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第三章 真夏の夜の悪夢〈14〉

挿絵(By みてみん)


〈だめだこりゃ! ひとまず撤退(てったい)……!?〉


 退却(たいきゃく)しかけた雷華(らいか)の視線の先で明日香が腰をおとして身がまえた。


〈ま、待てアスカ! ここでそれはヤバイっ……!〉


 雷華(らいか)の制止よりも先に、明日香の右手がたちのぼる炎のようなうごきで優雅に舞い、その手が洞窟(どうくつ)の奥へむけてふりはらわれた。


轟炎(ごうえん)!〉


 雷華(らいか)のあわてる原因を明日香のセリフで悟った千草も灰色の瞳を白黒させてさけんだ。


「明宏、防御っ! 逃げてっ!」


 光が()ぜると明日香の〈轟炎(ごうえん)〉でトンネル内が瞬時に紅蓮(ぐれん)へと染まる。


 あわてて洞窟(どうくつ)の外へかけだした雷華(らいか)が千草の手をとり、千草も明日香の手をとって走った。


 状況を理解していない明日香がきょとんとした顔でうしろへひっぱられると、先頭からしんがりへまわった明宏が退儺(たいな)の刀をかざして青白くかがやく防御結界を張った。


 明日香が明宏の防御結界ごしに見たのは、トンネル中の式神蟲(しきしんちゅう)を焼きつくした勢いそのままにこちらへ襲いかかる炎の竜だった。


 せまいトンネル内で行き場をうしなった炎が洞窟(どうくつ)の外へむかって牙をむく。その高温と衝撃波をうけとめながらじりじり後退する明宏の姿に明日香も自身の失策を悟る。


〈明宏さんっ!〉


「くっ、息がっ……!」


 明日香のはなった膨大(ぼうだい)な炎がトンネル内の酸素を一気に喰いつくした。


 チラとうしろをふりかえり、明日香たちが洞窟(どうくつ)の出口へ達したことを確認した明宏も、うしろ手に防御結界を張りながら無酸素状態のトンネルをひた走る。


 明宏が洞窟(どうくつ)からななめにまろびでると、その背中を追うようにはげしい熱波が洞窟(どうくつ)からふきだした。暗闇に周囲の木々の焦げつくにおいがただよい、山火事になってもおかしくないほどの熱気が放散する。


「がっ、がはっ!」


 地面にあおむけでたおれこんだ明宏が新鮮な空気を肺へ吸いこんでむせた。防御していたとは云え、身体が熱い。


〈〈アホか、アンタはっっ!〉〉


 先に洞窟(どうくつ)から脱出していた雷華(らいか)と千草が異口同音に明日香を〈念話〉でどなりつけた。


〈……ごめんなさい〉


 女の子座りで地べたへへたりこむ明日香もさすがにしょげた。式神蟲(しきしんちゅう)をまとめてやっつけることに気をとられて周囲への配慮を忘れた。外にもまして(くら)洞窟(どうくつ)内で空間把握ができなかったせいだ。


「たは~、まったく登り(がま)じゃあるまいし、あんなところで焼かれたくないっつーの。私らが焼かれたところで立派な茶碗や花びんにはなんないんだからね」


 めずらしくミスを犯した明日香へ、千草が鬼の首をとったかのようにお小言をたれた。


 ふだんなら、お魚をくわえたままサイフを忘れてはだしでかけてくうっかり屋さんは千草の方だが、今回ばかりは明日香も反論の余地がない。


 3日3晩、火を()きつづけ、さらに3日間かけて冷ました登り(がま)でも、(かま)だしのさいは汗ばむほどの熱気に悪戦苦闘した。


 夜目にも陽炎をたちのぼらせる洞窟(どうくつ)内はいまだ無酸素状態であり、充満する熱気は数百度にもおよぶ。退儺師(たいなし)といえども、うかつに足をふみ入れることはできない。


「ホント、ど~すんの? 状況は切迫してるかもしれないって云うのに、こんなんじゃ洞窟(どうくつ)へ入れないじゃん」


 このなかで、ただひとり土鬼蜘蛛(つきぐも)の波動を感じとることのできる千草の焦燥(しょうそう)が、明日香へのキツイお小言へと転化する。


 なんとか身体をおこした明宏が千草と明日香の肩へやさしく手をかけた。


「千草さん、反省会はあと。……アスカさんも気にしないで」


(明宏さん!?)


「ちょっと明宏クン、大丈夫!?」


 ふたりの肩へおかれた手からつたわる熱さがふつうではなかった。身体にまとわりつく熱気が苦しくて、明宏の息があらい。


〈反省会はあと……か。少年の云うとおりだ〉


 千草の〈念話〉中継で明宏の言葉をきいていた雷華(らいか)が長い前髪をかきあげた。


 耳のきこえない技闘退儺師(たいなし)(たいなし)は目を酷使するため、髪が目にかかるのを(いと)うものだが、雷華(らいか)は右目の眼帯をかくすため前髪をのばしている。


 ターコイズブルーのアヤシげな刺繍(ししゅう)が全体にほどこされたピンク色の半そで短パン夏用ジャージに身をつつむ雷華(らいか)が、えり元に光るヘアクリップで前髪をとめた。あらわになった眼帯にはハートを斬り裂く刃が刺繍(ししゅう)されている。


 雷華(らいか)が〈蜘蛛切(くもきり)〉の太刀を青眼にかまえ、黒い穴からわきでる熱波をさえぎるように洞窟(どうくつ)の正面へたった。


 腰をふかくおとし、太刀の切っ先を洞窟(どうくつ)へむけると裂帛(れっぱく)の気あいとともにするどい突きをくりだした。


氷刃凍牙(ひょうじんとうが)!〉


 赤くやわらかい光沢の太刀から白い冷気がほとばしり、黒々とまがまがしい口をあける洞窟(どうくつ)へたたきこまれた。なまぬるい蒸気が洞窟(どうくつ)からふきだす。


 切っ先を洞窟(どうくつ)へむけたまま身をひるがえした雷華(らいか)が一歩ふみだすと同時に、大上段から〈蜘蛛切(くもきり)〉の太刀を洞窟(どうくつ)へふりおろした。


風刃咆牙(ふうじんほうが)!〉


 ドンッ! と云う重い音が大気をふるわせ、一瞬、夏の夜の暑い空気がふきとんだ。その余波をうけた山の木々が(こずえ)をゆらす。


〈よし、いくぞ〉


蜘蛛切(くもきり)〉の太刀を肩にかついだ雷華(らいか)洞窟(どうくつ)へ歩をすすめた。明日香が千草の手をとってつづき、千草も呆然(ぼうぜん)とする明宏をうながした。


「行くってよ。明宏クン」

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