第8羽 舞闘者が、二羽っ!(第1部エピローグ)
暗くなり、しんと静まり返る。
大勢の心臓の鼓動が、一つになって聞こえてきそうなほどに。
ここはトーキョーとチバの境にあるライブスタジアム。
そして、これから行われるのは、三大大会と呼ばれるうちの最後の一つ。
その決勝戦である。
スピーカーの電源が入って「あー、マイクテス、マイクテス」と女性の声が聞こえてくる。
「みなさま! 長らくお待たせいたし――ました! 準備が整った模様です。わたくし、実況の三村です。さぁて、年に三回開かれる舞闘会! その全てで優勝した者には王者の称号が与えられる! 八月、十一月と続いてきたこの大会も、今シーズンはとうとう、この舞闘が最後です。……しかァし! 寂しがるのはまだ早い! 最後まで彼女たちは、我々の血潮を熱く滾らせてくれることでしょう! 一月大会、決勝戦! 激突するは、みなさまご存知、この二人の舞闘者だァ──!」
途端、わっと沸き立つ大歓声。
続いて会場の中央をスポットライトが照らす。
明るみになったステージは通常よりも観客席との距離が近く、床に対してやや盛り上がった形となっている。そこへ向かって二つの、赤い花道が伸びていた。
「東口をご覧ください!」
実況が言うや否や、閉ざされた扉が照らされ、観客らは一斉に視線を注ぐ。ゆっくりと、東口は開いていき、ツルを模した衣装をまとうアイドルが現れる。かつてよりも多少背が伸びたが、すらりとした体躯は変わらないまま。長い髪をほんの少しだけ短くするようになった。
「OTNプロダクション所属! もはや奈業流の名を知らぬ者なし!? 新次元武人アイドル! 〝白き翼〟の根野――にぬ奈ァ!!」
観客らが息を合わせてその名を呼び声援を送る。
にぬ奈は揺るぎない足取りで光の花道を行き、中程まできたところで足を止め各方面に一礼する。それからステージの上へあがった。
「続きまして西口をご覧ください!」
一斉に視線を注ぐ。スポットライトに照らされる中、扉が開いていきウサギを模した衣装をまとうアイドルがぱっと跳びだす。背は少し伸びたものの、にぬ奈との差が縮んだということはない。ただ、胸に関しては真逆と言える。髪を長めにし、普段はサイドテールにするようになったが、アイドルモードのときは、やっぱりツーサイドアップに結ぶ。
「同じくOTNプロダクション所属! 恋多すぎる!? アイドルに恋して恋するアイドル! 〝ラブ・ラビット〟の生実――紗弓ィ!!」
観客らが今度はその名を呼びながら、口々に思いのたけをも叫ぶ。
紗弓は両手と笑顔を振り撒き声援に答えながら、ステージまで駆けていった。
一瞬だけ、暗がりが会場を覆い隠して、すぐに全ての光が灯り一気に明るくなる。
「ここで八月、十一月大会のハイライトを見てみましょう!」
巨大なディスプレイが空中に投射される。
まずは前々回の優勝者根野にぬ奈を中心に、次に前回の優勝者である生実紗弓を中心とする、予選から決勝までの見所を編集された映像が流される。
二大会とも決勝は今日と同じ組み合わせである。
会場から熱い歓声があがる。
つまり今日、どちらが勝ったとしてもトップアイドルにはなれない。
だがそんなことで興の削がれることはない。
今日ここに集まった観客たちが求めるのは、新たな覇者の誕生ではない。
観る者を熱くさせ虜にし、いつまでも観ていたいと思えるようなライブバトル。ただそれだけである。
「もしかしたらアイドル史上初でしょうか!? 同じプロダクションでこのような争いを繰り広げるというのは! どうでしょう、解説の真中さーん!?」
「はい、自然なご紹介ありがとうございます。真中です」
と男の声。
「そうですねぇ、やっぱり事務所が同じとなりますとライバル関係には発展しやすいものですが、三大大会を争うのはなかったでしょうかねぇ」
「ですよね!? しかも二人組としても〝スターバースト〟の名で活躍しているんです! こんなことありえます!? ありえたんです! いやーこれはもう気が早いかもですが来年も同じように白熱したいものですね!」
「ははは。他のアイドルも黙っていませんからねぇ、わかりませんねぇ」
「ですね! さて無駄話はここまでにしまして──偶像領域、展開!」
ステージの四方から紫色をした半透明の壁が立ち昇っていき、最後に天井が形成された。
早速、にぬ奈が異能力〝白き翼〟の本体、右肩から生える両翼を出現させた。会場から熱を逃がさない、憎い演出である。
紗弓はよく顔が見えるようになった観客に再度手を振る。
それから二人とも、観客に今一度頭を下げてから、どちらともなく相手に向かって礼をした。対峙する二人の間はそう遠くない。
頭上のディスプレイが切り替わり、内部に点在するカメラボールを通じてアイドルをアップで映す。彼らはライブバトル中、二人を邪魔することないよう絶妙な働きをしてくれるだろう。
にぬ奈が口を開く。
「今年度はこれで、二十三戦目になりますね。公式、非公式合わせて」
「うんっ。で、互角だよねっ」
「今日、私が勝ってリードしてみせます」
「んふふっ! 二連勝しちゃうもんねっ!」
「前回はちょっと不覚を取っただけです。今日はそうはいかせません。……ところで紗弓さん」
「ん? なに?」
「プリン、美味しかったですか?」
「うんっ! ……ハッ!?」
しまった、という顔を浮かべ目を逸らす紗弓。
「やはり、貴女でしたか。私の取っておいたプリン……楽しみにしていたんです、これでも」
「だ、だって名前書いてなかったからっ」
「そうですね、それは私の落ち度です」
「あとでちゃんと買うからっ」
「もちろんです。が、それはそれとして、落とし前もきっちりつけさせていだきます」
会話は全て会場中に筒抜けである。
観客たちがどっと笑う。
実況も半笑いだ。
「おおーっと!? どうやらこのライブは、根野にぬ奈にとってプリン雪辱戦でもあるようです!」
「食べ物の恨みは恐ろしいですからねぇ」
「ですね! 今日のにぬ奈嬢はいつもと一味も二味も違いそうです!」
「食べ物だけに、ですねぇ」
「違います! スターティングランプ、点灯!」
頭上のディスプレイに三つのランプが表示され、その一つが赤く灯る。
「一月大会、決勝戦! 果たして勝つのはどちらか!? 生実紗弓か、根野にぬ奈か!? ツルかウサギか!? 勝利の女神はどちらに微笑むのかーっ!?」
紗弓は両手を顔の前に置き、いつでも跳べるよう少し腰を落とす。
「にぬ奈ちゃんっ、わたし、すっごくドキドキしてるっ!」
そうにっこり笑う瞳の奥には、あの六等星の光。
にぬ奈は両手を胸の辺りで卵を模るかの如く合わせ、微笑を浮かべる。
「私もです。ずっと、ドキドキしています」
頬をほのかに朱と染め、吐息には熱。
ランプが全て点灯し、そして一斉に、緑色へと変わった。
「さあ今、闘いの火蓋が落とされました! 激突するは、二人! ──いいや!」
──舞闘者が、二羽っ!
【フルムーン・ロケット編 ENDE】




