第一章 鬼眼(おにつら)一刀流〈9〉
「で、では、そちらのお二方は?」
いまだ額を押さえてうづくまる佐倉の言葉に千草が小首をかしげた。
目の見えない相手に指示代名詞で語るのは不親切だが、頭の回転がはやい千草はすぐに佐倉の云わんとすることを呑みこんでいた。
「そちらのお二方? ……ああ、一馬さんと美千代ちゃんもたまたまよ。私たちんち、障碍者支援会の支部もかねてるから、いろんな人がくんの。そんだけ」
方相寺が障碍者支援会の支部もかねているのは事実だ。
大きな講堂を有する方相寺では、さまざまなセミナーやサークル活動もおこなわれていて、地域と障碍者の公民館的役割を担っている。
ウラでは土鬼蜘蛛退治に命をかける退儺師稼業がおこなわれているわけだが、方相寺へ足を運ぶ聾唖者や視覚障碍者のほとんどが退儺師の存在を知ることはない。
「葬式仏教にとどまらず、地域や人の橋渡しになっているとはすばらしい」
「もともとは寺社が地域の人々の社交場となって文化を育んできたんだもの。むしろ本来あるべき姿よねえ?」
穴森夫妻が至極まっとうに感心した。そんな彼らの言葉をうけて退儺師たちが嬉しそうにほほ笑む。
「あ、そうだ、ダイちゃん」
ふいに伊織が大膳へ話をふった。
「毎年お世話になっている『笹蒲原旅館』さんなんだけど、こないだの豪雨で床上浸水しちゃって、今年の夏は営業できないんですって」
「床上浸水?」
「かなり基礎がもろくなってたみたい。急遽、耐震補強工事をすることにしたんですって」
「あー、あれはたしかに大地震がきたらぺちゃんこだわ。津波でもヤバくない?」
「……たしかに」
詩緒里のぶしつけな言葉に明宏も苦笑しながらうなづいた。
「え? なになに? なんの話?」
明宏と詩緒里の会話に千草が首をつっこんだ。
「毎年、夏は坐浜市にある道場へ出稽古に行くんだけど、今年は定宿が使えないって話」
坐浜市は甘粕市から40kmほどはなれたところにあり、穴場の海水浴場として知られている。
出稽古、夏合宿などと称してはいるが、とどのつまりは、海水浴をかねた家族旅行でもある。明宏の家族も同道していたが、彼の両親はもういない。土鬼蜘蛛による5月の航空機事故で還らぬ人となった。
そんなことを思いだしてふと寂しさに包まれた明宏の気配に気づかないまま、千草が明るい口調で云った。
「夏休みの旅行の話かあ。たは~、いいな~」
「どうして?」
「夏のお寺は忙しいのよ。お盆とかもあるし」
その上、退儺師の合宿なんてものもある。方相寺を合宿所としてさまざまなところから退儺師や訓練生たちがやってきて連日おおわらわなのだ。
退儺師同士が〈念話〉するには、一度、お互いの額などに手を触れて波長を通わせあう必要がある。
技闘退儺師同士なら手話でこと足りるし、感知退儺師同士なら口話でコミュニケーションに不具合はないが〈念話〉の通じる方がいろいろと連携がとりやすい。
そのため、はじめて会う退儺師同士は名刺交換ならぬ〈念話〉交感をおこなう。合宿などの大人数になると、この〈念話〉交感だけで最初の数時間を要することになる。千草にはこれがすこぶるうっとうしい。
千草の〈念話〉とげんなりした表情で意を察した明日香も苦笑する。
「……坐浜市ならタタて泊まれるところありますよ」
彼らの唇の動きを読んだふりをした(千草や美千代の〈念話〉で会話はすべて中継されている)一馬が云った。
「なぬっ!? タダでっ!?」
「ちょっと、ちょっと、ダイちゃん……」
大人げなくその話に食いついた大膳に伊織が笑いながらあきれた。
一馬が手話で説明をはじめた。
(坐浜市の蕨生山にジイちゃんのアトリエがあるんです。以前は神社だったんで、そこなら10人以上ラクに泊まれます)
「アトリエって、おじいさまは芸術家でいらっしゃるの?」
伊織の問いを詩緒里が手話通訳し、一馬がそれにこたえた。
(書を書いたり焼き物作ったりしてます。ちょいちょい登り窯の窯焚きの手伝いに狩りだされるんで、薪集めとか薪割りとか手つだってもらえれば、よろこんで泊まらせてもらえると思います)
「カズマっちのオジイちゃんは金壺金龍斎って云うのです」
「……金壺金龍斎!? 平成の魯山人と云われる、あの金龍斎先生のお孫さん!?」
美千代の補足に退儺師ではない穴森夫妻がおどろきの声をあげ、その声に明宏がおどろいた。
芸術の知識なぞまるでない明宏にとって、金壺金龍斎と云う名前はついさっき聞かされたばかりの退儺六部衆のひとりだ。
結界符や忌人譜を作りあげた伝説の〈創譜師〉である。表の顔がそんな有名だとは知らなかった。
「千草さん知ってたの?」
小声でたずねる明宏に千草があきれた。
「たは~、だから、明宏クンさっきノーリアクションだったんだ?「あの金壺金龍斎が実は退儺師!?」くらいおどろくかと思ったのに、スルーしたからおかしいと思ったんだよね」
「だって書とか陶芸なんてぜんぜん詳しくないし。……じゃあ、一馬さんのおじいさんってこともみんな知ってたの?」
「当然。……て云うか、私たちも明宏クンがうちへくる前に聞いたんだけど」
云われてみれば、忌人譜がほめられるたびに一馬が得意そうな表情をしていたことを思いだす。
「じゃあどうして名字がちうの?」
「母方の祖父なのよ」
「……なるほど」
当然の答えに明宏が自分の迂闊さを恥じた。まるでものを知らないアホみたいだ。
しかし、実のところ、千草も金壺金龍斎が有名人であることは彼女の両親から小耳にはさんでいたが、どうすごいのかはよく知らない。
目の見えない千草に書や陶芸の知識も興味もない。器よりも器に盛られた料理の味にしか興味がない。
『坐浜市へはいつ行かれる予定ですか?』
一馬の手話に大膳が答えた。
『8月1日から1週間だが』
『それじゃジイちゃんに都合をきいてみます。近いうちに窯焚きするみたいな話してたんで、スケジュールをあわせてもらえるかも』
『……あの、それよかったら私たちも参加させていただけませんか?』
おそらくは千草が云いだしたであろうことを、めずらしく内気な明日香がきりだした。私たちと云うのは千草こみである。こっそり明宏との海水浴もこみである。
『私、一度、金龍斎先生にお会いしてみたかったんです。登り窯の窯焚きも拝見してみたいです』
明日香が金壺金龍斎に会いたいと云うのは、書家・陶芸家としての表の顔ではなく〈退儺六部衆〉の〈創譜師〉としてであろうが、明日香の手話を読んだ詩緒里の声がはずむ。
「アスカさんたちも一緒!? それってチョー楽しそう!」
「あら~、今年はにぎやかになりそうねえ」
伊織もポンと手をたたくと無邪気に喜んだ。
「ハイハーイ! だったらミチヨもカズマっちについていくです!」
『……もうろくしたジイさんの顔を拝むのは本意ではないが、鬼眼一刀流を集中して学べると云うのであれば、私もつきあおう』
まさかの桐壺雷華まで合宿参加を表明した。
「インターハイは8月14日! 日程的に問題はありません! ぜひ、この佐倉心太も出稽古に参加させてくださいっ!」
『オイオイ、ちょっと待ってくれ。おれはかまわないが相手の都合もあるだろう?』
さすがの大膳も10人と云う大人数で高名な芸術家のアトリエへ押しかけるのもどうかと躊躇したが、盛りあがる一同のかげでスマートフォンをいじっていた一馬が両手で頭の上で大きな輪を作った。
『今、ジイちゃんにメールしてきいてみたら、まったく問題ないそうです』
一馬がスマートフォンに表示された金龍斎からの返信メールをみんなへ提示すると、目の見えない千草や美千代のために音声朗読機能をオンにした。
「何人きてもかまわんよ。1週間でも1ヶ月でも好きなだけ泊まっていくとよい。窯焚きはその時にしよう。金龍斎」
……そんなこんなでいきなり夏休み旅行の予定が決まった。




