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第三章 真夏の夜の悪夢〈12〉

挿絵(By みてみん)


     11



「……土鬼蜘蛛(つきぐも)の波動がほぼ安定した。でもそんなに強くない感じ」


 あとすこしで洞窟(どうくつ)の鉄の扉へさしかかるところで千草が云った。


 先ほど大久保麻鈴から〈念話〉があり、千草の指摘をうけてこの地区を担当する二級感知退儺師(たいなし)もおかしな土鬼蜘蛛(つきぐも)の波動を感知したと云う。


 この地区を担当する退儺師(たいなし)チームも合流すべきかどうかたずねられたが、桐壺雷華(らいか)がそれを断った。現在、退儺師(たいなし)チームには2人の技闘退儺師(たいなし)がいるが、一応ここには3人の技闘退儺師(たいなし)がいる。


 ひとりは超級技闘退儺師(たいなし)退儺(たいな)六部衆の〈羅刹姫(らせつき)〉桐壺雷華(らいか)


 ひとりは特一級技闘退儺師(たいなし)で〈手鬼舞(しゅきまい)〉の達人・霧壺明日香。


 ひとりは右腕に退儺(たいな)の刀をやどす技闘退儺師(たいなし)補助・武光明宏。


 土鬼蜘蛛(つきぐも)の進化形〈飛儺(ひな)〉相手でもひけをとらなかった3人である。状況はさておき土鬼蜘蛛(つきぐも)1匹ならまず問題はない。


 千草としても自分の感知にまちがいないことがわかればそれでよかった。


〈チグサ。土鬼蜘蛛(つきぐも)の波動を感じるのはどこ?〉


 雷華(らいか)の〈念話〉に千草が暗闇を指さした。洞窟(どうくつ)よりひくくふかい位置である。


〈……洞窟(どうくつ)の奥ってところか。そんなところに土鬼蜘蛛(つきぐも)なんているかね?〉


 いまだ半信半疑の雷華(らいか)が全員に〈念話〉で指示した。明宏には千草が口話でつたえる。


「とりあえずヘッドライトを消して。洞窟(どうくつ)までは最低限のあかりで接近する。明宏クンは先頭をおねがい」


「わかった」


 千草の言葉に退儺(たいな)の刀をたずさえた明宏がうなづくと、千草以外の退儺師(たいなし)たちがヘッドライトのあかりを消した。


 ふつう、土鬼蜘蛛(つきぐも)退治は待ちぶせである。雷華(らいか)や明日香にも夜間の土鬼蜘蛛(つきぐも)退治経験はあるが、周囲の地形を確認し、トラップを張るだけなのでさほど苦労はない。


 しかし、今回はちがう。土鬼蜘蛛(つきぐも)が暗闇で光に反応すると云う話は寡聞(かぶん)にしてきかないが、どこにいるかわからないし、どうでてくるかわからない。


 日中であればまだしも、音のきこえない技闘退儺師(たいなし)が街灯すらない漆黒(しっこく)の闇のなかで視界だけをたよりに闘うのはいささか不利と云える。


 また、足場のよくない山道で夏虫たちのすだく()のかまびすしさにエコーロケーションをそこそこ封じられた千草が技闘退儺師(たいなし)たちの耳となるにも限度がある。


 自身の目と耳で周囲を把握できる明宏がいたのは僥倖(ぎょうこう)だったかもしれない。


 右手に退儺(たいな)の刀をかまえ、左手で横からもれる懐中電灯のあかりをつつみかくすように足元をてらす明宏がひとりで洞窟(どうくつ)の鉄の扉へ近づいた。


 そのうしろに〈蜘蛛切(くもきり)〉の太刀を(さや)からぬいた雷華(らいか)、千草の手をひいてあるく明日香がつづく。


「千草さん、鉄の扉がひらいてる!」


 小声でさけんだ明宏の言葉を千草がふたりへ〈念話〉で中継する。数時間前、完璧にとざされていたはずの重い鉄の扉が観音びらきに大きくあけはなたれていた。


 山の深部へとつづく洞窟(どうくつ)が周囲のかげにも増して(くら)い。さすがの明宏も、えたいのしれない恐怖をおぼえた。


 明日香と千草を待機させ、足元を懐中電灯でてらしながら近づいてきた雷華(らいか)がなにかに気づいてしゃがみこんだ。


 さびついた黒い大きな錠前(じょうまえ)が無造作にころがっていた。懐中電灯の先をつかんだまま小指で錠前(じょうまえ)へふれた雷華(らいか)がいぶかしむ。常人には感じられない呪術の残滓(ざんし)を読みとったからだ。


〈これは……呪法錠(じゅほうじょう)か〉


「……呪法錠(じゅほうじょう)?」


 雷華(らいか)の〈念話〉に千草が首をかしげた。明日香が千草へ説明する。


呪法錠(じゅほうじょう)言霊(ことだま)をカギとする陰陽師の術式。……退儺師(たいなし)(たいなし)につかえないカギで施錠(せじょう)されているわけって?〉


 明日香と千草を洞窟(どうくつ)の前へよびよせた雷華(らいか)が、千草に土鬼蜘蛛(つきぐも)の波動を確認させた。


「まちがいありません。この先60m奥です」


(……どうにもキナくさいことになってきたな)


 雷華(らいか)隻眼(せきがん)愁眉(しゅうび)した。瀕死(ひんし)のはぐれ土鬼蜘蛛(つきぐも)を退治するくらいに思っていたが、この件には陰陽師、すなわち〈人間〉がかかわっていると云うことだ。


 雷華(らいか)は合宿所のはなれで寝ている金龍斎を〈念話〉でたたきおこした。


〈こら! おきろジジイ!〉


〈……むにゃむにゃ、なんじゃライカか? 非常識なヤツじゃの。どうした、こんな夜ふけに?〉


洞窟(どうくつ)の鉄扉がひらいてる。カギは陰陽師の呪法錠(じゅほうじょう)じゃねえか。しかも洞窟(どうくつ)の奥から土鬼蜘蛛(つきぐも)の波動がしてるときた。……どう云うことだ、ジジイ? 知ってることをあらいざらい()け〉


 雷華(らいか)の言葉に金龍斎が色をなした。


〈なんじゃと!? なぜすぐに(わし)をおこさなんだ!?〉


〈だから、おこしたじゃねえか。こっちは私らでなんとかする。要点だけちゃちゃっと話せ〉


〈待て! (わし)が行くまで洞窟(どうくつ)にはけっして足をふみ入れては……!〉


 金龍斎との〈念話〉をきかされていない千草が金龍斎の言葉をさえぎった。


「ライカさん! 土鬼蜘蛛(つきぐも)の波動がいきなりはねあがった! 洞窟(どうくつ)からなんかきます!」


 明宏にもつたわるように口話と〈念話〉でさけんだ言葉に退儺師(たいなし)たちが戦闘態勢をとった。

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