第2羽-1 なんかじゃないですっ!!
すっかりステージ酔いも起こさなくなり、五分ほどの休憩を挟みながらでもライブバトルを繰り返せるようになったのは、三日目のことだ。
その日、最後の試合を終えてなお、紗弓はレッスンホールに残っている。
自主練習というやつだ。笹野も快く了承してくれた。
次の利用者がいるから、それまでの一時間だけ。
紗弓はまず、今日気付いたことをスマッチ内のメモ帳に記録する。既に、白翼の射程、特性、早撃ちについて記してある。
紗弓が指揮者のごとく指を振り、空中に現れた入力用ディスプレイにタッチして、新たな情報を記していく。
そのついでに体力の回復も図る。
『一度に撃てる羽根の枚数……十三枚』
にぬ奈の羽根は床に落ちたあと、偶像領域がなくなるまで残り続けるから、数えやすかった。実はもっとたくさん撃てるのかもしれないから、そのことも補足しておく。
『羽根の放射範囲……肩幅くらい? もうちょっと大きいかも』
何度も真正面から受け止めて測った。
『予備動作……ある。翼をバサッてやる。あと腕をあげる』
しなくても撃てるかもしれない。
『羽根の飛ぶ速さ……めちゃ速い。一瞬!』
「あとは……」
紗弓はスマッチのディスプレイを消し、人差し指を顎に触れる。
「……連射の間隔は知りたいかも。もしも結構時間掛かるんだとしたら、でっかい隙だし」
そのためにはまず、にぬ奈の攻撃を躱さなくてはならない。
それができそうなタイミングは、
「……最初の、早撃ちかなぁ?」
と紗弓は考える。
ライブバトル開始の瞬間が、最もタイミングを図りやすいような気がする。
「羽根はだいたい肩幅くらいに広がるから、一気に横っ飛びする感じで……」
紗弓はぶつぶつ言いながら、ぴょんっと実際に跳んでみる。
少し、小さかっただろうか。今度はもう少し大きく跳ぶ。
にぬ奈の攻撃を頭に思い描きながら、次は逆に跳ぶ。繰り返す。
ふと紗弓は気付く。
「反復横跳びだこれ!」
更に電流が走る。
「こうやって左右に跳びながら近づいたら、にぬ奈ちゃんに攻撃できるかも!」
実際にやってみると、ちょっぴり滑稽な動き。
アイドルの身体能力だったなら、もう少し様になったかもしれない。
だけど、これはこれでアイドルらしいとも思えた。華麗なばかりがアイドルではない。泥臭い闘い方をするアイドルもいる。
どちらにも愛しさを覚える紗弓だった。
「よしっ! やるぞーっ!」
明日、勝つために。
一発、有効打を入れて、異能者になる。それが今の勝ちだ。
紗弓は頬を両手でぱちんと叩き、練習を再開した。
タタン、タタンと軽快に床の鳴るレッスンルームに、女性が入ってくる。
十代後半から二十代前半。スタイル良し。
後頭部で馬のしっぽを揺らしながら、足音も立てずに紗弓へ近づく。
そして「なんで反復横跳び?」と声を掛けた。
紗弓の口から「ひゃい!?」と素っ頓狂な声が飛び出し、二つのしっぽが揺れた。
振り返り、その声の主を見て紗弓は目を丸くする。
よく知る──と言ってもメディアを通じてだが──人物だった。
「こ、こここっ……虎嶽っ! 黄子ちゃんっ!?」
口もそうだが、心臓も同じように大きく乱れた。
「あっはは。良い反応だー。すごくアイドルっぽい、あたし」
「アイドルですよっ! ファンです、サインください! って、いきなり失礼ですよね、すみませんっ!」
口をあわあわさせながら、顔を赤くしたり青くしたり紗弓に黄子は笑う。
「あたしのでよければ、いくらでもあげるよ、サインくらい」
「やたっ! あ、でも色紙ない……」
「持ってるよ」
と言い、黄子はスポーツバックの中から取り出して、さらさらとサインを書き紗弓に渡す。
紗弓は感激のあまり、その色紙を天高く掲げるようにして眺める。その瞳は幼い子供がサンタさんからプレゼントを貰ったときのように輝いていた。
「はあぁぁ……かっこいい……力強く、猛々しくって……」
はっと我に返る。照れ笑いを浮かべる黄子に向かって、勢いよく頭をさげた。
「ありがとうございますっ! 家宝にしますっ!」
「ん。あたしのなんかでも、そこまで喜んでくれると嬉しいよ」
「なんかじゃないですっ!!」
紗弓は思わず大きな声を出してから「しまった」と、目を伏せる。
「……すみません、急に。でも、わたしは本当に大好きで……」
黄子は紗弓から目を逸らし、気まずげに頬を掻く。
「あー……あたしも悪かったね、うん。前期上がれなかったから、ちょっと自虐的になってた」
「いえっ、黄子ちゃんは悪くないですっ」
「んじゃあ、お互い様ってことで」
「……わかりましたっ」
紗弓としては納得できないところであったが、これ以上引っ張っても迷惑だろう。
「それで黄子ちゃん……さんは」
「いいよー、ちゃん付けで。ファンなんだし」
紗弓は苦笑いを浮かべる。
黄子の言うとおり、今はアイドルとファンの関係にすぎない。自分はアイドルではない、彼女の後輩ではない。そのことを突き付けられた。
もちろん、彼女にそのつもりはなかったのだろうが、ちょっと悔しい。
「えっとですね、黄子ちゃんはいつも、こんなに早く自主練習を始めるんですか?」
アイドルたちにとって、二月から五月までというのはオフシーズンである。
多くのアイドルは三月末から四月辺りからトレーニングを再開し、五月からの新シーズンに望む。
「まぁ、あれだよ、さっきも言ったけど、去年の成績が悪かったからね」
黄子のばつが悪そうな答えに対し、紗弓は明るく言う。
「黄子ちゃんは、すごいですっ!」
「えぇ……?」
「だって次は勝てるようにって練習してるんですよね? そういうのって大事だと思いますっ。それに黄子ちゃんは敗けたときでも、むすーってしないじゃないですか! 最近、そうじゃないアイドルも増えてきて、わたし的にはちょっとなぁって思うんですけど……。だから、黄子ちゃんは尊敬するアイドルの一人なんですっ!」
後半にかけて鼻息荒く捲し立てた紗弓。
黄子はぽかんとして、照れくさそうに笑った。
「あ、ありがと。いやー、こんなとこで、ファンに励まされるとは思ってもなかったな」
「いえっ、いつもはアイドルに励まされてますから。わたしも、頑張らなきゃーって」
「……本当に好きなんだ、アイドル」
「はいっ!」
黄子が、にんまりと笑顔を見せた。
「じゃ、一つ良いこと教えてあげよう」
紗弓は真剣な目をしてスマッチを起動、メモの準備はばっちりだ。
「まっ、笹野Pからの教えなんだけどね。練習は緩急付けた方が良いんだって」
「かんきゅう……」
「一分間くらい負荷をかけて、ちょっと休む、また負荷かけて……ってのを繰り返すと、持久力が付くんだってさ。ミトコンドリアがどーとか、まぁ詳しくは忘れたんだけど。大事でしょ、HP増やすのに」
「へぇー。ありがとうございますっ」
「ん。家でもスクワット十回するとか、学校行くときに早歩きを間に挟むとかできるし。意識してみな」
「はいっ!」
ちょうどそのとき、話が終わるのを見計らったかのように笹野が現れた。
「おや、虎嶽さんもいらっしゃいましたか」
「ん、ちょっと早めに来ちゃってね」
「そうですか。……生実さん、時間ですので帰りの支度をお願いします」
「あ、はーいっ。黄子ちゃん、またね!」
片手を振りつつ、もう片方で色紙をしっかり抱えて、レッスンルームを出ようとする背に、黄子は言う。
「次は、アイドルとして会おう!」
紗弓は立ち止まって、振り返り大きく頷いた。
レッスンルームに残るアイドルとプロデューサー、口火を切ったのは笹野からだった。
「アイドル、続ける気になられたようですね」
「……なんだ、ばれてたか」
「貴女は負けが込むとマイナス思考になりがちですから」
虎嶽黄子は気まずさを誤魔化すように、明後日の方を向く。
(まったく……今度こそは引退しようかと大真面目に思ってたのに、上手い言い訳を用意されちゃったもんだよ。あんな子が後輩になるかもしれないなら、辞められるわけないじゃん)
笹野が苦笑する。
「もう一つ、元気になりそうなことを教えてあげましょうか」
「やだ、聞かない」
「生実さん、貴女の構えを真似るんですよ、時々ですが」
「聞かないって言った!」
非難しながらも黄子は少しだけ口元を緩ませる。
一瞬のこと、すぐに真面目な顔になった。
「ねぇ、そこまで言って、あの子をアイドルにできなかったら、ただじゃおかないから」
「そんな確かな方法があるなら、誰だってとっくにアイドルですよ」
「おい」
「とは言え勝算はありますよ、他のどんな方法よりも」
「まぁ葉波耶がいるから、そりゃそうだろうけどさぁ。もうちょっと、こう……」
「元々、相原さんに提案した時点でも、それなりに自信はありましたよ。彼女のおかげでより確信に近づきましたが」
黄子は疑う目で笹野を見る。
その葉波耶から三十余名のことを思い出していた。
それに気付いたのか笹野が付け加える。
「結界が厄介なんですよ、ある意味」
「どういうこと?」
ライブバトルの要が厄介だなんて、遂に変人を極めたのかとすら思う。
笹野の目が微かに泳ぐ。
言葉を選んでいるときの癖だと、黄子は知っていた。
「……誰であっても、異能力に目覚める可能性はあります。レベルはその時点で目覚めているかどうかを測っているだけに過ぎません」
「そういう因子、遺伝子を人は持ってるからね。大昔……一九九九年からのことだけど」
「ええ、遺伝子です。私も専門ではありませんから、詳しいことは分かりませんが……遺伝子というものは環境によって、スイッチがオンオフされることがある、と聞きます」
「へー、環境で……ってことは、非異能者が異能者と闘うことで、異能遺伝子のスイッチを入れる──入れられるって、笹野Pは考えたわけだ」
笹野が首肯し「ただ……」と悩ましげに眉を寄せた。
「おそらく、結界のために効果が薄いのです。本来、異能力で攻撃されることは非常に危機なことです。これほど激しい環境の変化はないでしょう」
「そんでもって、その変化に、つまりは異能力の攻撃に対抗するため、それが出来る力、異能力に目覚めるって寸法か。はー、なるほど。そんなこと、全然考えたことなかった。笹野Pって、時々、妙な発想するよね」
「妙かはさておき。ですから、危機感を無にする結界は、異能力の目覚めを邪魔している……しかし仮に結界がなかったら」
「楽しくないことになるね」
「ええ。ですから、これ以上、どうすることもできません。外から見守るほかない。まさに結界です。せめて少しでも危機感を与えられたら、と思って時間制限こそ設けましたが。……あ、虎嶽さん?」
「ん?」
「今の話は内密でお願いしますね」
何故、彼がそんなことを言うのか。黄子にはよく分からなかった。
けれど頷く。
「了解。あたしだって二十歳になるからね、言って良いこと悪いことくらいわかるよ」
なにより笹野を信用している。
「てか、あたしばかだし、そのうち忘れるから安心してー」
それでようやく自主練習に入ろうとして、黄子はふと思うところがあり訊ねてみる。
「紗弓ちゃんが反復横跳びしてたんだけど、あれは笹野Pの指導?」
「違いますが、おそらくは相手の攻撃を躱す練習でしょう」
「へぇ。相手がどんな能力かは知らないけど、頑張り屋さんだ」
「アイドルなんですよ、精神は。少しでも勝機を見出そうとする心構えのある、ね」
笹野がこちらを真っ直ぐ見据える。
「誰かさんにそっくりですね」
黄子はぷいっと顔をそむけた。




