第二章 海と登り窯〈12〉
明宏がチョンチョンと肩をつつかれてふりかえると、明日香が恥ずかしそうに重箱のいなり寿司を指さした。
『そのおいなりさん、私が作ったんです。……味見してもらえますか?』
『え? ああ、よろこんで。それじゃ、いただきます』
明日香お手製のいなり寿司を食べた明宏が笑顔でこたえた。
『うん、おいしい! さすがはアスカさん。お菓子だけじゃなくてお料理も上手なんだね』
『……よかった。よろこんでもらえて』
うれしそうにはにかむ明日香のようすに明宏の方が照れた。
「ん? どったの。ふたりとも? ね、ね、せっかくだから、みんなお弁当と一緒に写真撮ろっ!」
妙な空気を作っている明日香と明宏に気づいた詩緒里が手話をまじえて云うと、すぐその声に千草がのった。
「写真!? 詩緒里ちゃん、撮って撮って!」
詩緒里の声がした方へ向かって適当にピースサインを決める。
「詩緒里ちゃん、スマホ貸して~。私が撮ってあげる~」
「いいんですか? それじゃお願いします」
萌絵が詩緒里からあずけられたスマートフォンで全員の集合写真を撮ると、それをきっかけに撮影タイムへ突入した。
女子たちが各々のスマートフォンで写真を撮りまくる。
「明宏、これで撮って!」
明日香や千草と肩をならべながら、詩緒里が明宏へスマートフォンを手わたした。
「あ、そうだ。……あんた、あたしの写真とか佐倉へ売りつけたら承知しないかんね」
「するわけないだろ。て云うか、ぼくのスマホとかもってきてないし」
ドスのきいた低い声で威嚇する詩緒里に明宏が肩をすくめた。
……賢明なる読者諸君は大分前からいぶかしんでいたはずだが、佐倉心太は穴森道場の夏合宿に参加していない。
インターハイ直前の大事な時期に、部活以外の合宿へ参加する許可なぞおりるはずもなく、佐倉は血の涙を呑んで詩緒里との海水浴をあきらめねばならなかった。
夏休みに入ったばかりの穴森道場で、稽古おわりに夏合宿不参加の旨を告げた佐倉が明宏へ耳打ちした。
「……そこでお兄さん。一生のお願いがあるのですが」
「うん。断る」
「まだなにも云っていないではありませんか」
「一生のお願い、と聞いてイヤな予感しかしない」
「いやなに。ちょっとしたお願いなので、お兄さんへご迷惑はおかけしません」
「一生のお願いなのに、ちょっとしたことなの?」
明宏の皮肉にも動じず佐倉がつづけた。
「夏合宿では海水浴もなさるのですよね?」
「うん」
「そこでぜひ詩緒里さんの水着写真を撮ってきていただきたい」
「水着?」
「もちろんタダとは云いませぬ。1枚500円でいかがだろうか?」
ズズイッとつめよる佐倉に明宏が辟易した。
「……いや、あの値段の問題じゃなくて」
「きっと詩緒里さんファンクラブの面々もほしがります。詩緒里さんの水着姿、詩緒里さんの浴衣姿。……パンチラなら3000円でも安いものです」
「そんなの撮れるわけ……」
「……だれのパンチラなら3000円だすって?」
明宏が佐倉のしょうもない〈一生のお願い〉を断りかけた時、ふたりの背後で絶対零度の冥いささやきがもれた。
ふたりがおそるおそるふりかえると、背中にゴゴゴゴ……! と云う太文字の擬音をうかびあがらせ、憤怒の相で仁王立ちする詩緒里がいた。
「ちょっと待って、詩緒里ちゃ……さん。ぼくはべつになにも……」
「はっ! お兄さん、よもや自分だけ助かろうとする魂胆ですか!?」
「問答無用っ!」
……と云うわけで、詩緒里からキツイおしおきをうけた佐倉と明宏だった。




