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第二章 海と登り窯〈11〉

挿絵(By みてみん)


「……これが昼間さわらせてもらったのと同じ土とは思えないよね」


 明宏と明日香の間に割って入るように詩緒里が云った。


 実質的な夏合宿初日となる昨日、市内の道場で剣術の稽古(けいこ)をしてきた大膳・明宏・詩緒里・雷華(らいか)以外は金龍斎のアトリエでまったりとすごしていた。


 感知退儺師(たいなし)のふたりがひさしぶりの長距離移動と軽い山歩きでいささか疲れていたためでもある。技闘退儺師(たいなし)ほど体力はない。


 剣術稽古(けいこ)組も大膳以外は昼すぎに金龍斎のアトリエへもどってきた。


 夏合宿は夏休みの子どもたちを集めた朝稽古(あさげいこ)と一般向けの夕方の稽古(けいこ)もあるのだが、夕方の稽古(けいこ)は大膳たちがいなくてもさほど問題はない。


 例年であれば道場の近場に宿をとるので、気軽に朝夕の稽古(けいこ)へ参加できるが、金龍斎のアトリエは交通の便がよくない。


 とりあえず、初日は大膳だけが夕方の稽古(けいこ)にも顔をだし、帰りは道場の人に車で送ってもらうことにした。


 そんなわけで午后の無聊(ぶりょう)をかこつ千草たちは、西尾のはからいで作陶(さくとう)体験をさせてもらった。


 金龍斎の陶芸工房でろくろや手づくね(ひも状にした土をつみあげて茶碗などを作る技法)による作陶(さくとう)釉薬(ゆうやく)による絵つけである。


 陶土(とうど)で茶碗や皿を作るだけなら目の見えない千草や美千代にもできる。


 明日香はろくろではじめてとは思えないほど美しい飯盛(めしもり)茶碗を作り、千草も手づくねで見事な抹茶茶碗を作った。


 明宏や伊織もろくろでなんとか茶碗を作り、萌絵は当然のように徳利(とっくり)とお猪口(ちょこ)を作った。


 美千代はハート型などのかわったお皿を泥遊びみたいにペタペタと作り、雷華(らいか)と伊織は前衛的なオブジェを作って西尾の目を白黒させた。ひらたく云えば、不器用だった。


 それらの陶器(とうき)は10日ほど乾燥させて素焼きし、釉薬(ゆうやく)をほどこして焼成(しょうせい)する。登り(がま)ではなく、工房に設置されたガス(がま)で焼いて後日郵送してもらうこととなった。


 そして今日。明日香たちは朝稽古(あさげいこ)組と正午に坐浜海岸で合流し、念願の海水浴を満喫(まんきつ)している。


 明日香と明宏が海から上がると、パラソルの下では重箱に入ったお弁当がひろげられていた。一馬と美千代も海から上がって舌鼓(したつづみ)を打っていた。


「ねえねえ明宏、このお弁当、千草さんたちが作ってくれたんだって! 超おいしい!」


 詩緒里がおいしそうに鶏の唐揚げを頬ばった。明宏がお弁当を指さすと、明日香がほほ笑んでうなづいた。


「みんなお料理上手なのよ。私びっくりしちゃった」


 一馬の母・麻鈴とともにお弁当の製作総指揮を担当した伊織が云った。


 手話のできない伊織は聾唖(ろうあ)者の明日香や麻鈴と厨房(ちゅうぼう)にそなえつけられていたホワイトボードで筆談しながら作業分担をし、目の見えない千草や美千代のフォローにまわった。


 ふだん障碍(しょうがい)者とのつきあいがない伊織は、千草や美千代が厨房(ちゅうぼう)に立つことでケガでもしやしないかと内心やきもきしていたのだが、手元のあぶなっかしさは微塵(みじん)も感じられなかった。


 あどけない童女にしか見えない美千代(20歳)は昆布とマグロ節で出汁(だし)をとり、ふわふわの絶品卵焼きを作って伊織の目と舌を驚嘆(きょうたん)させた。


「明宏クン、ポテサラ私つくったんだよ。食べてみて!」


「へ~、おいしそう。千草さんも料理するんだ?」


 小さな紙カップへ小分けされたポテトサラダに明宏が感心した。


「なによ、その意外そうな声は?」


「千草さんはもっぱら〈食べる〉専門の人だと思ってた。……いただきます」


 明宏が笑いながらポテトサラダを口にした。


「うん。おいしい。やるじゃん千草さん」


 すなおに()められた千草が、こまやかな花柄の布地に包まれたたいらな胸をはった。


「当然!」


「ほんとおいしいよね~。どうやったらこんなおいしく作れるんだろ?」


〈料理と云う名の破壊工作〉しかできない詩緒里の言葉に明宏が内心苦笑した。


 以前、詩緒里がネット検索したレシピを元につくったと云うポテトサラダを食べさせられたことがある。


 こげ茶色のブキミなカタマリでニチニチと噛みきれないゴムのような食感に酸味と苦みがからみあい、地獄のようなハーモニーを(かな)でていた。食後、明宏が胸やけ腹痛下痢発疹発熱で床に()したことは云うまでもない。


(逆になにをどうしたらポテサラがああ云うことになるんだろう?)


 今もってナゾである。


「あたしも明日みんなと一緒にお弁当作りたいっ!」


「……詩緒里。おまえは剣術の修行にきていることを忘れたのか? おまえがここで精進すべきは料理ではなく剣術であろう?」


「うんうん。ダイちゃんの云うとおり。道場の子どもたちも詩緒里の指導を楽しみに待ってるんだから、そっちの期待にこたえてあげないと」


 詩緒里の料理の腕前を文字どおりイヤと云うほど知っている穴森夫妻が、それとなく詩緒里の料理参加を阻止すべく当意即妙に口裏をあわせた。


「え~?」


 詩緒里は少しだけ女のコたちの輪にいない疎外(そがい)感をおぼえたが、千草たちには善意しかないこともわかっている。心の底でひとり勝手に()ねた自分を恥じると発想転換した。


「そっか! みんなと一緒にお夕食のお手伝いすればいいんだ!」


「えっ!? ……ああ、そうだね」


 穴森夫妻と明宏がひきつった笑顔であいまいにうなづいた。3人はなんとかして詩緒里を厨房(ちゅうぼう)から遠ざける手段を模索(もさく)しはじめる。

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