第三章 真夏の夜の悪夢〈22〉
〈ちぇすとぉ! 氷刃凍牙!〉
明日香の〈手鬼舞〉に雷華がこたえた。
〈蜘蛛切〉の太刀を横なぎにはらうと、赤くやわらかい光沢の太刀から白い冷気がほとばしり、人儺と酒真里の胴体めがけて斬撃がとぶ。
人儺・光寿は腹から土鬼蜘蛛の腕を突きだしてかたい外殻で斬撃をはじき、酒真里へむかった斬撃は黒いカマイタチがその身にうけてくだけ散った。
間髪を入れず金龍斎が酒真里へ鬼道符から生みだしたグリップソードでおそいかかる。
グリップソードとは西洋ノコギリ、あるいは電車のつり革みたいなにぎり手のついた両刃の短剣である。にぎった拳の延長線上に刃があると思えばよい。
しかし、酒真里はさいしょから雷華の斬撃に気をとめていなかった。金龍斎のひと突きをスウェーバックでかわし、手刀をみぞおちにたたきこむ。
「ぐはっ……!」
金龍斎が身体をくの字にまげると、酒真里の凍りついた足元へもんどりうった。
「さすがにもう弾ぎれですか? こうなると伝説の退儺六部衆もかたなしですな」
金龍斎を睥睨する酒真里が嘲笑した。むしろこの高齢で金属矢の攻撃を3回くりだしただけでも常識外れだ。明日香でもあの短時間では2回が限度であろう。
「こざかしい」
酒真里が左手を足元へかざすと一瞬で氷が溶けた。人儺・光寿の足元はいまだ凍りついたままだ。
この隙に明日香たちは明宏をのせた担架をかかえてトンネルへ脱出した。
一応、日頃から退儺師として鍛錬をしているふたりだが、体力も筋力も健康優良スポーツ少女の域をでない。
まっくらなトンネルをヘッドライトでてらしながら、目の見えない千草と〈念話〉で足なみをそろえてあるくだけでも精一杯だ。
明宏をトンネルの外へはこびだし、雷華たちの援護をしたいと内心あせる明日香だが、トンネルをでるだけでも10分はかかりそうだ。
「たは~、重っ!」
明日香の焦燥を感じとった千草が緊張をほぐそうとカラ元気の軽口をたたこうとしたが、イヤな波動にさえぎられた。
〈ライカさん! 土鬼蜘蛛3匹そちらへきます! 到達時刻はおよそ10分!〉
〈なんだと!? そっちも10分か!〉
千草の〈念話〉に雷華が嘆息した。
10分後に発動すると云う金龍斎の「罠」とやらの内実も雷華は把握していない。それにうまく間にあえば一網打尽だが、失敗した時はどうなることやら見当もつかない。
しかし、雷華は、かんがえても埒のあかないことに拘泥するほど愚かではない。
今はとにかく金龍斎の云う10分をしのぎきる。そのあとのことは、その時対処すればよいと瞬時に思考をきりかえた。
「……土鬼蜘蛛だ。3匹くる。〈呪法具〉錬成のおりに召喚杖のはなった波動がまねきよせたのだろう。到達まで10分と云うところか」
感知退儺師の千草同様、土鬼蜘蛛の気配を察知した人儺・光寿が酒真里へ告げた。
「土鬼蜘蛛が3匹ですか? くわばらくわばら。私たちはすでに目的を達したことですし、そちらは退儺六部衆のおふたりにおまかせして失礼いたしましょう」
〈させるかよ!〉
酒真里の足元へたおれこんでいた金龍斎がそのままの姿勢でグリップソードを閃かせた。
酒真里がそれを軽くジャンプしてかわすと、着地と同時に金龍斎の顔面をかたい革靴のつま先でけりあげた。金龍斎の小さな体躯がサッカーボールのようにころがる。
金龍斎の鼻がひしゃげ、鮮血がほとばしった。顔や白く長いあごひげが朱に染まる。
〈ジジイ! 大丈夫か!?〉
〈……儂にかまうな。おまえは目の前の人儺どのに集中せい〉
心配する雷華に金龍斎がこたえた。見た目ほどのダメージはないようだが安心はできない。
それでも雷華の優先順位は人儺をたおすことだ。酒真里とは異なり、いまだ足の自由が利かない。千載一遇のチャンスとばかりに奥の手の鬼道符をたたきこんだ。
〈鬼縛符!〉
人儺・光寿の胸から土鬼蜘蛛の腕がのび、鬼道符をはらった瞬間、人儺のうごきがとまった。
〈かかった!〉
〈鬼縛符〉は〈蜘蛛切〉の太刀の遣い手である〈羅刹姫〉桐壺雷華専用の鬼道符だ。
一般的な技闘退儺師は土鬼蜘蛛と一定の距離をおいて鬼道譜のトラップや鬼道符で闘うが、雷華は大太刀による近接戦闘を主とする。
〈鬼縛符〉は雷華が土鬼蜘蛛をたたき斬る間あいにとびこむため、ほんの数秒土鬼蜘蛛の動きを制止させる働きをもつ鬼道符である。
先刻の借りをかえさんとばかりに人儺・光寿ののど笛めがけて電光石火の突きをたたきこむが、すんでのところで横からその軌道をはじかれた。
〈なにっ!?〉
酒真里が雷華へ身体ごとぶつかり、手にした幅広の短剣で〈蜘蛛切〉の太刀をくいとめていた。




