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第三章 真夏の夜の悪夢〈4〉

挿絵(By みてみん)


(……明宏さん、私のことどう想ってるんだろ?)


 明宏が明日香に好意をよせてくれていることはわかる。手話の習得にも熱心だし、いつだってやさしい。ただ、それが友だち以上の好意なのかどうかがわからない。


 明宏のまわりにいる女子と云えば、明日香・千草・詩緒里くらいのものだが、明宏はだれにでもわけへだてなくやさしい。


 見ようによっては、(おさな)い頃から一緒に育ったいとこの詩緒里や、明日香たちの〈念話〉を明宏へつたえるため、ふだんから会話のおおい千草との方が親しげとも云える。


 そのことで明日香が疎外(そがい)感をおぼえることはないが、それでも気楽に冗談を云いあえる詩緒里や千草をうらやましいと思うことがないわけではない。


 詩緒里や千草からしてみれば、可憐(かれん)美貌(びぼう)と気だてのよさで、だれからもお姫さま然としてあつかわれる明日香への羨望(せんぼう)もあるが、明日香自身はそのことに気づいていない。いつだってとなりの芝生は青いものだ。


(やっぱり明宏さんは詩緒里ちゃんみたいに障碍(しょうがい)のない子の方がよいのかな……)


 日本はいまだ障碍(しょうがい)者に対する差別と偏見の根ぶかい国である。しかも、おおくの日本人がそのことに無自覚ですらある。


 バリアフリーなどとうそぶきながら、義務教育や教員資格取得の必須単位に点字はおろか手話のなかったことをかんがみてもあきらかだ。障碍(しょうがい)者とともに暮らすための教育がごっそりぬけおちている(さいきん、ようやく教員資格取得の必須単位に障碍(しょうがい)者教育がつけくわえられた)。


 明日香と千草は私立台和(だいな)高等学校へ通うようになってから、日常的な差別や偏見を感じることもなくなったが、それ以前は〈障碍(しょうがい)者〉の共同体(コミュニティー)隔絶(かくぜつ)され、無教養・無理解から生じる誤解や差別や偏見を感じてきた。


 明宏が明日香や千草を「障碍(しょうがい)者だから」と云う理由で恋愛対象外にすることはないはずだが、そう云った過去が明日香の心に不必要なひけ目を感じさせることがあるのもまた事実だ。


 明日香の父で障碍(しょうがい)をもたない桐壺香雲(きりつぼこううん)ことラッキー和尚は云う。


障碍(しょうがい)はその人の個性、チャーム・ポイントなんだ」


 世界には多種多様な価値観があり、みなそれぞれちがうからよい。


 たとえば、一口に陸上選手と云っても、マラソンがとくいな人もいれば短距離走がとくいな人もいる。マラソンと短距離走の両方で金メダルをもっている選手はいない。


「走る」と云う競技ひとつとってみても種目は細分化される。マラソン世界記録保持者が短距離走でおそいからと云って差別や偏見をうけることはない。ハンマー投げの金メダリストが、足がおそいと云う理由で差別や偏見をうけることもない。


 野球は下手でもサッカーがうまいかもしれない。運動や勉強は苦手でも料理がとくいかもしれない。家具づくりがうまいかもしれない。人のもつ可能性、かがやける場所はさまざまである。


 特別なにかに(ひい)でている人は、その才能に必要ない常識などを極端に欠く人もすくなくない。プラスのふりはばが大きな人はマイナスのふりはばも大きい。


 たとえば、天才作曲家のモーツアルトは脳内にうかんだ音楽を採譜(さいふ)し、熟考や手直しを一切しなかったとつたわっているが、TPOをわきまえぬほどの下ネタ好きで『おれの尻をなめろ』と云うヒドい題名の歌曲をのこしたりしている。


 20世紀を代表する画家のパブロ・ピカソは7歳で大人顔負けのデッサンを描いたが、12歳になるまで文字をおぼえられず、自分の名前を書くことすらできなかった(ちなみに、ピカソの本名は、パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソである。もちろん、いちいちこんな長ったらしい署名はしないし、本人も全部はおぼえていなかったらしい)。


 よしんば、障碍(しょうがい)をマイナスととらえるのであれば、その分プラスへふりきれるなんらかの特別な才能を有しているとかんがえるべきだし、そちらへ目をむけるべきだ。


『立てる像』などで日本の近代絵画史にその名をのこす画家の松本竣介(しゅんすけ)は、明日香とおなじ聾唖(ろうあ)者であり『春の海』などで知られる作曲家・琴演奏家の宮城道雄やピアニストの辻井伸行は、千草とおなじ盲目(もうもく)である。


 かれらにとって障碍(しょうがい)はハンデではなく、まちがいなく個性と云えるだろう。


(……耳がきこえないことを逃げ道にするなって、よくお母さんに云われたっけ)


明日香の母・霧壺(さき)聾唖(ろうあ)者であり、元一級技闘退儺師(たいなし)である。今は島根県の退儺師(たいなし)養成施設へ講師として単身赴任(ふにん)している。


「人として恥ずかしくない生き方をすること。それだけでよいんだ」


 明日香は父・香雲の言葉を思いだし、一瞬でも自身のもつ障碍(しょうがい)をひけ目に感じた自分を恥じた。


「差別や偏見に負けて卑屈(ひくつ)になることこそ恥ずかしいことよ」


 そう母・(さき)にもくりかえし云われてきた。


 明日香が特一級技闘退儺師(たいなし)の異能を有するのは聾唖(ろうあ)者だからだ。彼女は退儺師(たいなし)だったからこそ、これまでおおくの人命を救うことができた。


 そして、おそらく明日香が聾唖(ろうあ)者で退儺師(たいなし)だったからこそ明宏とであえたのだ。

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