序章〈2〉
2
「ね、ね、イーじゃん。カラオケ行こ、カラオケ。もちろんおごってあげっからさー」
「オレらとか、チョーコワくねえし」
「ねー、だまってないで、なんとか云ってよー」
中央公園の南東に位置する小さなバラ園前の広場で、いかにもチャラい3人の若者が長い黒髪の少女をとりかこんでいた。
清楚可憐な美少女であった。
少女は身ぶりで彼らがなにを云っているのか聴こえないと伝えているのだが、3人は演技と疑ってとりあわない。
実のところ、美少女は3人を瞬時に殺せるほどの〈力〉をもっているのだが、彼女は自身のもつ〈力〉を人へ対してふるうことに極度の抵抗がある。
しかし、あまりモタモタしていると、これからはじまる〈戦闘〉に支障をきたしかねない。
軽い電気ショックでもあたえて、3人がひるんだ隙に逃げようかと思案していたら、彼女をとりかこむ3人がうしろをふりかえった。
「アスカさーん!」
少年が大きく手をふりながらかけよってきた。少女は耳が聴こえないため、気づくのがおくれた。
アスカとよばれた少女に安堵の表情がうかぶ。その表情に3人の若者の嫉妬心があおられた。3人が少女を背に少年へ向きなおる。
「なんだテメェ?」
「わりーけど、今このコはオレたちと遊んでっから、消えてくんねえ?」
「人の恋路をジャマすっと、なんとかに蹴られて死ぬとかって云うじゃん?」
知性のとぼしいセリフでスゴんでみせる3人の間に、少年は微塵も臆することなく割って入った。
「すいません、時間がないんで」
「待てコラ……」
少年の肩をつかもうとした男が地面へたたきつけられた。ノーモーションの体さばきに3人とも(倒された当人ですら)なにが起こったのかわからなかった。
少年は涼しい顔で3人と少女の間へ立つと、ポケットから小さく折りたたまれた正方形の和紙と、レジャーシートなどを地面に固定するプラスチック製の黒いくさびをとりだした。
少女のうしろにあった花壇の土に和紙をひろげて中心をくさびで刺す。和紙に書かれていた文字や記号がおぼろげに光った。
少女と少年にカラんでいた3人の若者たちが、ふいに身体の向きをかえると、公園の外へ向かって歩きだした。3人が自分たちの不自然な行動に気づいているそぶりはない。
そればかりではなかった。公園中の人々がぞろぞろと公園から立ち去りはじめた。
「〈忌人符〉が発動したみたいだね」
少年の笑顔に美少女もポンと手を打つ。
『そっか。最初からそうすればよかったんですね』
かわいらしい唇の動きにあわせて両腕がなめらかに舞った。手話である。
少年はまだ手話をキチンと理解することはできないが、雰囲気で大体のところは察した。
「あと3分しかない。急ぐよ」
少年はスマートフォンで時間を確認すると少女へ手をさしだした。
そんな行為に内心狼狽したのは少年自身だった。妙な連中にカラまれて少しばかり心ぼそい想いをしたであろう少女に対する無意識からでた動作である。
少女は少年の狼狽に気づかぬふりをして笑顔でその手をにぎりかえした。
少女は自分の照れた顔を少年に悟られまいと、少年をひっぱるように仲間の待つ広場へ向かってかけだした。