第三章 真夏の夜の悪夢〈12〉
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「……土鬼蜘蛛の波動がほぼ安定した。でもそんなに強くない感じ」
あとすこしで洞窟の鉄の扉へさしかかるところで千草が云った。
先ほど大久保麻鈴から〈念話〉があり、千草の指摘をうけてこの地区を担当する二級感知退儺師もおかしな土鬼蜘蛛の波動を感知したと云う。
この地区を担当する退儺師チームも合流すべきかどうかたずねられたが、桐壺雷華がそれを断った。現在、退儺師チームには2人の技闘退儺師がいるが、一応ここには3人の技闘退儺師がいる。
ひとりは超級技闘退儺師・退儺六部衆の〈羅刹姫〉桐壺雷華。
ひとりは特一級技闘退儺師で〈手鬼舞〉の達人・霧壺明日香。
ひとりは右腕に退儺の刀をやどす技闘退儺師補助・武光明宏。
土鬼蜘蛛の進化形〈飛儺〉相手でもひけをとらなかった3人である。状況はさておき土鬼蜘蛛1匹ならまず問題はない。
千草としても自分の感知にまちがいないことがわかればそれでよかった。
〈チグサ。土鬼蜘蛛の波動を感じるのはどこ?〉
雷華の〈念話〉に千草が暗闇を指さした。洞窟よりひくくふかい位置である。
〈……洞窟の奥ってところか。そんなところに土鬼蜘蛛なんているかね?〉
いまだ半信半疑の雷華が全員に〈念話〉で指示した。明宏には千草が口話でつたえる。
「とりあえずヘッドライトを消して。洞窟までは最低限のあかりで接近する。明宏クンは先頭をおねがい」
「わかった」
千草の言葉に退儺の刀をたずさえた明宏がうなづくと、千草以外の退儺師たちがヘッドライトのあかりを消した。
ふつう、土鬼蜘蛛退治は待ちぶせである。雷華や明日香にも夜間の土鬼蜘蛛退治経験はあるが、周囲の地形を確認し、トラップを張るだけなのでさほど苦労はない。
しかし、今回はちがう。土鬼蜘蛛が暗闇で光に反応すると云う話は寡聞にしてきかないが、どこにいるかわからないし、どうでてくるかわからない。
日中であればまだしも、音のきこえない技闘退儺師が街灯すらない漆黒の闇のなかで視界だけをたよりに闘うのはいささか不利と云える。
また、足場のよくない山道で夏虫たちのすだく音のかまびすしさにエコーロケーションをそこそこ封じられた千草が技闘退儺師たちの耳となるにも限度がある。
自身の目と耳で周囲を把握できる明宏がいたのは僥倖だったかもしれない。
右手に退儺の刀をかまえ、左手で横からもれる懐中電灯のあかりをつつみかくすように足元をてらす明宏がひとりで洞窟の鉄の扉へ近づいた。
そのうしろに〈蜘蛛切〉の太刀を鞘からぬいた雷華、千草の手をひいてあるく明日香がつづく。
「千草さん、鉄の扉がひらいてる!」
小声でさけんだ明宏の言葉を千草がふたりへ〈念話〉で中継する。数時間前、完璧にとざされていたはずの重い鉄の扉が観音びらきに大きくあけはなたれていた。
山の深部へとつづく洞窟が周囲のかげにも増して冥い。さすがの明宏も、えたいのしれない恐怖をおぼえた。
明日香と千草を待機させ、足元を懐中電灯でてらしながら近づいてきた雷華がなにかに気づいてしゃがみこんだ。
さびついた黒い大きな錠前が無造作にころがっていた。懐中電灯の先をつかんだまま小指で錠前へふれた雷華がいぶかしむ。常人には感じられない呪術の残滓を読みとったからだ。
〈これは……呪法錠か〉
「……呪法錠?」
雷華の〈念話〉に千草が首をかしげた。明日香が千草へ説明する。
〈呪法錠は言霊をカギとする陰陽師の術式。……退儺師(たいなし)につかえないカギで施錠されているわけって?〉
明日香と千草を洞窟の前へよびよせた雷華が、千草に土鬼蜘蛛の波動を確認させた。
「まちがいありません。この先60m奥です」
(……どうにもキナくさいことになってきたな)
雷華の隻眼が愁眉した。瀕死のはぐれ土鬼蜘蛛を退治するくらいに思っていたが、この件には陰陽師、すなわち〈人間〉がかかわっていると云うことだ。
雷華は合宿所のはなれで寝ている金龍斎を〈念話〉でたたきおこした。
〈こら! おきろジジイ!〉
〈……むにゃむにゃ、なんじゃライカか? 非常識なヤツじゃの。どうした、こんな夜ふけに?〉
〈洞窟の鉄扉がひらいてる。カギは陰陽師の呪法錠じゃねえか。しかも洞窟の奥から土鬼蜘蛛の波動がしてるときた。……どう云うことだ、ジジイ? 知ってることをあらいざらい吐け〉
雷華の言葉に金龍斎が色をなした。
〈なんじゃと!? なぜすぐに儂をおこさなんだ!?〉
〈だから、おこしたじゃねえか。こっちは私らでなんとかする。要点だけちゃちゃっと話せ〉
〈待て! 儂が行くまで洞窟にはけっして足をふみ入れては……!〉
金龍斎との〈念話〉をきかされていない千草が金龍斎の言葉をさえぎった。
「ライカさん! 土鬼蜘蛛の波動がいきなりはねあがった! 洞窟からなんかきます!」
明宏にもつたわるように口話と〈念話〉でさけんだ言葉に退儺師たちが戦闘態勢をとった。




