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第6羽-2 ……やっぱり、すごい

「いや、驚かせてしまったようだね。すまない」

「いえいえっ、そんなっ。こちらこそ、なんかすみません!」


 と互いに謝った後、紗弓は「そうだっ」と立ち上がって一礼。


「おはようございます!」

「うむ、おはよう。そこまで丁寧に挨拶せずとも良いよ、楽にな。……根野くんの研究かね?」


 紗弓は腰を下ろし動画を一時停止させて答える。


「はいっ、とっても強いのでっ。社長はお仕事に必要な資料でもお探しですか?」

「ああ、うん、まあ、所用さ。……ところで、面白い組み合わせだね」


 画面に映る二人を見て社長が言った。


「初音ちゃんを知ってるんですか?」

「ああ、少しな。既に聞いているかもしれんが、私は根野くんのところの道場――奈業なごう流と言うんだが」

「なごう流……」


 にぬ奈が武術を習っていることは知っていても、その名を聞くのは初めてのことだった。思い返してみれば、彼女のことで知っていることなどほとんどない。このライブバトルを通じて少しは知ることができるだろうか。まだわからない。

 けれどできるなら、やっぱりアイドルは素敵なものだと思う。

 にぬ奈にもわかって欲しい。


「私は若い時からそこに師事……つまり弟子なんだね。最近はすっかりだが」

「あ、それは聞いた気がします!」

「それなら話は早い。そういうわけだから少しは武道の話が聞こえてくる。西東くんは剛毅ごうき流剣術の門下生で、なんでも中学時代には剣道部に所属し全国大会を三連覇したそうだ」

「えっ、すごい! その、ごうき流ってそんなに強いんですか?」


 社長は少し困った様子で、首を横に振る。


「そういうことではない、と私は考えている。剛毅流は突きを主体にするが、中学生の剣道では突き技は危険を理由に禁止されているからね」

「そうなんですか」

「それにだね、生実くん。流派に強いも弱いもないもんだ。だから例えば、別の流派、いや剣術ではなく普通の剣道教室であったとしても、西東くんは同様の結果を残せたと思うよ。剛毅流も、奈業流も、きっかけに過ぎない」

「それは……才能があるから、ですか?」

「意志があるからさ」


 紗弓は社長の言葉を反芻した。

 社長が「うむ」と頷く。


「生実くん。私は思うのだ。人はみな、泥の中に生まれるのではないかな」

「泥……ですか?」


「右左どころか天地すらも分からないまま、人はその中をもがき進んでいく。泥の中から出ようとして。進むのが楽な方向があれば、難しいこともある。外までの距離が短かったり、長かったり。そして、その人間にとって、得意な方向、苦手な方向というものもある。きっと時々、どこからか声を掛けられることもあるだろう。こっちは楽だ、あちらは駄目だ。その声に従って成功する者もいれば、逆なこともある」


 紗弓は首を傾げる。

 じゃあ、どうしたら良いんだろう。

 社長が快活な笑みを見せた。


「自分で決めるのさ。声に従うも、無視するも。得意な方へ進むも、苦手な方へ進むも。短い距離で外へ行ける方、長い距離で行ける方……。どんな方向にだって人は進める。泥の中であろうとも。そもそも、進まないことだって、選べる。それでも良いのさ。困るのも苦労するのも、その人次第だ」


「だったら……みんな、楽な方、短い方へ行くんじゃ……?」

「なら、何故きみは、アイドルになった?」


 紗弓は愚問だったと顔を赤くした。

 社長は「意地悪だった」と頭を下げ、続ける。


「それに、分からないさ。本当はどの方向が楽かなんて。少しは分かるがね。少なくとも得意な方向というものはある。しかし知らないだけで、もっと得意な、楽な方向もあるのかもしれない。もしかしたら途中から、不得意な、難しい方向に変わるかもしれない。仮に、最後まで楽な方向だと分かったとしても……嫌いな方向でもあるかもしれない。だからと言って、進まないのか? それも良し。だが、そんな人ばかりでもない。選ぶときには、なにも関係ないし、全て関係ある。それさえも選ぶんだ。それでも選ぶんだ。人は選び続ける」


「……その先の、外は、どんなところなんでしょう?」

「泥の中だ。新たな泥の世界が待っている」


 紗弓は「わかりましたっ」と笑った。

 なにかが胸にすとんと落ちて気が済んだ。

 それから感慨深げに言う。


「初音ちゃんも、にぬ奈ちゃんも、やっぱりすごいな」

「うむ。今年はそんなすごい子ばかりだ。……もちろん、生実くんも」

「いえいえっ、わたしなんて全然っ」

「なにを言う。史上二人目のレベルブレイカーだ、胸を張りたまえ」

「で、でも……引退するかもしれませんし」


 と言ったところで気付く、社長はそのことを知らないかもしれない。

 だとしたら問題発言だ。

 しかしそれは杞憂だった。


「そうだな。手強いからな、根野にぬ奈は。泥どころか、固い土の方向かもしれない。それでも行くと決めたから、こうしてライブバトルを観ているのだろう?」

「……はいっ、がんばりまっす!」

「その意気だ。……そうだ、私も見たいんだが良いかな? この二人には興味がある」

「わたしは別に大丈夫ですけど、しょよーは良いんですか?」

「所用だからな、急ぎじゃないのさ」

「じゃあ、是非! 実は、なごう流の解説なんか欲しいなぁなんて思ってたんですっ」

「そのくらいお安い御用だ」


 社長と並んで画面に向き合い紗弓は動画を最初からスタートさせた。


 両者は見合ったまま、合図を待つばかりといった様子。

 にぬ奈は楕円形の構えを取っている。

 社長が言うにはそれは〝蛇卵の型〟と呼ばれるものだそう。

 胸の前で卵を模るかのように合わせた両手を繰り出すことで前面の攻撃をいなし、隙を見て反撃の拳を見舞う。その様は獲物に喰らいつく蛇の如きと言う。


 一方、初音は右手に握り締めたキューを相手に突きつけるようにしながら、左手の人差し指と中指でその先端を上下に挟み、やや前傾姿勢を取る。

 一之太刀ブレイクショットの構えである。


 赤いライトが一つ灯ると共に、にぬ奈が口を開く。

『西東初音さん……貴女とは一度、相見えてみたいと思っていました』


『奇遇ね、私もよ。けれど』

 初音がつまらなそうに言う。

『貴女は勘違いしてるんじゃない?』


『それは……どういう』

 言葉は飲み込まれた。


 ライブバトル開始を告げる鐘の音が響き、にぬ奈の羽根、十三枚が放射状に広がりながら初音に迫る。

 対する初音の一之太刀──ではなく、ナインボール・ショット、九つの突きが放射の中央及び下部にある羽根を突き止めた。

 〝秘剣・岩融いわとおし〟の力が、羽根の力を上回っていた。

 初音はぶっ飛ばされないまま、そうして生まれた隙間に身体を滑り込ませ、にぬ奈の額に一突き見舞う。そのとき、初音にはきっと、にぬ奈の頭がぽとりと落ちたように見えたに違いない。


 紗弓は思わず動画を一時停止させた。

「わたしが異能力に目覚めたときも、あれで躱されましたっ」


 股割りでもって瞬時に視界から消える、あの技である。


落椿おちつばきと言う」


 社長に椿の花は丸ごと落ちることから、しばしば首が落ちることと連想されるのだと教えられる。紗弓はまた一つ賢くなった。


「この技は剛毅流にとても有利だ。なにせ突き殺しの一手だからな」

「突き殺し?」

「そう呼ばれる一連の流れ……コンボと言ったらわかりやすいかね」

「はいっ」

「だから本当なら次に、絡樹木がじゅまる固めという技に移行するんだが──知っていたようだな、西東くんは」


 社長が画面を指差し、初音の突きは実のところ躱さずともギリギリ届いていないと指摘した。つまり誘い、フェイクである。確かに停止映像はキューがほとんどブレておらず、既に動きが静止状態に近いことがわかる。


「続きを見てみよう」


 初音が高速の引きから再度、足の長さ分低い位置になったにぬ奈の頭へ、新たな突きを放つ。これでは社長の言う次の技へ行く暇などあるはずもない。

 そして繰り出された突きは、一之太刀やナインボール・ショット、ましてや通常の突きとも違う。


「三縦刺だ」

 と社長が言った。


「知ってるんですかっ?」

 また動画を停止させる。


「額、首、胸を同時に──もちろん、実際にはそれに近いだけだが──突く。先の九つ突きはステージの上、アイドルの身体能力だからこそ可能だが、こちらはステージの外でも、極めて浅くならば可能だ。牽制と言うか脅すための技なんだ、掠める程度で良い。しかし」


「し、しかし……?」

「九つ突きができる身体能力、ステージ上(ここ)でなら深くもできよう。加えて異能力がある。直撃すればダメージはでかいだろうな」


 紗弓はごくりと喉を鳴らして動画を再開させる。


 二人ともがぶっ飛んだ。初音は羽根によって。

 一方、にぬ奈は衝撃で引っくり返り、そのまま後転していく。

 直撃を喰らったか、紗弓は一瞬そう思えど、HPゲージにはほぼ変化がない。奇妙なことだ。社長の指示で映像を少し巻き戻し、スローで見ていく。


「末恐ろしい子だ……」

 と社長の呟きが聞こえた。

「知っていたのか、勘付いたのか、読んだのか……ちゃあんと防いでいる」


 突きを喰らう寸でのところで、羽根を飛ばしながら、にぬ奈は両手の甲で額と胸を守っていた。首に関しては顎を引くことで。

 また後転も突きの反動だけでなく、にぬ奈自ら行ったもののようで、上体がやや反り気味になっている。

 その結果、ごく僅かなダメージで済ませられたようである。


「……やっぱり、すごい」


 紗弓は心からそう思った。

 この少女をどうしてもアイドルにしなくてはならない。

 それが自分に異能力が授けられた理由、使命であるかのような気さえしてくる。


 動画はスローから通常に戻り続く。


 にぬ奈が立ち上がろうとしながら羽根を撃つ。

 復帰して追撃のために駆け寄って来ていた初音は、ナインボール・ショットを余儀なくされ、その反動で一歩退く。

 にぬ奈はすっかり直立を終え、ライブは振り出しに戻ったと言えよう。

 二人の距離と、それぞれのHPゲージの変化に目を瞑れば、だが。

 初音がまた一之太刀の構えを取る。


「どうするんだろ……」

「同じように攻めるなら、微々たるダメージと引き換えに己のゲージを減らすはめになるな。だから違う手で来る……とにぬ奈に思わせ、やはり同じなのかもしれん」

「かけひきですねっ」


 初音がじりじりと前へ進む。一歩分、羽根の間合いから遠いのを縮めていく。間合いに入った。しかし羽根は来ない。

 そのまま進み、一之太刀ブレイクショットを発揮するに充分な位置で止まる。


 紗弓の喉が鳴る音を聞きつけたはずもないが、動き出したのはまさにその時だった。


 にぬ奈が羽根を飛ばす。

 初音が突き落とし、羽根と羽根の隙間に入って更に突く。

 にぬ奈は今度はしゃがまず〝蛇卵の型〟でもって弾こうと手を遣る。

 突きは言わば〝点〟の攻撃。少し手を添えてやるだけでも軌道を逸らせる。

 が──キューは自ら逸れていき、肩越しに白き翼を貫いた。


 にぬ奈の眉がピクリと動く、予想外だったのか。

 突きはそれ一度のみならず、五つの穿孔が開けられた翼は消えていく。

 続けてナインボール・ショット、およそ同時に放たれる九つの突きは、いくら〝蛇卵〟であっても、二本の腕で構成されるのだから防ぎ切れない。

 それは確か、確かだからこそ、にぬ奈は〝蛇卵〟を使わなかったのだろう。


 止めたのである。

 にぬ奈は突きに合わせて、自ら一歩踏み込みながらキューへと手を伸ばし、折り曲げた人差し指と中指で挟み、親指でもがっしり摘まんだ。

 なにも九本のキューで突かれるわけではないのだから、一本でも捕えてしまえば良い。だが、まさか実行するとは、できるとは、思いもよらない。

 紗弓は呆気に取られるしかなかった。


「しゃ、社長……これも……?」

「奈業流無刀取り〝翡翠かわせみ〟と言う」

「かわ、せみ」

「川に飛び込んで魚を獲る鳥だ」


 大谷社長も流石に驚愕の表情を浮かべていた。


「斬り掛かってくるにしろ、突きにしろ、その速さや威力が頂点に達するのは相手に当たる瞬間のことだ。その前ならば遅い、だから捕えられる……常人の考えではないが、理屈はそうだ」

「そもそも、できる人なんているんでしょうか……?」

「いる。卓越した技術と、相手に向かっていく勇気があれば」

「向かっていく勇気……」


 それはきっとアイドルにも大事なものだ。

 それならやっぱり、にぬ奈はアイドルになるべきだと紗弓は思った。


「だから根野くんのは翡翠であって翡翠ではない。私はそう思う」

「え?」


「勇気は色んなものを克服させてくれる。迷いや恐怖を。迷えば技は曇り、死あるのみ。その恐怖がまた迷いとなる。それに打ち克つことが翡翠の神髄だ。だが今、根野くんはどうだろう。安心、安全。『出来る』という確信だけがある。恐怖も迷いも最初から生まれる余地がない。だから似て非なるものなのだ。……末恐ろしいことには変わりないがね」


 それでも紗弓の考えは変わらなかった。

 にぬ奈はアイドルになるべきだ。

 でも今はまだアイドルじゃない。

 その当たり前の事実を告げられたに過ぎなかった。

 その彼女をアイドルにするために自分は闘うのだ。


 映像の中では、二人が微動だにせずいる。

 初音はキューを奪い返そうとしているのだろうが、引き寄せることすらできていない。

 にぬ奈は翼を再度現しているが撃とうとせず、深く息を吐いて問い掛ける。

 闘いの最中に話をするとは驚きだった。


『西東さんはどうして、生実さんの一撃を避けなかったのですか?』

『なに? フルボの話?』

(勝手に略さないでっ)


 こくりと頷くにぬ奈。


『躱せば勝てたのではありませんか?』

『それが貴女と私の違い。幾ら速くても単純シンプルな技、躱すのは簡単ね。でも、そうしなかった。最高威力の突きをぶつけたら、どうなるか? 勝つか敗けるか? 試したくなったの、私はね』

『……確かに、私は勘違いしていたようです』

『わかっていたはずよ。今年は他にも同郷がいるみたいだけど、貴女はこの世界にひとりなの』


 初音がぱっとキューから手を離し、敗北宣言する。

『参りました。──さようなら、根野にぬ奈。戦場に二度目はない。貴女は故郷に帰りなさい』


 そこで映像は途切れる。その直前ちらと映ったにぬ奈の横顔が、紗弓にはなんだか寂しげなものに見えた。

 と、そのとき、背後に誰かが立つ気配。


「社長! こんなところでおさぼりですか!?」


 秘書の小池さんだった。

 目を吊り上げて社長を睨んでいる。


「う、む。別にさぼっていたわけでは……所属アイドルとコミュニケーションを図っていたんだよ、なぁ生実くん?」

「はいっ、しょよーがあって忙しいのに、いろいろ教えていただきましたっ」


 小池秘書は紗弓には笑顔を見せ「紗弓さん、ごめんなさいね、お邪魔して」と言って、社長の腕を引っ張っていく。


「ほら、行きますよ社長、今回は紗弓さんの顔に免じますけどね、仕事の途中で黙って抜け出すのはやめてください! 社会人なのですからホウレンソウをちゃんとですね」

「わかった、わかった。すまなかったって。それじゃ生実くん、また!」

「社長っ、ありがとうございましたっ」

アイドル名鑑ミニ

【根野 にぬ奈】

ねの にぬな

 クラス:C 事務所:OTN

 性別:女 年齢:15

 誕生日:7月7日

 性格:クール

 趣味:鍛錬/ビーズアート製作

 衣装モチーフ:ツル

異能力〝白き翼(ニケ・レウコン)

  触れたものを弾き飛ばす性質の羽根を飛ばす。

 攻撃力:E

 防御力:E

 俊敏性:A

 射程:E

 持久力:S

 成長性:A

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