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第三章 真夏の夜の悪夢〈2〉

挿絵(By みてみん)


 他方、詩緒里ほどではないにせよ、千草も内心かなりビビっていた。


 目が見えず、反響定位(エコーロケーション)を駆使する千草に夜道をあるく恐怖はない。しかし、雑音がおおく、地形の複雑な山中となれば話はべつだ。ちょっとした足元の悪さもいちいちカンにさわる。


 しかも、日中のセミの大合唱ほどではないが、夜になっても夏虫たちのすだく()はかまびすしかった。


 植物や山の放散する湿気も周囲の音をききとりづらくしている。詩緒里の腕からつたわるあたたかさだけが心強い。


「ねねねねねえ千草さん、もう行ってきたことにして、ひひひひひきかえしませんか?」


「でも証拠品をとってこなきゃなんないんでしょ?」


 肝だめし実行委員長の一馬が一応ルートの点検もかねて、洞窟(どうくつ)の門扉の前に黄色いテニスボールをふたつおいてきた。それをもち帰ってくるのがルールである。


「そそそそそうなんですけどお……」


 詩緒里が悄然(しょうぜん)とした声でうつむくと、ヘッドライトにうかびあがる視界の上方をなにかがガサリと横切った。


 詩緒里が手にした懐中電灯で足元をてらすと黒く細長いかげが道をさえぎっている。


「へへへへ蛇っ!?」


「蛇!?」


 思わずあとずさるふたりだったが、黒く細長いかげがうごく気配はない。チッチッと打舌音(だぜつおん)で地面を反響定位(エコーロケーション)した千草がたずねた。


「ねえ詩緒里ちゃん、ほんとに蛇?」


「だって今なんかガサッって……」


 意を決して黒く細長いかげに目をこらすと、蛇だと思ったものの正体は枯れたツタであった。


「ごめん、千草さん。ただのツタでした」


「たは~、マジ、ビビった」


 安堵(あんど)する千草に詩緒里が泣きそうな声で云った。


「あ~ん、もう帰りたいっ~!」



     3



 詩緒里・千草ペアにおくれること10分。スタート地点の登り(がま)から明宏・明日香ペアが時間差で出発した。


 明宏・明日香ペアは詩緒里・千草ペアとはちがった意味でいろいろと緊張していた。


 とは云え、詩緒里・千草ペア同様、まず闇のふかさにおどろいた。人里はなれた山の中腹にある金竜斎のアトリエの夜の(くら)さは窯焚(かまた)きの夜番などでも体験していたが、本当にライトでてらしだされたところ以外はなにも見えない。


 耳のきこえない明日香にとって、視覚情報のとぼしいこの状況はすこぶる心もとない。


 ペアの相手が千草であれば〈念話〉でたやすく意思疎通(いしそつう)できるが、明宏とは手話か読唇術(どくしんじゅつ)、あるいはスマホをつかったSNSのチャット機能、すなわち文章で会話するほかない。


 しかし、この暗闇で明宏相手に手話をつかうのも容易ではない。明宏と明日香は手をつないでいるうえに、それぞれ片手に懐中電灯を手にしている。


 明宏もどさくさまぎれに明日香と手をつなぎたいとかんがえていたわけではなかったが、あまりにも周囲が暗くてあぶなかったため、明日香へ手をさしださないわけにはいかなかった。


 これがふつうのペアであれば、他愛もない会話で気をそらしたり間をもたせることもできるが、ふたりにはそれができない。


 闇のなかを無言であるくたがいの手のぬくもりだけが妙に意識されて、おかしなドキドキがとまらなかった。


 これ以上ないほどの〈吊り橋効果〉である。



     4



 一馬の話では、10分もあれば洞窟(どうくつ)に到着するはずだったが、おっかなびっくりですすむ詩緒里・千草ペアは30分以上さまよいあるいたような疲労感にさいなまれながら、ほうほうの(てい)でようやく目的地へたどりつこうとしていた。


「……千草さん、ようやくついたっぽい」


 朽ちかけた木の鳥居と眼前に黒々とそそりたつ壁面をライトでてらしながら、詩緒里が力なく云った。虫のすだく()にじゃまされながら、チッチッと打舌音(だぜつおん)反響定位(エコーロケーション)した千草もヤレヤレとうなづいた。


「……地球か、なにもかもなつかしい……って、どうやらそうみたいだね。詩緒里ちゃん、洞窟(どうくつ)の扉って、もうすこし先へ行った左手奥にありそう」


 詩緒里が闇の奥を懐中電灯でてらすと、たしかに左手奥に洞窟(どうくつ)の入り口を思わせるかげがかいま見えた。


「すごい! 千草さんそんなことまでわかるんですか!?」


「土や草と鉄とじゃ反響音とか全然ちがうし」


 鉄の扉でとざされた洞窟(どうくつ)の前へすすむと、詩緒里の足が重いなにかにつっかかった。

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