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第三章 真夏の夜の悪夢〈1〉

挿絵(By みてみん)


     1



「そうた。ヒマたし肝ためしてもしようか?」


 そう一馬が提案したのは、夏合宿さいごの夜である。


 昨日の午后は登り(がま)(かま)だしがおこなわれた。3昼夜の窯焚(かまた)きをおえた登り(がま)を3日間かけて冷まし、ようやく焼きあがった陶器(とうき)と対面する。


 熱気のこもる登り(がま)から汗だくになりながら、全員で陶器(とうき)をはこびだした。


 焼成(しょうせい)中、オレンジ色にかがやいていたたくさんの陶器(とうき)が、さなぎから羽化したチョウやカブトムシのようにみごとな変貌(へんぼう)をとげていた。


 ざらつく土のおもてにあたかも炎が刻印されたかのような模様の踊る〈()だすき〉とよばれる野趣(やしゅ)あふれたものから、なめらかな手ざわりと硬質なかがやきをもつ洗練されたものまで多種多様である。


 陶芸の素人(しろうと)である明宏たちの目から見ても息を呑むようなものから、失敗作にしか見えない土のかたまりみたいな茶碗もあったが、金竜斎や西尾の表情はあかるい。


 その道の玄人(くろうと)でなければわからない領域があることは、剣術をたしなむ明宏にもわかる。ジャンルこそちがえど、陶芸や芸術の奥ぶかさをかいま見た気がした。


 その日の夜は盛大に〈(かま)だしおつかれ会〉がもよおされたが、夏合宿さいごの夜はおだやかな無聊(ぶりょう)をかこっていた。


 穴森夫妻は合宿さいごの夜と云うこともあり、お世話になったふもとの剣術道場の人々と宴会し、そのままそちらへ一泊することになった。翌日、道場で合流し、その日の午后、帰路に()く予定である。


 夕食を済ませたあと、大人(アダルト)組のうら若き女性たち(清水萌絵・西尾舞・桐壺雷華(らいか)・八千代美千代)は萌絵の部屋で酒宴(サバト)をはじめたが、未成年組(明宏・明日香・千草・詩緒里)と下戸(げこ)の一馬は、ここ数日で酔いどれ魔女たちの悪質なカラミ酒にこりている。


燕子花(かきつばた)の間〉に避難(?)した未成年組がTVを見たり宿題したりとくつろいでいるさなか、一馬が思いつきで提案した〈肝だめし〉に千草がけげんな顔をした。


「……肝だめしって、具体的にはなにすんの?」


「拝殿の裏手から山奥へつつく小さな一本道かあるたろ?」


「登り(がま)のわきからつづく道ですね」


 詩緒里が手話をまじえて云った。(まき)などを()りにいく道ときかされていたが、詩緒里たちは散策していない。


「なんか洞窟(どうくつ)があるんでしたっけ?」


 明宏のくちびるのうごきを読んで一馬がうなづいた。明宏は西尾舞との雑談でそのことを小耳にはさんでいた。


 その先にかつて〈奥の院〉とよばれた洞窟(どうくつ)があるらしい。そこで戦乱の世に落武者が呪詛(じゅそ)()きつつ自害したと云ういわくつきの〈事故物件〉だ。


 洞窟(どうくつ)の入り口は鉄の門扉でかたくとざされているが、そのあたりで人魂(ひとだま)を見たとか、うめき声をきいたなんて話もつたわっているらしい。


「まったまた、一馬さんたら、んなコト云ってこわがらせようったって、お化けの見えない私には無駄無駄無駄無駄……ひゃんっ!」


 ディオ・ブランドーの末裔(まつえい)みたいなセリフで虚勢(きょせい)を張る千草が首筋に冷気を感じてとびはねた。こっそり近づいた明日香が細く息をふきかけたのだ。


「こ、こらっ、アスカ!」


 絵に描いたような千草の周章狼狽(しゅうしょうろうばい)ぶりに、みなが笑った。


「じ、じゃあ、その洞窟(どうくつ)の前まで行ってもどってくればいいわけね? そんなのチグサさんには楽勝よ、楽勝」


 そんなわけで、急遽(きゅうきょ)、肝だめしをおこなうこととなった。



     2



「なななななんか思ったよりまっ暗で、ぜぜぜぜ全然なんにも見えないんだけど、千草さんだだだだ大丈夫ですか?」


「詩緒里ちゃん、おちつきなってば。大丈夫だって」


 ヘッドライトと懐中電灯でぼんやりてらしだされた闇のなかを詩緒里・千草ペアがぴったりよりそいながらあるいていた。


 組みわけは明宏と詩緒里、明日香と千草がグーパーできめた。本当は明日香・千草ペアでも問題はなかったのだが、ふたりが〈念話〉できることを詩緒里に悟られるわけにはいかず、必然的に健常者と障碍(しょうがい)者でペアを組むこととなる。


 街灯ひとつない山道の闇のふかさは詩緒里の想像をはるかにこえていた。あかりがなければ距離感を把握することさえおぼつかないみごとなベタ黒である。


 見あげると影絵のような木々の隙間(すきま)から満天の星空がのぞく。その星空の方がまだ空間を感じさせ、詩緒里をほんのすこしだけ安堵(あんど)させた。


 ゆるやかに傾斜する九十九(つづら)おりの細い山道はもちろん未舗装である。


 ふたりのヘッドライトで前を、懐中電灯で足元をてらしながらすすんでいるのだが、ヘッドライトにゆれる雑多な木の影のうごきだけで充分にこわい。


 時おりキイキイとか細い鳴き声を発しながら夜空をとびまわるコウモリのかげに背筋が凍る。


(ただ、行ってもどってくるだけっしょ? 楽勝楽勝)


 千草同様、そう(たか)をくくっていた自分の浅はかさに(ほぞ)をかむ詩緒里であった。

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