20cmほど。その名のとおり伝説のドラゴンの牙から研ぎだされたと云われる霊装(宝剣)である。
もっとも〈レンオアムの牙〉はドラゴンの牙の数だけ研ぎだされたため〈蜘蛛切〉の太刀のように唯一無二の霊装(宝剣)ではないが、無論なかなかお目にかかれる代物ではない。
つばぜりあいする酒真里が雷華の足をかけた。たたらをふんでうしろへころびかけた雷華が左手1本で〈蜘蛛切〉の太刀を横なぎにはらい、酒真里の追撃を牽制する。
雷華は部屋の中央に位置する大きな手術台のへりに軽く腰をぶつけてなんとか転倒をまぬがれた。
「光寿さま!?」
〈レンオアムの牙〉をかまえて雷華と対峙する酒真里が背中で人儺・光寿へ声をかけたものの返答がない。人儺・光寿はいまだに身動きを封じられていた。
(……!?)
そのようすに雷華が内心いぶかしんだ。
〈鬼縛符〉は土鬼蜘蛛のうごきをほんの数秒しか制止させることができない。効力はすでに失われているはずだ。
そして雷華は酒真里と剣をまじえながらも、人儺・光寿のようすを見逃していなかった。
雷華が酒真里に足をかけられてころびかけた時、身体をうごかしかけた人儺・光寿がトンネルの奥を一瞥し、身うごきをとめていたのだ。
(……時間かせぎ? こっちを油断させるための罠? いや、しかし、人儺がうごけなければ不利になるのは酒真里の方だ。一体なにをたくらんでいやがる?)
雷華には人儺・光寿の真意が読めなかった。
16
「ちょ……ごめんアスカ。ちょっとタイム! いっぺんおろさせて」
冥いトンネルを半分以上すぎたところで、さすがの千草も弱音を吐いた。ずっと気絶した明宏をのせた担架をはこんでいるため握力が限界をむかえようとしていた。
〈うん、わかった。それじゃゆっくりおろして〉
背後の千草のうごきにあわせて明日香もゆっくり腰をかがめると、担架を冷たいコンクリートの床へおろした。
「たは~、腕チョ~しびれる」
千草が力の入らない手先をふると、のびきったひじや二の腕を軽くもみほぐした。
明日香も必死で気づかなかったが、ひじから下が小きざみに痙攣していた。指が熱くて痛い。
「出口まであとどれくらい? 何分くらいたった?」
エコーロケーションで出口までの距離をはかる千草が外の気配に気づいた。トンネルの外からふたすじのあかりがさしこみ、トンネル内をさぐるようにてらしだす。
あかりから目をかばい、担架と千草を背に身がまえた明日香へ、彼女にはきこえない声がかかった。
「お~い、大丈夫か!? この地区の退儺師だ。応援にきた」
「アスカ、増援だって。……はやく! ケガ人がいるの!」
千草が〈念話〉で明日香に告げ、口話で応援の退儺師たちへ声をかけた。応援の退儺師たちがあわててかけよる。
応援の退儺師は全員20代後半とおぼしき男性で技闘退儺師がふたりと感知退儺師がひとりだった。この暗闇では手話もおぼつかず、彼らと明日香たちは〈念話〉のチャンネルがないので、おたがいの通訳がわりに感知退儺師がつきそってきたのだ。
千草と感知退儺師の男性の指示で、応援にきた技闘退儺師)のふたりが明宏の担架をかかえもつ。
感知退儺師の男性は千草のようにエコーロケーションを駆使することができず、白杖を手にしていた。明日香が感知退儺師の男性へヒジをかして誘導し、千草とともに担架のうしろをついてあるく。
「奥の状況は?」
感知退儺師の男性の問いかけに千草が一瞬こたえるのを躊躇した。
明宏の父だと云う人儺のことを黙っておくべきかとかんがえたのだが、応援の退儺師がきたと云うことは人儺の波動を感知してきたと云うことだ。こればかりはかくしようがない。
「……敵はふたり。人儺と陰陽師。退儺六部衆のライカさんと金龍斎のおジイちゃんが対処しています」
「ここはなんなんです? 人儺と陰陽師って、一体どう云う……」
担架をはこぶ技闘退儺師たちの疑問を代弁する感知退儺師の言葉を、千草がいらだたしげにさえぎった。
「くわしいことはあと! 一刻もはやくここを待避してください。もうあまり時間がないかも」
千草の言葉に切迫した状況を察した技闘退儺師たちが担架をはこぶ歩をはやめた。




