第二章 海と登り窯〈8〉
千草の舌打ち(打舌音)は、音の反響を利用して空間把握する反響定位のためだ。
これは退儺師の特殊能力ではなく、だれでも訓練次第で身につけられる能力である。しかし、千草ほど器用に反響定位をあやつる人はなかなかいない。
「徐々に下から窯の温度をあげていく登り窯では、焼成室ごとに焼成時間が異なりますから、熱の伝わり方や炎の流れを考慮した上で作品をならべていくんです。この作業だけで1週間ほどかかります」
「と云うことは1週間前から準備なさってるんですか? それはご苦労ですな」
感嘆する大膳へ西尾がほほ笑んだ。
「実はこれでもはやい方なんです。……こちらへどうぞ」
西尾が最上部・第三焼成室へ一行をうながした。背後にひかえていた一馬の両親がさっそく第1焼成室の搬出入口にレンガをつむ。
「床へじかに置かれた陶器はオブジェ的なものとか野趣あふれた造形のものが多いように見うけられましたけど、上の方はお皿とかコップとか洗練されたデザインのものが多いようですね?」
第3焼成室の搬出入口から中をのぞきこんだ詩緒里の母・伊織がたずねた。
「第3焼成室は焼成時間もみじかく温度もわりあい安定しますから、イメージ通りの陶器が焼きあがるんですけど、第1焼成室、しかも床砂へじかにおかれた作品は、荒れ狂う炎や舞いあがる灰にさらされて、私たちにも予測できない景色、表情を生みだすんです。だから挑戦的って云うか実験的な作品を配置します」
陶器にほどこされた釉薬と灰が反応して、思いがけない色や模様がうかびあがるのだ。
「予測できないんですか?」
詩緒里の質問に西尾がうなづいた。
「登り窯の炎は生きものなんです。長年の経験と技術で、あるていどの完成予想図は頭の中に描かれていますが、最後の最後を炎の偶然性にゆだねることで、想像を超えた奇跡の作品が生まれるのを待つんです」
「……完全にコントロールしきれないところに醍醐味があると云うわけですな」
大膳が腕を組んで鷹揚にうなづいた。
「ええ」
「じゃあ、逆に失敗することってないんですか?」
「私の場合はしょっちゅうです。もっと深い緑がでると思ったらそうでもなかったとか、色ムラが美しくなかったとか。窯だしは楽しさと同時に未熟を痛感させられる時間でもあります」
西尾が千草の問いに照れた顔で苦笑した。
「西尾くん。そこもふさぐからみなさんを下へ」
第1焼成室の搬出入口をレンガと粘土でふさぎおえた一馬の父・彦馬が声をかけた。西尾にうながされ、一行は一馬の両親のわきをすりぬけながら屋根のついた斜面をおりる。
登り窯正面へもどると、焚き口のわきにしつらえられた木製の小さなテーブルセットで萌絵と金龍斎がちびりちびりと日本酒をやっていた。
さすがに神棚へまつられたものではなく、先ほど萌絵が厨房から調達していた純米生原酒の小ビンだ。金龍斎はおちょこ、萌絵は小ビンへじかに口をつける。
「やっほ~」
西尾たちに気づいた萌絵が酒ビンを軽くふると、一行に背をむけていた金龍斎が一馬と雷華をねめつけた。明日香が思わず明宏のうしろへかくれる。
金龍斎が〈念話〉の通じる一馬と雷華に文句を云った。
〈気絶したあわれな老人を放ったらかしにしていくヤツがあるか!〉
〈そんだけピンピンしてりゃ問題ないだろ? ……自業自得って言葉の意味知ってるか?〉
〈ごめんジイちゃん〉
そんなやりとりがおこなわれているとはつゆ知らず、西尾が手話で金龍斎をさとした。
「ダメじゃないですか師匠。大事な火入れの前にお酒なんて」
『安心せい。こんなの呑んだうちに入らんわい』
「体の中をお清めしているとか~」
「……だったら頭の上に盛り塩でもしていればいいんです!」
萌絵の冗談を西尾がきりかえし、はげた頭の上に盛り塩をのせた金龍斎の姿を想像したふたりが思わずふきだした。
『なんぞ笑っとるか?』
「いいえ、なんでもありません」
ややあって第3焼成室の搬出入口をレンガと粘土でふさぎおえた一馬の父・彦馬が金龍斎のところへやってきた。
「先生。そろそろはじめたいと思います」
『うむ』




