9歳年下の彼女に告白されまして
「俺は彼女が欲しい!」
「へぇ~、じゃあ頑張れ!」
友人のタイシの言葉に何の興味も沸かなかったのでその場を去ろうとする。
「おいおいおい、タツヤさん。そんな冷たくすることないんじゃないかな的な?」
しかし回り込まれた。
「うるさいなタイシ。欲しけりゃ勝手に探せよ」
「お、お前は焦らないのか……」
「何でだ?」
「俺達はもう21歳になった。もうすぐ就職活動で忙しくなってそのまま就職だ。就職したら、簡単には恋愛できないんだぞ」
「まぁ、一般的にはそうだな」
俺達は大学3年生。たしかにそういう時期ではある。そろそろ遊んでいていい時間は終わりを告げる。
「俺はなんとしてでも学生のうちに彼女を作りたい。お前もそうだろう」
「思わないわけじゃないが……」
確かに大学生ともなれば、付き合っている相手がいるのは普通だし、彼女がいるどころか進んでいれば結婚の約束をしていることもあるくらい。それをうらやましくないと言えば嘘になる。
「だがな、俺達は共に彼女居ない暦=年齢の2人なんだ。おのおのが急に動いても簡単にはいかないと思うんだよ」
「つまり?」
「お前の妹を紹介してくれ!」
「死ね!」
俺はタイシを殴った。
俺には5つ下と、7つ下の妹、つまり16歳と14歳の妹がいる。
「まだあいつらは誰にもやらん。たとえ親友のお前でもな」
「まったく、相変わらず兄さんというよりは、父さんだな」
「お前も知ってるだろう。俺の家には父さんがいないんだから」
俺の父は、母が3人目を生んですぐ亡くなった。そこから、母が仕事に出ていたため、妹2人の面倒は俺が見ていた。最近でこそ2人が自立してきたから、大分楽になったが。
「4人いて、1人だけ俺が男だったから、あいつらの親代わりに何かすることも多かったし、家事も全部覚えるしかなかった。母さんが倒れたら大変だしな」
「お前は、成績も優秀でその主夫スキルもあるくせに、何でモテないのか不思議なくらいだぞ」
「あまり同世代の女子は、魅力に感じないんだよな。家に限らず、ずっと引っ張ってきた感じだったから、甘やかしてくれる年上のお姉さんがいいと思ってる。ああ、誰かいねぇかな」
「……、そんなこと言ってるからだな。どう考えてもお前のニーズは年下の女子だろ。町田さんの面倒まで引き受けてんだから。というかあいつでいいじゃん」
「イチノか……。あいつはほっといたらやばいからな」
イチノとは、町田イチノという俺とタイシの1つ下の後輩のことである。タイシの高校時代の後輩ということで知り合ったのだが、マイペースで、ほっとくことが許されないレベルのため、目が離せないのである。
「……、タイシはあいつは駄目なのか? 見た目はいいだろ」
「あいつは駄目だ。あれを彼女にできるのは相当なおせっかいだ」
「あれを彼女にしたら、一生俺は誰にも甘えられない気がする……」
本人がいないからと言って言いたい放題である。まぁ、1年違えば大学では意図的に会わない限りは会うことは少ない。ただ、面白いやつではあるから友人としては付き合っている。
「まぁ冗談は抜きにして、もう半年もすれば俺達はそんなこと考えられなくなる。それで、将来的に妥協や後悔がないように動くのもいいんじゃないかって話だ」
「俺は面倒だからいいや。社会に出てからの方が、大人の女性との付き合いも有りそうだし」
「そっか。まぁお前はそれでいいのかもな。最悪1人で生きれそうだしな」
「とは言え、タイシの言いたいことも分かるな」
俺は大学から帰路について1人でつぶやく。
電車を降りてから家まで10分。駅から大学はほとんど目と鼻の先なので、この10分だけがのんびり歩く時間だ。
彼女……。もちろん欲しくないわけではない。だが、妹2人が俺を慕ってくれていて、女子とのふれあいがないというわけでもないから、どうも積極的になれない。シスコンじゃないよ。
簡単な話、誰か俺に告白してくれればいいんだけどな。それが1番楽なんだが。
まぁ、そんなにうまく行くわけがないか。
「ん?」
そんなことを考えていると、わずかに何かに引っ張られる感触があった。
ちょうど公園の横を歩いていたので、木の枝でも引っ掛けたかと思い、その部分に触れる。
むにゅっ。「ひっ」
だが、それは木の枝ではなく、柔らかい感触と小さな悲鳴が返ってきた。
「何だ?」
驚いて振り向くと、そこに居たのは小さな女の子だった。
短めの髪と瑞々しい肌と、大きな瞳が目立つ非常に可愛らしい子であった。どうやら俺の服を引っ張ったのはこの子で、触ったのは手のようだ。
「どうしたんだ? 俺に何か用かな?」
しゃがみ込んで目線を合わせる。本当に小さいな。小学校3年生くらいじゃないのか?
「…………です」
「ん? なんだって?」
声も体の小ささ同様本当に小さい。か細すぎてまったく聞こえなかった。
とは言ってもそれを指摘したら泣いてしまうかもしれないし、なんか妙に緊張しているから気をつかってやらなくちゃ。
「落ち着いて。もう1回言ってもらっていいかな?」
俺は耳を女の子に近づけてそっとそう言った。
「…………好き……です」
「…………、おお?」
俺の耳に届いたのは4文字。聞き違いではない。俺は相当彼女の声に耳を傾けて聞いていたのだから、何か違うことを言っていないのも分かる。
う~ん。これは、告白だよな。小さいとは言え、女の子が顔を赤らめて好きですと言うならそうなんだろう。
お、意外と嬉しいもんだな。よく考えたら妹以外にこんなこと言われたことないしな。
だが、これはどうすればいいのか。いや、落ち着け、断るにしてもちゃんと理由とか聞かないと。事情が分からん。意外と俺は混乱している。
「えーと、これは告白かな?」
顔を真っ赤にして涙目の彼女にこういうことを聞くのは酷かもしれないが、さすがにいきなりOKするのはかえって失礼でしかない。
コクコクッ!
声には出してくれなかったが、強く頭を縦に振るしぐさは間違いなく肯定であることは分かる。
「えーと、俺、君のことよく知らないんだ。まずは自己紹介しよっか。俺は佐藤タツヤ21歳。君は?」
「…………、田中ユキ…………12歳……」
なかなか緊張が解けないのか声は小さいが、今度はきちんと聞こえるように言ってくれた。
「ユキちゃんか。えーと、告白は嬉しいんだけど、俺のどこが好きになったのかな?」
12歳か。9歳くらいの見た目だと思ってたが、6年生なら普通に恋をしてもいい年だ。なおさら適当には断れん。
「…………公園で…………、困ってた私を助けてくれて……、それからずっと見ていました。それに妹さんにも優しいみたいで……、いいなって思いました」
やべぇ。覚えがない。
確かに少し前まで妹に付き添って公園に来てて、その時に違う子供と接したこともあったが、さすがに1人1人覚えてはいない。
というか、それだけで……。いや、恋をする理由なんて人それぞれか。恋愛経験はないが、それくらいはわかる。理由を尋ねた上で、さらにその理由の理由まで聞くなんてそんな失礼許されるものか。
論点はそこではない。この告白をどうするかだ。
確かに告白して欲しいと願ったが、俺の理想とは180度異なる。
だが、見た目は悪いとは思わないし、とてもまっすぐに告白をしてくる態度を見る限り誠実さも感じられる。
「いいよ、告白してくれてありがとな。付き合おうか」
俺はずっとうつむいていたユキちゃんの頭を撫でてそういった。
告白に答えた1番の理由は、9歳も年上の俺に告白してきた勇気に答えてやりたくなった。
これは簡単なことじゃないと思う。俺で言えば、30歳のほぼ初対面に告白するみたいなもんだし、学校では、1個学年が違うだけでも別世界に感じるものだ。
タイシにはああ言ったが21年まともに動かなかった俺が、急に恋人を求めて動くとも考えられない。社会に出れば、仕事を覚えるのに忙しくなって恋愛にかける時間など簡単には取れないだろう。
それに、年上とか年下とか相性がいいとか悪いとか、まだ付き合ったこともない俺が考えても分かることじゃない。
だったら、断る理由なんかないじゃないか。
ちなみに、その後ユキちゃんは緊張により気絶したため、家の前まで送ってあげました。
「おいタイシ。なんか俺彼女できたぞ」
次の日、昼食の際にタイシに報告してやった。一応昨日そう言う話をしたばかりだし。
「…………、な、何をしたんだ…………」
タイシは鳩が豆鉄砲を食らった顔をしていた。
「何もしてないんだが……、帰り道で告白された……」
「どこのギャルゲーだよ。知らないうちに告白されるとか」
「ギャルゲー言うな」
自分でもかなり驚いてはいる。
「せんぱ~い。ご一緒していいですか~」
タイシが放心状態になっているところに、1人女性が同席してきた。
女子としてはなかなかの高身長に加え、抜群のスタイル。その彼女が町田イチノである。
妙に隙だらけの彼女のことを、俺とタイシで面倒を見ていたら、完全に懐かれてよく絡まれるのである。
「町田。今日は金はあるのか?」
「大丈夫ですよ~。パン1個は食べました」
グ~。
俺とタイシが黙っているときにちょうどおなかがなり、音が響く。
それに対して照れる様子もなく笑顔で俺を町田は見てくる。
「…………。俺の飯ちょっとやるから食え」
「俺のもやる。食っとけ」
「ありがとうございます~」
その態度をどうしても俺もタイシも無視できず、本人もまったく気を使ってこないため、妙な関係が成立していたりする。良くないことはわかっているんだがな。
「タツヤ先輩元気ないですね~。何かあったんですか~?」
その割には鈍感ではない。逆にタチが悪い。
「ああ、イチノ。こいつ彼女作りやがった。きっとこれで、俺もイチノも見捨てられるぞ」
「ええ~。ひどいですね~。私の面倒をここまで見ておいて見捨てるんですか~」
「お前ら人聞きが悪すぎるだろう。タイシ、お前がそもそもたきつけたことだし、町田は俺たちと付き合ってないで、ちゃんと面倒を見てくれる彼氏を見つけろ」
「正論を言うんじゃない!」
「正論だからいいだろう」
「それより~、先輩の彼女ってどんな子なんですか~?」
「おお、そうだ。どこのお姉さんを見つけてきたんだ! 紹介しろ」
「まぁいいが、あまり騒ぐなよ。おっとりした子だから」
なんとなく流れでユキちゃんを紹介することになった。まぁ隠すことでもないし。やましいと思うのはユキちゃんに悪いからな。周りから認められることで、ユキちゃんも自信がつくかもしれないし。
「と、いうわけで、俺の彼女の田中ユキちゃんだ」
公園にユキちゃんを呼んだ。家の前で別れるときに、気絶から覚めた携帯の番号を教えてあったので、連絡は簡単にできた。最近は小学生でも携帯電話を持っていることが多いから、連絡しやすくていいな。
「…………、おいお前……。小学生に手を出すとかどういうことだ……。お前の好みの伏線はどこにいったんだよ」
伏線言うな。
「いいじゃん。頑張って告白してくれたし、可愛いだろ」
「アリですよ~。本当に可愛いじゃないですか~。ユキちゃん? 私タツヤ先輩の友人のイチノって言うの。よろしくね~」
タイシが文句を言っている間に、町田はユキちゃんに声をかけていた。おっとりしてる割には、こういうところは町田はしっかりしている。
「おいイチノ! お前はいいのか?」
「いいんじゃないですか~。しかもこの子から告白したんだから、否定したら可愛そうですよ~」
「そ、それもそうか。タツヤ、悪かった。ユキちゃん。俺もタツヤの友人で石田タイシだ。よろしくな」
2人がユキちゃんに声をかけ、ユキちゃんも笑顔で返す。うん、この2人だから、ユキちゃんを紹介しても大丈夫だと思った。なんだかんだで理解してくれると信じてたからな。
「でもタツヤ先輩もいけずですね~。あれだけ年上好きだって言ってたのに、9歳も下の子から告白されて受けるなんて~。実は影で私のことを好いてたとかありませんか~?」
町田が俺の右腕に両腕を絡めてからかってくる。彼女のスタイルのいい体が密着して、いい香りもする。
勘違いさせそうなこの態度は慣れていないと、イチコロにされかねない感触である。
「お前はない。町田と付き合ったら俺が疲れる。離れろ」
それでもやはり町田はない。俺が欲しいのは見た目の母性とがではない。どきどきしないわけではないが。
ん? だったら何でユキちゃんはOKしたんだろう。町田ほどお互いを知り合ってないからかな。だとしたら、町田に会ってすぐ告白されてたら、受けてたかもしれないのか。単純に俺が受身なのかな。
くいくいっ。
俺が町田を振り払うと、反対の腕が引っ張られた。
その腕をつかんでいるのはユキちゃんである。もちろん力はないから俺は微動だにしないが。
「どうした?」
俺がユキちゃんに聞くと、悲しそうな表情で顔を横に振る。
ああ。やきもち焼いてくれてるのかな? 妹もたまにこういうことがあった。
これは悪いことをした。一応付き合っている関係なのに、目の前で他の女の子と触れ合うのは失礼だった。
「ごめんな。気をつけるから?」
特に返事はなかったが、笑顔で返してくれた。どうやら正解だったようだ。その嬉しそうな顔に俺もきっと顔がほころんでいたと思う。
「…………、なんかいい雰囲気だな。9歳差があるのに、あまり怪しさがない」
「タツヤ先輩はさわやかですし、やましさを感じませんからね~。ユキちゃんも幸せそうですし、いいんじゃないですか~」
2人もユキちゃんを認めてくれたみたいだし、ユキちゃんも嬉しそうだし、俺も楽しいしいいんじゃないかと思った。
「ユキちゃん。お待たせ」
また次の日、俺はユキちゃんに会いに行った。大学の授業が少なかったので、平日だが会えそうだったからである。
「今日は可愛い格好だね」
昨日までのユキちゃんはシャツに半ズボンで男の子が着ていてもおかしくない格好をしていた。
だが、今日は上はシャツだが、花柄で女の子らしく、下はミニスカート。とても健康的な可愛らしさを感じさせるスタイルであった。
ニコッ。
俺の言葉が嬉しかったみたいで、笑顔になってくれる。う~ん可愛い。
「う~ん。けっこう暑くなってきたな」
まだ夏真っ盛りとは言えないが、最近は春でもなかなか暑い。地球温暖化おそるべし。
「……暑いですね………」
3日目にしてようやくある程度の声量で、短めの会話くらいならしてくれるようになった。まだ緊張感は伝わるが。
ただでさえ暑いのに、こんなに顔を真っ赤にしてたら熱中症になってしまう。
「ちょっと飲み物買ってくるな。頭にタオルかぶっときなよ。俺ので悪いが」
公園には自販機がある。飲み物でも買ってあげよう。
ユキちゃんを座らせたまま、自販機に走った。
「オレンジとりんごどっちがいいかな? 炭酸は冷えるからやめといたぞ」
2つを差し出すと、りんごの方を指差してくる。
「はい」
それを受け取ると、財布を出そうとする。
「お金はいいって130円だし」
「……でも……」
「俺たち付き合ってるんだし、おごったりするのは当然じゃん。気にしなくていいよ」
コクッ。
納得したのか、顔を縦に振った。おごられて当然みたいに思ってない時点で好印象だ。
2人で言葉をかわすこともなく、ゆったりとした時間が過ぎていく。
なんかいいな。こういうの。
最近は妹2人が家事を分担してくれるようになって、自由な時間ができるようになっていたが、時間を無駄にするのがどうしても嫌で、なんだかんだで何かしてしまうことが多かった。
それに妹2人はどちらかというと活発なので、ユキちゃんみたいにおっとりした子と過ごすのは、妹と過ごすのはまた違うものだ。
だから、こうして何もしない時間を過ごせるのはおだやかですごく気持ちがよかった。
何も話してないのに気まずくない。なんか平和だな。
なんか眠くなってきたな…………。
…………、ああ、やわらかい……。父さんがいなくなるまでは、俺はとても母さんに甘えていた。
母さんの膝枕。気持ちよかったな。でも、父さんがいなくなって、母さんが忙しくなって、俺がしっかりしなくちゃいけなくなって……。それから14年くらい……ずっと頑張ってきたな……。
「…………ううん…………」
ああ、寝てたのか。俺何してたっけ? 確か公園のベンチに座ってて……。そのままうとうとしてたから、寝ちゃったのか。ん? だが、この頭の柔らかさは何だろう?
「…………」
俺の視界に飛び込んできたのは、笑顔のユキちゃんであった。ユキちゃんは俺の頭をずっと撫でてくれている。ああ、この暖かい感触は膝枕をしてくれていたのか。
……あれ? なんか、落ち着かない……?
ユキちゃんの笑顔が、何度も見た顔なのに、どこか大人っぽさがある?
なんだこれ。告白されたときは確かに嬉しかったけど、こんな感じじゃなかった。
心臓が早鐘を打つ。顔も分からないけど熱くなる。
「ご、ごめん! 俺から誘ったのに寝ちゃって!」
その空気が耐えられず、勢いよく起き上がる。
「…………ううん…………。気持ちよさそうだった。私も……嬉しい」
「う……」
なんなんだこれ。ユキちゃんが直視できない。
ああ、これは分かった。俺は今ユキちゃんを子供でも妹でもなくて、女の子と自覚したのか。
ちゃんと付き合ってるつもりだったけど、まだまだだった。ただの子供の遊び程度にしか考えていなかった。
明日からもっとしっかりしなくちゃな。
「ユキちゃん。こんにちは」
次にユキちゃんを呼んだのは休日であった。休日の午前11時。いつも夕方に公園で会ってるだけ。まずこの時点で明らかに子ども扱いをしていた。
「…………こんにちは」
う~ん、ぎこちない挨拶なのに、ぎこちなく感じない。俺が思ってる以上に俺とユキちゃんは相性悪くないんじゃないかな。
「今日は町を歩いてみようか?」
「…………うん」
俺とユキちゃんは2人で歩き出した。
あ、まずい。
2人で歩いていたときにふと気づいたことがあった。
こういう場合年上の俺がリードしなければならないのだろうが、俺も彼女はずっといなかった。
家事はできても女性の好みは分からなかったので妹たちと出かけることはなく、そう言うことは母に任せていた。
だから、俺も事実上女性と2人で出かけるなど始めてであり、どうすればいいか分からなかった。
俺が目的もなくさまよっていると、その後ろを何も言わずにとことこユキちゃんは付いてくる。
なんだこれ。というか、俺アドリブ力0だった。何かするんだったら、ちゃんと準備しなくちゃいけなかった。わぁ情けない。
「はぁ……はぁ……」
俺が悩みながら歩いていると、後ろからユキちゃんの疲れた声が聞こえてきた。
あ……。そういえばユキちゃんと歩くのは初めてで……。歩幅全然気にしてなかった。
「ごめん……。戻るか……」
人も多いところでたくさん歩かせてしまった。いつもの公園までもどろうと、ユキちゃんの手を取って歩く。
ポツポツ……。
「あ、まずい。雨か……」
天気も確認してなかった。準備不足がすぎる。
「ユキちゃん、ごめん」
俺はユキちゃんを抱えて走った。公園までは距離があるが、1つ雨宿りできる場所に心当たりがあった。
公園と町の中間を流れる川。そこにかかる橋の下は雨宿りに適していた。
幅の狭い橋なので、あまり人が来ることがなく、昔から荒らされていないいい場所である。
橋の下に入ったのとほぼ同時に、雨が本降りになった。危機一髪だ。
「……んぅ」
下にタオルを置いて、ユキちゃんを座らせる。顔を見ただけで疲れているのが分かった。
「ごめんね。俺9歳も年上なのにしっかりしてなくてさ。幻滅したんじゃないか?」
この子が俺を好きになったのは、きっと頼れるお兄さんだと思ったからだ。こんな醜態をさらしてしまって、どの面下げればいいのか。
ユキちゃんを見れず、本気で落ち込んだ。目の前の川に飛び込みたい気分だ。
くいくい。
俺が川を眺めていると、後ろから引っ張られる。ユキちゃんは俺を呼ぶときはいつもこうだな。
「どうしたんだ?」
ユキちゃんに振り向くと、ユキちゃんがかばんから何かを取り出していた。
「これは?」
「……お弁当…………、作ってきた……」
「あ……ああ」
俺は何も言えず、無言でそれを受け取るだけだった。
「うん、美味しい」
「…………、元気出た?」
大きいお弁当ではなかったが、とてもしっかりしたもので、驚いた。
それ以上に、11時に集合しておきながら、昼食のことも考えていないし、落ち込んだ姿を励まされるとは、つくづく情けないな。
「ありがとう。元気出たよ」
俺の言葉にユキちゃんは笑顔になる。
「料理得意なのか?」
「…………うん。私……も、たまに家事する……」
「そうか、えらいな」
ユキちゃんは俺が思っているよりも、ずっとしっかりしていた。それだけに、俺がしっかりできていないことが情けなかった。
「ユキちゃん。俺はユキちゃんが思ってるほどは、ちゃんとできてない。21歳なのに恋人の1人もいたことがないし、大人らしいこと何もできない。だから、9歳も下のユキちゃんに告白されたときには、遊び感覚だったんだと思う。このままじゃ、ユキちゃんにも悪いよ。ユキちゃん6年生とは思えないほどきちんとしてるし、俺よりもいい相手いると思うよ……」
俺は思ってたことを全部吐き出した。なんとぶざまだ。こんなんでよく年上の女性を落とそうとか考えていたのか。
ナデナデ……。
俺がうつむいていると、ユキちゃんが頭を撫でてくれた。
「え……」
その行為の意味を俺は理解できず困惑した。
「ありがとう。ずっと不安だったの……。9歳も年下の私に告白されたら迷惑かもって……。ずっと見てたから知ってたよ……。頼れるお姉さんに憧れてるって…………。だから、家事もお母さんに頼んで、教えてもらったの…………・。膝枕も恥ずかしかったけど、お姉さんぽいことだと思ったから我慢したの……。しっかりしてないからなんて言わないで…………。私が好きになったのは優しい……タツヤさん……なの。だから、私を思って、気にしてくれて、大人ぶらないで、等身大で接してくれてる……、理想通りだから……。できないことは、これからがんばろ……。私もイチノさんに負けないくらいの大人になれるように頑張るから……」
ユキちゃんがとんでもない長いせりふをいって……。俺の名前を呼んでくれて……。
ああ、そうか。できないなんて当たり前か……。付き合うっていうのは対等なのに、なんで勝手に俺は自分が上みたいに思ってたんだろう。
そうだ、最初ユキちゃんの告白に答えたのは、彼女の誠実な告白に惹かれたからだ。忘れていた。
ギュっ。
俺はユキちゃんを抱きしめた。
「!!??」
自分がたくさん話したことで、まだユキちゃんが困惑していたので、俺に抱きしめられてさらに混乱していた。だが、そんなことは構わなかった。まだ、俺は1つ大事なことを言っていなかった。
「ありがとうユキちゃん。一緒に頑張っていこう。俺ももっとユキちゃんに頼ってみるから。あと、ユキちゃんは俺に言ってくれたのに、俺は言ってなかったな。ユキちゃん、好きだよ。俺でよければ一緒にいさせてくれ」
俺は1度もユキちゃんに好きと言っていなかった。まったく、つくづく恋愛初心者だな。小学生と変わらない。
俺の告白を聞いたユキちゃんは、今までで1番顔を赤くし、今までで1番の笑顔であった。
続くかも……。