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第1羽-3 それも放射状に!

 結界という呼び方が示すように、基本的には、内と外とが完全に隔絶されている。舞闘者アイドル異能力シュテュックも、結界がある限り外に出ることはできないし、また外から内に入ることもできない。

 ただこのレッスンホールでは、内外の行き来が利用者──今なら紗弓とにぬ奈──を除き、自由な設定になっている。


 結界舞闘の勝敗を決するものは、二つ。

 一つは降参ギブアップ宣言。だがこれは稀。


 もう一つを、紗弓はちらと見る。

 自分の周囲数センチ以内に、緑色の棒グラフめいたものが一本、浮かんでいる。指先で触れてみれば、その箇所だけが微かに乱れる。

 ホログラム映像である。


 にぬ奈の方に視線を遣れば、色違いのものが胸の辺りに見られる。

 にぬ奈はそれには興味ないのか、じっと、こちらを見ていた。


 互いに攻撃し合い、このHPヒットポイントゲージをゼロにすること、それがライブバトルの主な決着のつけ方である。

 ゲージの減り具合を見れば、どちらが優勢なのかも一目瞭然、観戦初心者にも分かりやすい親切設計だ。


(こんな感じなんだ、アイドルから見たゲージって……)


 なんて近いんだろう、と紗弓は思う。

 こんな近くで見ることなんて、今までなかった。全て他人のものだった。

 自分だけのゲージ、だからだろうか、紗弓は胸の奥から愛おしさにも近い感情が込み上げてくるようだった。


 今度は笹野の方を見る。全身が紫色をしていて、なんだかおもしろい。

 目が合えば「生実さん、一応訊きますが」と笹野が口を開く。


異能力シュテュックは使えそうですか? なんとなくわかるはずなんですが」

「えっと……やっぱり、なさそう、です」


 紗弓の浮ついた気持ちが萎えていく。

 期待などしていなかったが、それでも。

 改めて現実を付きつけられると、苦い。

 深呼吸し、切り替える。

 失望はもっと後にすればいい。


「そうですか。……とにかくライブバトルを始めてみましょう。根野さんは先ほど言った通りに、生実さんは攻撃のことは考えずに、防御や回避に集中してください。今日は慣れと思って」


 紗弓は笹野の方を見ながらこくりと頷く。


(もしかしたら、一撃でやられちゃうかもしれないもんね)


 それからにぬ奈の方に向き直る。

 にぬ奈が一礼する。


「よろしくお願いします」


 紗弓も慌てて「よろしくお願いしますっ」と答えた。


 笹野の操作により、二人の頭上にスターティングランプのホログラム映像が現れる。灰色のランプが三つ、うち一つがポーンという音と一緒に赤く染まる。

 二つ目、三つ目。全てが赤色になったとき、笹野が思い出したように言う。


「生実さん、お気をつけて」

「はい?」

「──速いので」


 ランプが一斉に、緑色へと変わった。


「へ?」


 瞬間、衝撃が紗弓を襲い、小さな悲鳴をあげる。紗弓は身体から虹色の花びらを撒き散らしながら、ほんの少しだけ宙を舞って床に転がった。


 偶像領域内では、いかなる怪我を負うこともない。

 炎の異能力に巻かれようとも、渦巻く拳に脇腹を抉られようとも、斬りつけたものを滅ぼす光剣に斬られようとも、無傷である。


 結界舞闘ライブバトルは見世物であり、観る人の闘争心を煽りもするが、見世物であるからこそ血や死は望まれていない。

 血生臭さを排除して、代わりに美麗な演出が加えられている。

 それが虹色に輝く花びらのホログラムである。

 だがそれは、あくまでも観客のためである。


 舞闘者たちは必ずしも花びらを確認できるわけではない。

 視覚外の攻撃を受けた場合、気付かないこともあり得る。

 だから、痛みは微かに感じるようになっている。


 紗弓の頭は混乱していた。

 初めての攻撃、痛みはほとんどなく、床に倒れたときの方が痛いくらい。

 つまり攻撃は強くなかったことになるけど、なにをされたのか、さっぱりだ。

 けれど床に半ば倒れたまま顔だけを起こし、にぬ奈の姿を見た途端、およその推測がついた。


(羽根! 羽毛を飛ばしたんだ!)


 にぬ奈の右肩に、一対の翼が生えていた。片翼の長さは腕の長さとそう変わらず、色はシミ汚れ一つない純白。そして、いつの間にか前に突きだされた右腕。


 思わず、見惚れてしまう。

 アイドルに攻撃されたのだ、非異能者なのに。握手やサイン以上に嬉しい。


 はっと我に返り立ち上がり、足元に十数枚程度の羽根が落ちていることに気付く。身体に感じた衝撃の名残が特に強い点も、十数カ所だから、やはり間違いない。にぬ奈の異能力シュテュックは〝羽根を飛ばす〟もの。


(それも放射状に!)

 言うなれば〝面〟の攻撃。躱すには大きな動作が必要になるだろう。


 今度は自分のゲージを見てみる。三分の一ほど減らされた。

 初めに想像していたよりもだいぶ少ないダメージ。

 一撃ではなくとも、八、九割は減らされるだろうと思っていた。


 異能者と非異能者との差は、異能力の有無だけに留まらない。

 身体能力、そして体力他から算出されるHPゲージについてもそうだ。

 非異能者で、アスリートのように鍛えているわけでもない紗弓を相手に、全弾的中させて三分の一ほどのダメージでは、異能者を相手取った際には、精々、二割もあるか怪しいと紗弓は推測する。


(羽根の攻撃力は、そんなでもない)


 ちらと視線を下にやり、にぬ奈との距離を見る。


(……でも代わりに、あたったものを、ぶっ飛ばす性能があるってところかな)


 紗弓は二度、三度深呼吸をしてから、身体を斜めに右半身を前に出す。

 丸めた右拳を顔の高さにまで上げる。

 左拳は胸に引き寄せる。


 その様を見て笹野が「ほう」と興味深げな声を漏らしたが、二人の耳には届かなかった。


 紗弓は少しずつ、にぬ奈との距離を縮めていく。

 ライブバトル開始前、二人の距離はほんの五、六歩ほどだったが、今は十五歩はあろうか。


(射程は短い……追撃がなかったし。単発でも撃てるのかなぁ? どうなんだろ)


 じりじりと間合いを詰めていく。

 その間、にぬ奈から決して目を離さない。一挙手一投足余すことなく瞳に焼き付ける気構えだった。あまりの集注力に、じんわりと汗が滲む。


 せめて一発。紗弓はそう思う。

 非異能者の身でありながら、異能者に一度でも有効打ダメージを与えられたなら、そんな奇跡を起こすことができたなら、きっと、異能力に目覚めるくらい簡単だ。いや絶対に目覚める。

 紗弓はそう信じて行く。


 十歩圏内に入った瞬間、にぬ奈の白翼がバサッと羽ばたく。

 紗弓はまた身体に衝撃を覚え、虹色の花びらを散らしながら後ろにぶっ飛ばされる。


「あうッ!」


 だがまだ終わりではない、右腕で防御できた分、ゲージの減りは幾らか少ないし、元より三分の一は残る計算。

 それをどう生かすか、なにを拾うか。

 立ち上がった紗弓は、今度は全速力で、にぬ奈を中心に円を描くように駆けだす。いや、それは円ではなく渦だった。

 間合いが詰まっていき、三度目の射程内。

 翼が羽ばたき、バサッという音が立つ。


「──きゃあッ!」


 見事、てられた。横に動けば外れるのではないかと思ってのことだったが、そう上手くはいかない。


(うぅ……射程くらいしかわかんなかったぁ!)

 と内心、歯噛みする。


 紗弓のHPがゼロになったことで、偶像領域は見る見るうちに消えていく。

 紫色の結界から解放され、世界に色が戻る。

 途端、紗弓は身体が重くなったように感じた。

 仰向けに倒れたまま、動くのが辛い。どっと汗が噴き出す。

 息を吐くのもハァハァと激しい。


「大丈夫ですか?」


 そう言って、にぬ奈が手を差し伸べてくれる。

 それを取って、なんとか上体を起こす。

 にぬ奈は汗一つかいていない、さらさらとした手、そして冷たい。

 ほとんど動いていないのだから、当然ではあるが、なんだかすごいなと紗弓は思う。


 笹野もやって来て、先のにぬ奈と同じ言葉で気遣ってくれた。


「なんか急に……すっごい……疲れちゃって……」

「ステージ酔いだと思います」と笹野が言った。

「あー……これが噂の……」

「最初のうちだけですし、少し休めば回復するでしょう。……と、生実さんには説明するまでもありませんでしたね」

「いえ……そんな……。でも……」


 紗弓はじっと掌を見つめながら、微かな笑みを浮かべる。


「実際にやるのって……違います、ね……」

「アイドルになれば、もっと沢山のことをそのように思います、きっと」


 紗弓は目を閉じ頷く。

 それから、よろよろと立ち上がり、にぬ奈に向かって頭をさげる。


「今日は……ありがとう、にぬ奈ちゃん! ……って、名前で呼んでもいーい?」

「はい、構いません。こちらこそ、ありがとうございました」


 と深々とお辞儀をするにぬ奈に、紗弓は面食らう。


「えっ? いやいやいやっ? ほんとっ、こっちが迷惑かけちゃったっていうか……そんなお礼言われるようなこと、全然……」


 困惑する紗弓に笹野は言う。


「対戦相手への礼儀として、ですよ」

「へ……? あっ、そっか、そういうことか!」


 礼に始まり礼に終わる。そんな言葉を聞いたことがある。

 紗弓はもう一度、さっきとは違う意味で頭をさげる。


「ありがとうございましたっ!」


 初めてのライブバトルもどきが終わり、笹野の言葉で今日のところは解散の運びとなる。そうでなくとも、今日はこれ以上、ライブバトルができそうにない。限界まで身体を酷使したみたいだった。


 帰るその前にちょっとだけ、今後の予定についての話があった。

 笹野はスマッチを起動させ、紗弓とにぬ奈に見えるよう二次元ディスプレイを空中に投射させる。そこにはレッスンホールが使用できる時間帯について、今月と来月の頭辺りまでが書かれている。


「学校もあるでしょうから、基本的には午後になります。それからお二人とも受験がありますよね。当然、融通しますので遠慮なくおっしゃってください。ですから二週間と言いましても、だいたいそのくらいの日数でということで」


「わかりました!」

「それから、にぬ奈さんには今後も付き合って貰おうと考えております。もしかしたら、同期になるかもしれませんしね」

「よろしくお願いしますっ。まぁ短い間かもしれないけど!」

「……よろしくお願いします、生実さん」

「というわけですから、現時点でわかる範囲で構いませんから、空いている日などを教えていただけますか? 二人の都合をすり合わせなくてはなりません」


 紗弓は元気よく返事をし、にぬ奈は静かに頷いた。

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