表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/58

第三章 真夏の夜の悪夢〈16〉

挿絵(By みてみん)


 こちらへ1歩ふみだした男の姿が青白い光にてらしだされた。男は黒いスーツとネクタイに赤黒いシャツを身にまとっていた。


 髪はオールバックになでつけられ、ワシのような鼻にかかる黒ブチメガネを鼻梁(びりょう)におしあげた手には五芒星(ごぼうせい)の赤い刺繍(ししゅう)をぬいつけた黒い革の手袋をはめている。


朱都理酒真里(しゅとりしゅまり)!?〉


「ごぶさたしております、桐壺雷華(らいか)さま。先日すれちがったおりにご挨拶いたしませずご無礼いたしました」


 酒真里(しゅまり)の言葉に雷華(らいか)も思いだした。金龍斎のアトリエを訪れた日、酒真里(しゅまり)の乗った黒塗りの高級外車とすれちがったことを。


〈陰陽省特別監察官のあんたが、こんなところでなにをしている?〉


「あの人、ライカさんの知りあいなの?」


〈念話〉のきこえない明宏が千草へ小声でたずねた。


「陰陽省特別監察官・朱都理酒真里(しゅとりしゅまり)だって」


(陰陽師なのか……)


 口話と同時に〈念話〉できるのは感知退儺師(たいなし)だけだと思っていた明宏は内心驚嘆(きょうたん)した。


 厳密に云うと、酒真里(しゅまり)の〈念話〉は退儺師(たいなし)の〈念話〉とは異なる陰陽道の〈心話術〉なのだが、明宏や千草には知るよしもない。


「いやなに、ご懸念(けねん)にはおよびません。みなさんにはなんの危害もご迷惑もおかけいたしません。もうすこしですべておわりますので、ご静観たまわりたくぞんじます」


〈なんの危害もくわえねえだと? あんだけ式神蟲(しきしんちゅう)をしこんでおいてよく云うぜ〉


 雷華(らいか)の皮肉も意に介さず酒真里(しゅまり)が平然とつづけた。


「あれは反体制派の陰陽師対策としてもうけたもの。あなた方を想定したものではございません」


〈反体制派の陰陽師?〉


「私は国家の密命をうけてうごいております。先日、金龍斎(おう)にもご相談もうしあげたのですが、ご賛同いただけなかったので強硬手段に訴えざるをえなかったのでございます」


〈……国家の密命? その土鬼蜘蛛(つきぐも)をつかって、一体なにをたくらんでいる?〉


「積極的平和主義の実現でございます」


〈積極的平和主義だと? またキナくせえ言葉を()きやがる〉


「積極的平和(positive peace)」であれば、絶対に武力(暴力)をもちいず、あらゆる知恵で(いさか)いをおさめる活動をさすが「積極的平和主義(proactive contribution to peace)」はまったく意味が異なる。


 ひらたく云えば「積極的平和主義」とは、自分たちのかかげる平和(あるいは正義)のためならどんな暴力も正当化される危険思想なのだ。


「……みなさんはここがどのような施設だったかごぞんじですか?」


 酒真里(しゅまり)がだしぬけに話の矛先をかえた。


「……落ち武者の洞窟(どうくつ)じゃなかったっての?」


 千草のつぶやきに酒真里(しゅまり)の目が笑った。


「ここは日露戦争のおりに誕生した陸軍の極秘研究所だったのです。〈905〉と呼称されていました」


〈……100年以上前からこんなところでなにを?〉


 明日香が即座に疑問を(てい)した。日露戦争は明治37~38[1904~05]年のことだ。


「ここでは太平洋戦争末期まで土鬼蜘蛛(つきぐも)を兵器として用いる研究がつづけられていたのです」


 酒真里(しゅまり)のこたえに退儺師(たいなし)たちが息を呑んだ。退儺(たいな)六部衆の桐壺雷華(らいか)ですら知らなかったことだ。


〈金龍斎のジジイは〈905〉にどうからんでる?〉


退儺師(たいなし)がわからの唯一の協力者でした。正確には先代の〈創譜師〉金壺龍炎斎の助手として参加していました。……そうそう、今あなた方の重宝している〈結界符〉は金龍斎翁が〈905〉での研究で創譜したものです」


〈結界符〉は金龍斎の代名詞とも云える鬼道譜である。


〈結界符〉の発明で土鬼蜘蛛(つきぐも)との戦闘による退儺師(たいなし)の死亡率が半減したとも、土鬼蜘蛛(つきぐも)から身を守る術をもたなかった感知退儺師(たいなし)の死亡率が70%も減ったとすら云われる。


「現在の防衛省はおろか陰陽省にすら〈905〉の資料はのこされておりません。戦後、金龍斎翁がこちらへアトリエをかまえたのは〈905〉を陰陽省や追儺(ついな)局から秘匿(ひとく)するためだったのでしょう。……あるいはここでの研究を独占したかったのかも」


 そう語る酒真里(しゅまり)が悪意のある笑みをみせた。


「そもそも、とおい卑弥呼(ひみこ)の時代に生物兵器として異界から召喚されたのが土鬼蜘蛛(つきぐも)だったことはごぞんじですね? われわれも土鬼蜘蛛(つきぐも)を異界より召喚するための〈呪法具〉をつくっているのでございます」


 西暦248年。卑弥呼(ひみこ)の邪馬台国は狗奴(くな)国と干戈(かんか)をまじえていた。


 敗色濃厚だった邪馬台国の形勢をくつがえすべく卑弥呼(ひみこ)が画策したとつたえられるのが土鬼蜘蛛(つきぐも)の召喚である。


〈鬼導門〉とよばれる時空の扉をひらき、異界から召喚した土鬼蜘蛛(つきぐも)を生物兵器として狗奴(くな)国へぶつけようとしたのだ。


 その目論見は卑弥呼(ひみこ)の死によって水泡に帰したとつたえられる。しかし、卑弥呼(ひみこ)のひらいた〈鬼導門〉はいまだとざされていない。


〈鬼導門〉によって生じた時空の穴が土鬼蜘蛛(つきぐも)の道をつくる。


〈鬼導門〉さえとじれば時空のひずみは解消し、やがて土鬼蜘蛛(つきぐも)がこちらの世界へあらわれることもなくなるはずなのだが、現在にいたるも流動すると云われている〈鬼導門〉の出現地を特定することができずにいる。


 退儺師(たいなし)の最終目標は〈鬼導門〉をとじて土鬼蜘蛛(つきぐも)の棲む異界とのつながりを断つことなのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ