第三章 真夏の夜の悪夢〈13〉
「千草さんはさがって! アスカさんは千草さんをたのむ!」
〈話はあとだ、ジジイ!〉
明宏の言葉を〈念話〉で中継された明日香が千草を背に洞窟から距離をとり、明宏と雷華はヘッドライトを点灯して刀をかまえる。
冥い洞窟のなかからギチギチと大きく耳ざわりな羽音がいくつもきこえてきた。洞窟をてらすあかりにブキミなかげが踊る。
明宏と雷華がその正体を知るよりも先に、5体の黒いかげを斬りおとしていた。ここでは羽音のきこえる明宏の方が、視界の不備をおぎない、俊敏に対応できる。
「……土鬼蜘蛛じゃないよな?」
斬りおとした謎の襲撃者をヘッドライトで確認した明宏がまゆをしかめた。
地面にころがっていたのは体長1mほどの巨大でグロテスクな生物だった。しいて云えば外殻を有する蟲に近い。
大きな羽とハサミをもつエビのような未知の巨大蟲である。小型の土鬼蜘蛛と云っても過言ではないが、土鬼蜘蛛に空を飛ぶ能力はない。
〈これは式神蟲!? 陰陽師の低級つかい魔ですね〉
明日香の言葉に雷華が小さくうなづいた。
「うわっ、なにこのニオイ、くっさっ! ……明宏クン、これ式神蟲って云うんだって」
式神蟲の死がいからただよう生ぐさいニオイに千草が閉口した。
〈チグサ、奥にだれかいる気配は?〉
舌打音を洞窟へはなった千草が首を横にふった。エコーロケーションで探知できる範囲に人影はない。
(……てことは、陰陽師が意図的にはなったものではなく、呪符による自動迎撃システムか。しかし、なにに反応した? 人の気配か、土鬼蜘蛛の波動か、それともこいつか?)
雷華は黒ずんだ緑色のネバっこい体液でぬれた〈蜘蛛切〉の太刀をみつめた。
〈蜘蛛切〉の太刀と明宏の退儺の刀は退儺の波動、すなわち鬼道の波動をはなっている。
よしんば、呪符が鬼道の力に反応したのだとすれば、呪符をしかけた陰陽師が敵視しているのは退儺師である。
雷華が片手でかまえた大太刀に念をこめると〈蜘蛛切〉の太刀が赤くやわらかい光沢をはなった。
するとその光に呼応するかのごとく、ふたたび洞窟のなかからギチギチと耳ざわりな羽音がきこえてきた。
「ライカさん! またです!」
(やはりか……)
洞窟から猪突猛進に飛来する3匹の式神蟲を明宏と雷華で瞬殺した。一刀両断された式神蟲の死がいがにぶい音をたてて地面へころがりおちる。
(土鬼蜘蛛にかかわるなにかを陰陽師の連中が退儺師からかくしていて、あのジジイもなにか一枚かんでるってことか? ……おもしろくねえな)
退儺師と陰陽師はおなじ陰陽省の別部署に所属しており、敵対関係はない。
〈チグサ、土鬼蜘蛛の気配は?〉
「まったくうごきはないんですけど波動だけは強まってます。なんか爆発とかしそうでヤバい感じ」
〈土鬼蜘蛛が爆発?〉
千草の言葉に明日香が首をかしげた。前例もないし、自爆してくれればそれでおわりではないかと明日香は思う。
〈チグサ、少年にもつたえろ〉
そう云って雷華がつづけた。
〈みんな用心しろ。敵は土鬼蜘蛛だけじゃない。この先にはだれか〈人間〉の悪意がある。どうやら洞窟にしこまれたトラップは鬼道の力に反応するらしい。極力、鬼道の波動をおさえつつすすむぞ〉
雷華の言葉に明宏たちが諒解した。明宏を先頭に明日香、千草、雷華の順で洞窟へと足をふみ入れる。
入り口こそ自然の洞窟だったが、数mもあるくと天井高が3mほどある半円形の人工的なトンネルがつづいていた。足元もコンクリートでたいらに舗装されている。
「……防空壕跡みたいですね」
ヘッドライトのあかりでぐるりを見まわした明宏がおかしなものに気がついた。
コンクリートと同系色で彩色されていたので看過していたが、半円形の壁面に何千枚もの呪符がびっしりとはられていた。
「ちょっとこれって……」
イヤな予感しかしない明宏がつぶやくと、壁面中の呪符がうにゅうにゅとうごめき、一斉に式神蟲へと変化しはじめた。
あたかもそこは式神蟲まみれの巣だった。
非常勤講師のインディ・ジョーンズ博士が蛇だらけの洞窟へ迷いこんだ時のようなおぞましい光景に、目の見えない千草以外の退儺師たちの背筋に悪寒が走った。動揺するヘッドライトの光に見えかくれするブキミなかげに身の毛がよだつ。
さすがの雷華もせまく冥い通路の最後尾で明宏たちをかわしながら数千体の式神蟲と闘うすべはもたない。




