出会い
あぁ、今日も空は青い
ここは家から歩いて十五分程の所にある公園。
たまに愛犬の散歩コースを外れてここへ来るのだ。
遊具はブランコだけ。でも、サッカーができるほどには広い、何もない空き地がある。
時々電車が通って、踏切の音と人を乗せた箱の車輪が擦れて悲鳴を上げる。
そんな騒音すらも日常の一部であり、気に留めて立ち止まるものはいない。
大声でなにやら叫び、走り回っている青い空に飲み込まれそうな子供達も。
あの電線に止まる、こちらを馬鹿にしたように見下すカラスも。
踏み殺せそうなスズメの大群も。
この不協和音に気ずきもしない。世界の一部。当たり前。理由なんてないの。そういうものだから。
私はいつも、芝生の生えた、公園の隅にある小さい山のてっぺんに座る。元気よく遊ぶ子たちを眺めたり、ただボーっとしたり。
あっ。
一通り公園内、犬の散歩したから。愛犬も出すもん出してご機嫌だから。
そこで考える。くだらない学校のこと。やらなければならないこと、どうしようもないこと。
大きなため息をつく。もう癖になってしまった。
世界から争いがなくならない現状とか、日本の教育方針は自分には合ってないとか。安倍さんの今後とか。
はぁ。
夢なんてないし、自分に向いているものも、よく分からない。毎日同じように過ぎる。何も変わらない。つまらない日々。楽しみといったら毎週決まった曜日に出る少年誌と、違う世界を見れる漫画と小説。
今この瞬間に、空を見上げている人はこの世にどれだけいるのだろうか。
同じようにこの、流れる雲を見ているだろうか。
決して立ち止まらない雲を。決して同じものを許さない雲を。
ただ時間だけが過ぎる。愛犬は私の足元に寝そべって目を閉じている。
子供特有の高い声もいつの間にか聞こえない。
今日もその背を撫ぜながら、時たま降り立つ鳥を眺めてた。電車の音が遠く感じる。
「ねぇ。」
男の声だった。誰もいないと思っていた背後からの声に驚いて反射的に顔を向ける。
思った通り男の人で歳もあまり変わらないだろう。私が十七歳で高二だからそれくらいだと思う。
「はい?」
「ここっていつもこんな感じ?」
こんな?
静かってことかな。と思って答えてあげた。
「まぁこの時間帯はだいたい。」
夕方で、もうちょっとしたら暗くなろうという時間帯。平日であればこんなところに来る人は少ない。
男の子は背中に大きい荷物を背負っている。楽器だろうか。
「君はいつもここに来るの?」
「まぁ。いつもじゃないけど。」
艶やかな黒い髪、横の髪だけを茶色いゴムで頭の後ろに括っている。ジーパンに緩いパーカー。フードのついたそのパーカーはどこで買ったのか聞きたいくらい私の好みだった。一言でいえば、イケてる男子。
また、ぐるりと公園を眺めてる。
「いいとこ、だね。」
広くて、人通りの少ないここは私のお気に入りの場所。
それから話しかけてくることがなさそうだったから、私もまたきちんと座り直した。
意味もなくため息をついて、お山座りをした膝の上におでこをのせる。
しばらくしてギターの音が聞こえてきた。
特に詳しいわけじゃないけどギターだってこと位私も音を聞いただけで分かる。
そしてすぐに、あの男の子の音だと分かった。あの大きな荷物はギターだったんだ。
なんの気なしに耳を傾ける。お山座りの膝の上をおでこから頬に変える。音のする方に顔を向ける。
視界には映らないけど別にいい。
かき鳴らしてるけどこれは曲じゃない。確かコードっていうやつ。
耳障り良く響く。キレイな音。
全く素人な私が言っても説得力ないけどこの男の子、とっても上手いんでなかろうか。
産まれてこの方ライブなんかもいったことない。
でも音楽は好きだ。
アニソンを中心にそこから派生した歌手さんのアルバム曲。最近は漫画に影響されてジャズなんかも。
親に頼んで、いいウォークマンを買ってもらって、イヤホンにもこだわってる。
携帯はガラ携で、持ち歩いてなくとも、ウォークマンは手離したりしない。
現に今だってこの通りだ。
携帯を持ってても来るのは親からの連絡か、鬱陶しいメルマガだけ。
どうでもいい。
私はしばらくの間耳に心地いい音に耳を傾けた。
「高校生?」
どれだけそうしていたのか。時間を見るものもないからわからないけど。
音が鳴りやんでしばらくたった後、男の子が私の隣にギターを入れた大きな箱と一緒に私の近くに腰をおろしたことが、気配で分かった。なんだろう、わざわざ。と思ったけど、今の私はそんなことどうでもいいほど、ぼー、としてた。
なんかあんのかな。とは思ってた。案の定、問いかけられた。全くどうでもいい質問だと思うのに、かといって無視するのは人としてどうかと思う。そして人と話すときは目を見なくちゃ。やっぱり印象をむやみに悪くしたくはないから。
「高2」
返事が短いのは勘弁して大目に見てほしい。生来自他ともに認めるめんどくさがりの私ですよ。
「俺と一緒じゃん。」
そうですか。なんでそこで、のけぞってびっくりするかな。確かに自分がチビで童顔だってことは重々承知してる。今だに化粧品の試供品手渡されたことないからね。あきらめてるけど。
「ギター好きなの?」
代わりにこっちからも聞いてやった。好きかどうかなんてこんなところで弾いてる時点でわかってるけど。
「うん。練習中」
「へ~。楽しい?」
「楽しいよ。」
初対面同士の会話なんだしつまんなくなるのはしょうがないと。ありきたりな言葉。
「バンドとかやってんの?」
ちょっと踏み込んだかな、と思ったけど、全然世間話として通じると思う。
「いや。やりたいんだけど、人がいなくてさ。」
残念なことに、と言いながら悲しそうに眉尻を下げてる。私はバンドなんかやったことないけど、漫画やアニメでもよくあるし、絶対、楽しいと思う。たぶん。
それにこの子よくわかんないけど絶対うまいし。顔面もわるくない。と、いうかテレビの中の人、ジャニーズのカッコ良さが分からず周りの女子についていけない私がこれはイケメンだと思う面してる。
バンドやったら役に立ちそうなのに。もったいない。
「へ~。もったいない。」
思わずおもったことが口に出る。私は別にいいことだと思ってるし、直そうと思ったことはない。どうせ私のクズい考えは察せないはず。
「楽器とかやってる人って、いそうでいないんだよね。」
へ~。それすらも知らない。確か小学校とか中学の頃はクラスに一人ぐらいピアノやってる子いたけどな~。たぶん見つけれないだけだと思う。このご時勢、楽器の趣味の一つや二つ持ってる人たくさんいるはず。だってそうじゃないと文化祭どうすんの、ってなんじゃん。
「でも、やりたいんでしょ?」
「ああ。それはもう。」
マジで。と続くように、秒で答えられる。
そんなにやりたいならやればいいのに。
「んじゃあ。私も探してあげようか?」
あ~。なんとなくノリで言っちゃったけど、どうだろ?
「本当?」
また、今度はさっきっと意味は違う意味の、マジで。と続く感じで織り返してくる。
逆に、適当言ったこっちが申し訳ない。だいたい初対面だぞ。お互い。
「まあ。見つかるかは、知らんけど。」
えー。いいよー。ありがとー。とか、イケメンが笑顔で言ってるけど、後ろにマジで花が見えそうなんですけど。
なぞの現象だよ。はじめて見た。リアルにあるんだ。なんだろこいつホントに。なんで、こんなとこにいんだ。
モテルダロウニ。
案外友達いないのか。この子。かわいそうな子なのかな。
ぼっちか・・・。
あ~。この言葉、ブーメランだったわ。
「キーボードかドラムがいたらいいんだけどね。できれば。」
苦笑いしながら言ってるけど、
「へえ。いそうなもんだけどね。ピアノとか人口多いじゃん。」
だめなの?と聞いたのがわかったのか、
「バンドとは違うじゃん?あ~最悪、キーボードだけでも。」
そういうもんか。となんか嘆いてる彼をわき目に立ち上がる。もうホントに暗くなる。
そろそろ帰らないと。
「それじゃあ。じゃあね。」
「あ、うん。じゃあね。ありがと。」