第4羽-3 ちょっ、乗らないでっ!
新人戦が始まってから二週間ほど経つ。
学校からの帰り道。紗弓は二人の友達と並んで、いつもなら駅までの大通りを行くところ、
「クレープ、食べたいわ」
と〝あーちゃん〟が言ったので、横道に入ってクレープ屋さんで寄り道中。
紗弓は眼鏡を掛けている方を〝あーちゃん〟と、短髪の方を〝まいちゃん〟と呼んでいる。
その二人からは〝さっちゃん〟と呼ばれている。
中学校からの友達で、クラスもずっと一緒だった。
通りに面した窓口でクレープを買って丸いテーブル席に座った。
紗弓はカスタードに生クリーム、バナナとオーソドックス。
あーちゃんはチョコレートソースと生クリームに、チョコケーキとボリューミー。
まいちゃんはイチゴとブルーベリーのソースに生クリーム、甘酸っぱい。
「そっちはどうなん?」
まいちゃんがふと、あーちゃんに向かって質問を投げかけた。
「美味しいわよう。一口いる?」
「違うくてー。でもちょうだい」
「はい、どうぞ。私も貰うわね?」
「しかたないなぁ」
「あーちゃん、まいちゃん! わたしも!」
三人でそれぞれのクレープを食べあい『おいしいーっ!』と頬を綻ばせた。
それから「で」と、まいちゃんは改めて。
「特進、こっちとは結構やること違うんしょ?」
特別進学クラスの略である。
上位大学への進学を目標とするクラスだ。
勉強の出来るあーちゃんだけが、高校に進むと遂に別のクラスとなってしまったのだ。
「あぁ、そっちのこと。そうねぇ、授業ペースが早いくらいかしら。流石に今までのようにはいかないでしょうね」
「あーちゃんでも?」
紗弓は恐ろしく思った。
だって本当に勉強が得意な子だ。
もっと上の高校も狙えたはず。
その子ですら不安を口にするだなんて、特進はどんな魔窟なのだろう。
「買いかぶり過ぎよう。周りも出来る人たちばかりだし。……でもまぁ面白いわ」
まいちゃんが「うへー」と嫌そうな顔をする。
「ベンキョーが面白いなんて言葉、聞きたくなーい」
「面白いのは、出来なかったことが出来るようになったり、張り合ったりすることよう。ね、さっちゃん?」
「ふへ?」
「今、一番面白いことしてるのは、さっちゃんだと思うけど?」
紗弓は恥ずかしそうに身をよじる。
「いやぁ……んふふ。だからなのかは、ちょっとわからないけど、アイドルは楽しいよっ!」
あーちゃんは口元に微笑を浮かべ聞いていたが、まいちゃんはクレープを持ったまま「ふーむ」と腕を組んだ。
「こぼすわよ?」
「いやさ、ちょっと思ったんだけど」
「なぁに? まいちゃん」
「あたしだけ──なんもないなぁって」
首をかしげる二人に、まいちゃんは続ける。
「あーちゃんは勉強、さっちゃんはアイドル。二人は真剣になるものがあるのに、あたしは、このままでいいのかなって。なんか、ふと思った」
「なるほど」
と、あーちゃん。
「おばかな貴女にしては上出来ね?」
「失礼! さっちゃんとそんなに変わらんよ!」
「あれっ? わたしに飛び火きてない!?」
あーちゃんは、思わぬ被弾にぷんぷん怒る紗弓と、それをなだめかすまいちゃんの二人を交互に見てから、小さく呟く。
「でも私は、なくはないと思うけど」
「えー?」
当の本人は何のことかわからなかったようだが、紗弓は察するものが一つあった。
(美術部のこと、かな)
まいちゃんは中学時代、美術部で絵を描いていた。
それは端から見ても楽しそうだったのだが、先輩からイジワルされるのに嫌気がさしてやめてしまったのだ。
そして絵を描くことも。
(あのときは悲しかったな。まいちゃんは部活やめるまで何も言ってくれなかったし、絵を描くこともやめちゃうし……たぶん、わたしより、あーちゃんの方が悲しんでたかも)
絵のことについて、あんまり言うと不機嫌になるから言わない。
けど言わないだけで、二人には思うところはあった。
(絵を描くこと自体が嫌いになったんじゃないって、わたしもあーちゃんも信じてる。一度、好きになったものを、誰かのイジワルで嫌いになるなんておかしいもんっ!)
紗弓は少し悩んでから言った。
「まいちゃんも、すぐに何か見つかるよっ」
「そうかなぁ」
「うん、絶対。好きなものがない人なんていないからっ」
あーちゃんも大きく首を縦に振った。
「そうね。焦ることは、ないわね」
「んー……」
まいちゃんが腕を組むのをやめて、クレープに噛り付く。
「まぁ、あたしのことはいいや。さっちゃん、時間大丈夫? 今日も、このあと行くんしょ」
紗弓はスマッチの時計部分をちらと見て答える。
「うん、もうちょっと大丈夫かな」
「本当はいつも観に行きたいんだけど」と、申し訳なさそうなあーちゃん。
「ううん、いいのっ。毎日行ってたらお小遣いなくなっちゃう」
「でも、またそのうち観戦しに行くわ、必ず」
「それまでに、すごいライブバトルができるよう頑張るよっ!」
紗弓がそう明るく宣言したのも束の間、神妙な面持ちとなって頭を下げた。
「……二人とも、デビュー戦に来てくれて本当にありがとう」
突然のことに面食らってか、まいちゃんは照れ臭そうに頬を掻き、あーちゃんはほのかに顔を赤くする。
「も、もうなにしてんの、急に」
「そうよう。それに、前にも聞いたわ」
「んふふ。また言いたくなったの」
クレープ屋を後にした紗弓は、まいちゃんにも言ったように、スタジアムへ向かった。
とりあえず一戦は確実にやるつもりで予約を入れてある。
余裕があれば、当日の申請で追加してもう一戦くらいはと思っていた。
西館でのライブとなる。
にぬ奈は東館の方で、笹野も今はそちらにいる。
もしかしたら今日は会うことはないかも。
少しだけ寂しい。
紗弓はぶんぶんと頭を振って気持ちを切り替えた。
間もなくフレームに着く、ライブバトルに集中しなくてはならない。
相手は既に来ていた。
「よろしくお願いしますっ」
いつものように頭を下げると、くつくつと笑い声が返ってくる。
「ふふっ。なかなかに美味そうな子兎じゃないか」
名を加宮ロレッタといい、能力名を吸血姫という。
髪はアッシュカラーで腰に届くほど長く、コウモリの形をした髪留めを着けている。
ぷるんとして艶のある唇にはリップが塗られているのだろうか。
黒色のベストとパンツに白色のシャツを着て、首にはヒラヒラしたネクタイ──クラバット──を巻き、それを留めるピンの頭にはワインレッドに輝く石の姿。
そして、闇の如きマントに包まれている。
紗弓は「わーっ」と歓声をあげた。
「吸血鬼っぽい!」
「ぽいってなによ、本物よ!」
俗に言うキャラ付けをするアイドルは昨今では少なくなっていて、紗弓は新鮮な気持ちだった。
しかも、ちょっと弄ると素らしき一面が出てくる初々しさ。
紗弓はもうにっこにこである。
「……きゃわいい」
ぼそっと零した言葉に、ロレッタが小さな牙を剥く。
「それは私を表すには適さない言葉だ。何故なら私は夜闇の王──」
しかしその大仰そうな口上は、頭上にスターティングランプが出現したことで、中断させられてしまった。
ぶすくれるロレッタに、紗弓はやっぱり微笑ましく思う。
その三拍後、ウサギとヴァンパイアの闘いが幕上がる。
紗弓は横跳んでから斜め前へと跳ぶ、直角三角形を描くようにして相手の後ろを取るパターンである。
これが最も初撃を決められる公算が高いと、今日まで闘ってみて実感していた。
だが、そのミドルキックを喰らったのは空気だけだった。
勢い余って一回転する紗弓。ひらりと身を躱したロレッタはこちらへ向き直って、依然として両腕をマントから出すことなく悠然と在る。
自ら攻撃するつもりはないのか。
紗弓は、だとすれば、と考える。
(カウンター系の能力……とか? いやでも、それなら躱さないよね)
だから一旦は考えを捨てかけたものの、ある可能性に思い当たる。
(ただ攻撃を喰らうだけだと、発動しないのかも。他にも条件があって)
しかしそれは思考の泥沼である。
やはり現時点であり得るのは、もっと違うタイプの能力であることだろう。
異能名から考えれば、口を使った攻撃方法など。
それならば腕を出す必要もない。
頭の動きに気を付けることにして、紗弓は次の攻撃に移る。
少しだけ距離を詰めてから、もう一度、直角三角形の動きで背後に回る。
そのままミドルキックを放つのでは前の二の舞、故に、ロレッタが前へ出るのを待って、彼女が振り返ろうとしたところで迫り、胸部を狙う。
その蹴りを吸血鬼は防ぐ、漆黒の中から右手を出して。
それは紗弓の右足を掴んだ。
爪先が赤く鮮やかに染められている。
足と掌の隙間から、ひらひらと虹の花びらが舞い落ちる。
ロレッタのものではなく、紗弓のものだ。
少しずつゲージが減っていっている。
紗弓はもう片方の脚だけで跳び上がると、身体を捻り顔を狙って蹴りを放つ。
ロレッタが、ぱっと足を離して跳び退く。
紗弓は着地し距離を取って、麗しの吸血姫に向き直り、警戒心を急速にあげる。
今のは、足首を握られたことがダメージに繋がったのではない。
確かにステージ上では痛みが極端に軽減されるが、なくなるわけではない。
握り潰さんという気迫があるかどうかの区別は着く。
蹴りを受け止められただけで、つまり、触られただけでダメージになったのだ。
(そういう能力……口じゃなくても、吸い取れるんだ)
思わず『吸い取れる』と表現した紗弓だが、果たして今減らされたHPゲージ分がロレッタの糧になった──つまり彼女のゲージを補填するような働きをしたかはわからない。
触れるだけでダメージを与えられる、それだけの能力かもしれない。
だが紗弓は思わず出たその表現に一切の疑問を抱くことなかった。
ロレッタが大仰にマントを翻し、両腕を広げる。
ここからが本番だと言わんばかりに。
「さあ、ここからが本番だ、可愛い兎ちゃん?」
というか言った。
しかし紗弓は動かない。
「ふふん。そちらが来ないなら……こちらから参ろう」
腕をそのままに、一直線に駆けてくる吸血姫。
そこで突如として紗弓は跳びかかり、顔面へ蹴りを放つ。
ロレッタはその足先に掌を添えつつ、体を軸回転させ躱す。
マントがふわりと踊る。
虹色の花びらが小さく舞う。
着地した紗弓の後ろ回し蹴り、それも掌で弾くようにしていなされる。
その反動を利用した逆回転の蹴り、これも同じく。
紗弓の連撃に一瞬の間が生まれた。
すかさずロレッタは反撃。
繰り出される掌底は、しかし突き離すようなものではなく、紗弓の胸元に吸い付くほど優しい。
それでも花びらがひらひらと舞い落ちていく。
その手を払い除けて即座に跳び上がり、身体を横回転させながら蹴る。
だが守りを固めつつ大きく飛び退けられてしまう。
紗弓は一旦攻め手を緩め──少し疲れを感じていた──、地団太を踏む。
「んもうっ、身体強化系でもないのに良くそんな風に動けるねっ!?」
ロレッタが鼻で笑う。
「いったい、いつ、私の能力が一つと言ったかな?」
「いやプロフあるし」
冷え冷えとした空気が両者の間に漂う。
こほん、とロレッタが咳払いをした。仕切り直しだ。
「……吸血鬼だからな。同じ土俵なら、人間風情には余裕で勝る」
紗弓はにっこりと笑った。
「んふふ……ロレッタちゃんって、面白いね! ファンになりそうだよ」
「遠慮するな。我が眷属になることを許してやる。ただし『参った』と言えばな」
「それは無理かなっ」
「なら力ずくだ!」
ロレッタが迫る。
紗弓は動かない、今度はギリギリまで引き寄せる。
(一撃を確実に入れる。んでもってすぐに離れるッ!)
という作戦だった。
ロレッタの腕が伸びてくる。
(今だッ!)
軽く右に跳びつつ相手の鳩尾に爪先を沈める。
「ぐぅ……っ!」
「やたっ!」
その瞬間、目の前が真っ暗になる。
上半身を包み込む闇、ロレッタのマントだ。
「えっ!? あっ!?」
嵌められた、相手の方が上手だった。
紗弓はパニックに陥っているうちに足を払われ、床に倒される。
そのままでもなんとかマントを取り払おうとするが腹の上に圧迫感を覚える。
「ちょっ、乗らないでっ!」
と叫んでも聞くはずがない。
その上、両手をがっしりと掴まれてしまった。
紗弓には見えないが、HPゲージが急速に減っていき、それとは逆にロレッタの方は僅かずつであるけれども回復していく。
紗弓は頑張って脚を振り上げることで、馬乗りになっているだろう相手の背中を狙う。
その爪先は何度かロレッタをつついたものの勝利を呼び込むことはなかった。
ロレッタというアイドルには感心するほかない。
(衣装も武器にするなんて……びっくりしたぁ)
前例がないわけではないが、戦法としてはマイナーな部類である。
ここ十年の新人戦では見られない。
紗弓は加宮ロレッタの名前を心の中で反芻する、侮れない相手として。
もっとも、そのリストには既に大勢の名前が連なっているのだが。
視界を覆っていた闇が取り払われ、眩しさにしばたく目の前に、手が差し伸ばされる。
「ごちそうさま」
と吸血姫が言った。
既に偶像領域は消失している。
だからその手に触れても、問題はないのだが、紗弓はなんとなく躊躇ってしまう。
その様子を見て、ロレッタが片方の口角を吊り上げ不恰好に笑う。
「ふふんっ、怖いか?」
「ちょっとだけ」
と答えて紗弓は真っ白な手を握り返す。
「次に会ったときこそ、眷属にしてやろう」
そう言い残し、優雅にマントを羽織って去ろうとする背に紗弓は言った。
「ロレッタちゃん!」
「なんだ? と言うか、ちゃん付けやめて。照れる」
「さっきの笑い方、もっと練習した方が良いと思うっ! なんか慣れてない感じが……」
「う、うるさいわねぇ!」
頬を赤く染めて、ロレッタは走り去っていく。
「ロレッタちゃんって……とってもきゃわいい!」
紗弓に、また一人、好きなアイドルが増えたのだった。
アイドル名鑑ミニ
【加宮 ロレッタ】
かみや ろれった
クラス:新人 事務所:KGT
性別:女 年齢:15
誕生日:8月28日
性格:パッション
趣味:ぬいぐるみ集め
衣装モチーフ:吸血鬼
異能力〝吸血姫〟
手で触れた相手のHPを吸い取る。
攻撃力:B
防御力:─
俊敏性:─
射程:─
持久力:S
成長性:D




