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第三章 真夏の夜の悪夢〈21〉

挿絵(By みてみん)


麒麟(きりん)も老いれば駄馬にもおとると云いますが、これはなかなか……」


 そううそぶきながら酒真里(しゅまり)が左手をふると、すべての金属矢が両断されて地におちた。


〈……その右手をつかわねえとは余裕じゃのう〉


 先刻、不可視の強大な力でオフロードバイクを鉄塊(てっかい)にかえた酒真里(しゅまり)の右手には黒い革手袋がはめなおされていた。


 肩のたかさへかかげた酒真里(しゅまり)の左手の黒手袋の甲に小さな白い異形のケモノがひかえていた。両前肢にするどいカマをもつイタチの式神・カマイタチである。


「米寿のご老体相手ですからね。せめてハンデをさしあげないと」


〈ぬかせ、チンカス!〉


 金龍斎が悪態とともに白紙の鬼道符をはなつと、ふたたび100本の金属矢へと変化した。


「ムダな手を2度くりかえすとは耄碌(もうろく)されましたな」


 カマイタチをはなつ酒真里(しゅまり)に金龍斎が微笑した。


〈はたしてそうかの?〉


 カマイタチが金龍斎の金属矢を一閃(いっせん)すると、金属矢が黒煙をあげて爆発した。身体を()かれたカマイタチが小さな悲鳴をあげて消える。


「目くらましとはこざかしい!」


 黒煙でさえぎられた視界へとびこんできた新たな金属矢を酒真里(しゅまり)の左手がはらうと、風とよぶより重い空気のかたまりが黒煙と金属矢をなぎはらった。金龍斎の小さな身体もたまらず後転する。


 酒真里(しゅまり)が呪符で召喚したのは黒いカマイタチだった。するどいカマをもつ両前肢からわき腹へかけて皮膜がついていてコウモリとかけあわせたような姿をしていた。


〈おまいたち……否、またカマイタチとは、おぬしこそ芸がないわい〉


 ひざに手をかけてゆっくりとおきあがる金龍斎の額に血がにじんでいた。外傷こそその程度ですんだが、ダンプカーではねられたような衝撃に全身がきしむ。


 カッとむせた金龍斎が口から血を()きながら〈念話〉で雷華(らいか)へ告げた。


〈ライカ、罠をしかけた。あと10分もたせい!〉



     15



 明日香に金龍斎と雷華(らいか)の〈念話〉はきこえなかったが、彼女ははっきりと視ていた。金龍斎が2度目の攻撃とともにうしろ手でべつの鬼道符をまいていたところを。


 金龍斎の目くらましは攻撃のためではなく、彼の云う「罠」を張るためのものであった。


 8枚の鬼道符が人儺(じんな)酒真里(しゅまり)の目を盗むかのように床や壁面にそって移動し、部屋の四隅へはりついて消えた。むろん明日香の知らない鬼道符だ。


〈アスカ! 左の壁の隅に担架(たんか)がある。少年をのせてチグサと先に待避しろ!〉


 雷華(らいか)が明日香と千草へ〈念話〉で金龍斎の指示をつたえた。明日香と千草はセクハラ騒ぎの一件で金龍斎と〈念話〉のチャンネルをつないでいない。


 よもやこんな非常事態にまきこまれると思ってもみなかったふたりは内心(ほぞ)をかんだ。


 10分の猶予(ゆうよ)ときいて明日香がうごいた。部屋のすみに縦長の細長い木製のロッカーがあり、そのなかに簡素な担架(たんか)があった。


 担架(たんか)と云っても2本のかたい(かし)の棒に厚手の白い麻布がぬいつけられただけの簡素なものだ。70年以上放置されていたため、相当ほこりをかぶっていたが、強度に問題はなさそうだった。


 気絶して横たわる明宏のとなりへ担架(たんか)をひろげ、上半身、下半身と2回にわけて明宏の身体を担架(たんか)へ移す。目の見えない千草の手を借りているひまはなかった。


〈千草ちゃん、うしろおねがい!〉


 明日香が千草を担架(たんか)のうしろへ誘導し、2本の(かし)の棒をさわらせた。


 (くら)い部屋の隅で不審なうごきをみせる退儺師(たいなし)の少女たちに、雷華(らいか)対峙(たいじ)する人儺(じんな)光寿(てるひさ)が気づいた。


 人儺(じんな)光寿(てるひさ)の視線を感じた明日香が千草と明宏をかばうようにたち、人儺(じんな)光寿(てるひさ)をにらみつけた。


(なにがあってもこのふたりは、かならず私が守る!)


 明日香が左手で皿をかかえもつようにして、右手でその上をかきまぜるような仕草を見せた。


氷縛(ひょうばく)!〉


「むっ!?」


「なにっ!?」


 人儺(じんな)酒真里(しゅまり)の足元が一瞬で凍りつき、床にはりついた。明日香の仕草は「氷」の手話だ。


 攻撃に参加できない明日香が雷華(らいか)と金龍斎のためにできる唯一の妨害工作だった。


 一瞬の時間かせぎにしかならないことは自明だが、雷華(らいか)と金龍斎が明日香たち脱出のための隙をつくる手間ははぶける。

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