第二章 海と登り窯〈2〉
鬱蒼とおいしげる木々にまぎれて、くすんだ色の石の鳥居の突端がかいま見えた。
道路の傾斜がゆるやかになり、わがもの顔でのさばる草木におおいつくされた石の柵がつづく。
「ここてす」
先頭をあるいていた一馬が一行へむきなおって云った。
大きな石の鳥居から竹垣にかこまれたひろい道が森の奥へつづいていた。日陰でまっくらな道にポツポツと黄色い木もれ日がゆれる。
「なになに? 着いたの?」
「大きな鳥居の下です。正門前ってとこですね。長くてくらい参道がつづいています」
千草の問いに詩緒里がこたえた。
「たは~、まだあるくの?」
「もう着いたも同然だよ。行こう」
明宏の声にうながされて一行が鳥居をくぐった。
「うわー、すずしい! すごいわねえ、神社の結界パワーかしら?」
「うむ。たしかにこれは生きかえる。……でも、元神社だから結界パワーとかはないんじゃないか?」
「あったかいパンケーキの上に冷たいアイスみたいな感じなのです」
穴森夫婦の会話に美千代がおかしな比喩をかさねた。
うだるような暑さだが、植物や土の放散する微弱な水分が日陰をすずしくしていた。霊気のような冷気である。
『これだけ暑いとジジイも干からびてるんじゃないか?』
雷華の失礼な手話に明日香と明宏が苦笑した。夏休み前にくらべると、明宏の手話も上達し、かなりの会話を読みとれるようになっていた。
『このていどの暑さで干からびていたら、登り窯で窯焚きなんてできませんよ』
ふりかえって手話で語る一馬のうしろから黒塗りの高級外車があらわれた。明宏が手話で明日香が〈念話〉で一馬に道をあけるよううながす。
全員、道の両端へ身をよせると、黒塗りの高級外車がゴツゴツとゆれながらゆっくりと参道を走り去った。
「やっぱ平成の魯山人とかよばれる人のトコにはお金もちがくるのかな?」
ひなびたところに似つかわしくない高級外車を目にした詩緒里が感心した。しかし、黒い車を無言で見おくった雷華の瞳に疑念の色がうかんでいた。
(助手席の男、たしか陰陽局特別監察官の朱都理酒真里。どうしてこんなところへ?)
陰陽局とは退儺師たちが所属する陰陽省特務部追儺局とは別部署にあたる。その名の通り、鬼道ではなく陰陽道の担い手と云うことである。すなわち陰陽師だ。
道がくらい上にスモークガラスのほどこされた車だったので車内のようすはよくわからなかったが、後部座席にも人影があった。朱都理酒真里が金龍斎に要人をひきあわせたと云うところだろう。
(……ま、いっか。私にゃ関係ないし)
頭脳労働ではなく肉体労働(戦闘)専門の雷華があっさりとかんがえるのをやめた。
日陰の長い参道をぬけ、まばゆい陽光ふりそそぐ元境内のひろい敷地へ足を踏み入れた一馬と明宏へ真横から白いかたまりが投げつけられた。
「痛っ! うわっ、なにこれしょっぱっ! 塩!?」
明宏と一馬が左をむくと、小脇に塩の入った壺をかかえた、作務衣にゲタばきの小さな老人が立っていた。
頭頂部のはげあがった短い白髪に白く長いあごひげ。退儺六部衆のひとり〈創譜師〉金壺金龍斎である。
〈おお、一馬。今、着いたか〉
老人の〈念話〉に一馬が手話でたずねた。
『……なにしてんの、ジイちゃん?』
『すまんすまん。ちょっとヤな客がきてのう。厄落としに塩をまいたとこじゃ』
「ちょっと師匠! それってゲランの塩じゃないですか!? そんな高価なもの、ムダにまかないでください!」
若い女性が耳の聴こえない金龍斎の背に文句を云いながらかけよった。
上半身をはだけて長そでを腰にまいたモスグリーンのツナギにオレンジ色のTシャツ。ショートカットに頭巾がわりの手ぬぐいを巻き、うすよごれた軍手。
全身汗まみれの上にほこりでよごれていて、胸部のゆたかなふくらみがなければ、やせぎすの少年とかんちがいされかねないほど色気のない姿である。
「あ、一馬さんいらっしゃい」
金龍斎に投げつけられた塩をはらいおとす一馬と明宏に気づいた女性がなめらかな手話にあわせてほほ笑んだ。




