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習作

死神のお手伝い

作者: ネムノキ

 私は死んだ。


 どういう訳で死んだのかまでは分からないけれど、それは確かだ。


 そして、神様に会った。


 中年のサラリーマンの様にくたびれた彼は、何か望みはないか、と尋ねてきた。そう言われて良く考えたけれど、何も思いつかなかったので、何か困ったことはないか聞いた。

 そうすると、彼は困ったような表情を浮かべて、そう聞いてきたのは君が初めてだ、と言いながら頭をかいた。そして、とにかく人手が足りないけど、特に死んだものの魂を回収する人、『死神』 が足りてない、と言った。

 なら、その手伝いがしたい、と言うと、彼は疲れた笑顔を浮かべて一言、ありがとう、と言った。


 そして私は転生した。


 初めは、ウィスプとか言う火の玉になっていて、思うように魂を冥界まで連れて行けなかったり、人間や動物に追いかけ回されては冥界に逃げ帰ったりと、大変だった。

 それにもめげずに続けて、ようやく慣れて余裕も出てきた百年目、今度はバンシーとかいう女性の幽霊に進化した。その頃には、前世の記憶も曖昧になっていたので、その青白く光る半透明の姿に抵抗はなかった。ウィスプだった頃より楽に魂を冥界に連れて行けるようになったことにとても喜んだことを覚えている。

 それから百年、私は今日も死後の魂を冥界に送り続けている。



   * * *



 日が沈んだ後、冥界からこの世の中つ国(なかつくに)の昨日いた所へとやって来る。青白く光る月と私に葉の尖った木々が照らされて、不気味な光景が広がっている。

 冥界で調べたところによると、確か北の方に怨念が渦巻いている地点があったはずだ。怨念が渦巻いている所では、何らかの理由で冥界に行けなかった魂がからめ取られてアンデッドという不気味で悲しい存在になっていることが多い。そうなった魂は死神か神官が完全に浄化して怨念を祓ってやらないと、冥界に行けなくなってしまう。そこまで浄化出来る神官はまれなので、実質死神がどうにかしないといけない。

 今ここの辺りに死神はいないので、私が行く方が良いだろう。それに、怨念の性質によっては面白い話を聞けるかもしれない。そう思いながら歩く。途中でトカゲの魂がさまよっていたので、『冥界門』 を開いて冥界に案内する。動物や虫、植物の魂まで回収する人的余裕は死神には無いので、これも大切な私の仕事だ。

 そうやって動物の魂をちょくちょく案内しながら進み、昼間は冥界に帰るという生活を一週間程続けると、ようやく怨念の渦巻いている地点に着いた。そこは、町外れにあるなんてことはない小高い丘だった。私は、バンシーという霊的な存在なので、怨念に含まれる念がよく伝わって、まるで自分が体験するかのように感じる。


――痛い!やめて!!


――どうしてこんなことするの!?


――……許さない。


「うん、痛かったね。つらかったね」

 もはや擦り切れてバラバラになってしまった怨念の核に堕ちてしまった魂を慎重に集めながら、私は涙を流す。ただただ痛くてつらくて、どうしようもない怨み。ここまでなってしまったら、魂を回収してもすぐには転生できない。冥界でゆっくりと休んで欲しい。

「開け、『冥界門』」

 そう言って、『冥界門』 を開く。パキパキと音を立てて空間が割れ、四角い紫色の空間と繋がった。私は拾い集めた魂を慎重に抱えながら、その門をくぐろうとする。

「待て! 化け物め!」

 すると、背後からそう怒鳴られた。

「何!?」

 慌てて拾い集めた魂を冥界門の向こう側に押し込んで、門を閉じながら顔だけ振りかえる。するとそこには、全身を金属の鎧で覆った人間が三人いた。先頭でキラキラと月明かりを反射する剣を持っている人物は細身で背が低く、残りの大柄な二人は剣こそ抜いていないものの柄に手を当てていて物騒だ。

「泣き顔にドレスを着た女性の霊……、バンシーね」

 先頭に立つ人物が言った。良く響くアルトの声からすると、女性なのだろう。鎧のせいで分かりにくいけれど。そしてその鎧を良く見ると、所々銀色の幾何学的な模様が彫られている。

「そういう貴方は神殿騎士かしら?」

 そう尋ねると、後ろの二人が息を呑んだ。

「分かるのね……。でも、貴女もここで終わりよ!」

 そう先頭の女性が言うと同時に、後ろの二人は剣を抜きながら私の後ろに回り込む。良く訓練されているのか、一瞬で三人は私を中心とした正三角形を作る。

「起動せよ、『聖別結界』」

 女性がそう言うと、私を閉じ込めるかのように白く光る半透明のドームが構成される。これで身動きを取れなくするつもりなのだろう。

「終わりだ、『ホーリーランス』!」

 女性が叫ぶと同時に、光で出来た槍が彼女の頭上に現れ、私を貫いた。だけど、何も起こらずに光の槍は消滅する。

「な、何!?」

「短縮詠唱でこれだけの威力。貴方、優秀な神殿騎士なのね」

 驚いている彼女を素直にそう褒めると、憎しみのこもった視線を向けてきて、今度は十を超える光の槍を出現させた。

「無駄だと思うけどなぁ」

「黙れ!『ホーリーランス』!」

 放たれた光の槍たちは全部私を貫いて、そして消滅した。

「ば、馬鹿な。上級悪魔すら浄化するアイリーンの『ホーリーランス』を食らったというのに……」

 右後ろの騎士が何やら驚愕している。

「う、うおおお!!」

「馬鹿! やめろ!!」

 左後ろの騎士が突っ込んできて、ドームが消えていく。幻想的な風景に見とれながら、騎士を見ずに避ける。すると騎士は派手にすっころんだ。

「こらえ性がないし、こけるし、見習いなのかしら?」

「……そうだ」

 女性は一瞬起き上がろうとする騎士に視線を向けてから言った。

「そういう貴女は何者なのだ」

 女性は、怯えの混じった声で聞いてきた。なので私は、驚かさないよいうに出来るだけ優しい声で答えた。

「私は、しいて言うなら死神のお手伝い、ってところかな?」



   * * *



「先ほどは失礼しました」

 そう女性は頭を下げた。長い金の髪が重力に従って垂れ、兜を被るのに邪魔じゃないかなあ、などと関係のないことを考える。

「いやいや、よくあることだし構わないよ」

「しかし、冥神デス様の使徒ともあろう御方に……」

「ああ、そういうのは良いから。でも、ちゃんと勉強してるみたいで関心関心」

 そう言うとようやく女性は頭を上げた。少し白い頬に赤みが差している。

 死神、というと一般的には手当たり次第魂を刈り取る化け物(モンスター)か何かだと思われていることが多いけれど、実際は定められた寿命が来た生物の魂を迎えに行く神々の使徒の一種だ。まあ、ヒト種に対する数ですら全く足りていないせいで定められた寿命より後に迎えに行くことが多かったり、さらに遅れて死後に迎えに行ったりすることが多いのだけれど。そして、その事実を教会は知ってはいても積極的に教えてはいないので、教会ではちゃんと勉強しているかどうかの目安になっているようだ。

「遅ればせながら、私はアイリーン、上級神殿騎士をやっています。そして、こちらはタロス下級神殿騎士とジョー中級神殿従士です」

 転倒した方がジョーで、影が薄い方がタロス、だそうだ。

「でも、何でバンシーが死神なんかやってるんだ?」

「こら!」

 ジョーが軽い感じでそう言うとタロスが拳骨を落とす。

「すみません」

 そうタロスは謝った。なんだか謝りなれているように見え、妙な親近感が湧く。

「いえいえ。私はデス様の使徒ではあっても厳密には死神じゃないから、あくまで『お手伝い』なのよ。だからそんなに敬わなくていいよ」

「……なるほど?」

 ジョーは分かっていない様子でうなずいている。

「それで、貴方達はどうしてここに来たの?」

 そう尋ねると、三人は顔を見合わせた後、アイリーンが口を開いた。

「原因は分からないのですが、ここは良くアンデッドが湧くので、定期的に巡回しているのです。何か分かりますか?」

「……ああ、なるほど」

 ここに渦巻いている怨念なら、確かにアンデッドも湧くだろう。そして、怨念を感じられるヒトは稀で、そのくせアンデッドが湧く原因は怨念以外の方が多い。だから、原因が分からずに巡回だけしていたのだろう。

「ここには怨念が渦巻いているわ」

「お、怨念!?」

 タロスが驚きと恐怖の入り混じった声をあげる。確か、教会に怨念をどうにかする手段は無かったはずだから、そのせいだろう。

「そう、怨念。でも、その核になっていたものは取り除いたから、あと十年もすれば怨念も消えて無くなるはずよ」

「それは、ありがとうございます」

 アイリーンは頭を下げる。

「でも、十年かあ」

「していただいたのに文句を言うな!」

 ジョーはまたタロスに拳骨を落とされた。

「十年間欠かさず巡回を続ければ良いだけだろ。何が不満なのだ?」

 アイリーンはそうジョーに言った。

「えー。だって十年も巡回とかめん」

 今度は言い切る前にタロスに殴られる。なんだこれ。

「……確かに、十年も怨念が残るのは良くないわね」

 ジョーの頭が心配になってきたのでそう擁護しておく。

「でしょ!」

「……しかしこの程度、私どもで解決できる問題です」

 アイリーンは勇ましく言うが、そういう問題ではない。

「いや、怨念があるとそれに魂が絡め取られることがあるからね。そうなるとまたここに来ないといけないから、いっそのこと浄化しちゃおうかな、って思ってね」

「……なるほど」

 アイリーンはどこか残念そうに言う。

「あ、貴方達が嫌、とかそんな訳じゃなくて、単純にやらなきゃいけないことが多いから、あまり同じ所にはいられないのよ」

「なるほど」

 アイリーンとタロスはうなずいたが、ジョーは首を傾げている。

「……どういうことっすか?」

 そして、そう尋ねてきた。少し、いやかなりジョーの将来が心配だ。

「あのな、死神の仕事はただ魂を迎えに来るだけではなく、地脈の整備、悪魔の討伐、神託などなど沢山あるんだ。だから手伝いであれその仕事量は多いし、担当する地域も膨大なんだ。……で、合ってますよね?」

「その通り」

 タロスの解説はまさに模範解答だった。

「付け加えるなら、私はお手伝いだからあえて言うなら担当地域は中つ国(なかつくに)全域、ってことかしら」

「……ほえー。こののほほんとした感じの美人さんが、そんなウルトラ超人なんすか」

 ジョーは気の抜けた声で言った。

「ジョーっていつもこの調子なの?」

 そうアイリーンに小声で聞くと、アイリーンは申し訳なさそうにうなずき、タロスはまた拳骨を落とした。

「ま、とりあえず浄化には一週間はかかるから、その間はよろしく」

 そう言うと、アイリーンは嬉しそうにうなずいた。



   * * *



「それで、今は何をしているのですか?」

 次の日、例の丘の周りをアイリーンと歩いていると、アイリーンはそう尋ねてきた。ジョーとタロスには怨念がある地点でアンデッドが湧かないか見張りをしてもらっている。まあ、私がいるのに湧かせたりさせる訳が無いのだけれど、一応念のためだ。

「ん? ああ、これはね、魔法陣を書いているのよ」

「魔法陣、ということは浄化の準備ですか?」

「そうそう。私はなんやかんや言ってお手伝いでしかないから、怨念の浄化ひとつとってもこういう手間がいるのよ」

 この手間の分だけ時間がかかってしまうが、個人的にはこうした時間が楽しみでもある。そのせいで死神達から変わり者と言われるのだけれど。

「なるほど。しかし、この陣はなんだか良くわかりませんけれど、何を描いているのですか?」

「んー? 簡単な三つの陣の組み合わせなんだけどなあ……」

 死神の本質を理解するだけの勉強をしているアイリーンが分からない、というのは以外だった。

「内側に描いた四角に円の陣は何だか分かるでしょ?」

 一応念のためにそう尋ねる。

「はい。東西南北にポイントがありますから、四方の守護天使様の力を借りる結界の一種ですよね? 力を変換する魔法文字が書かれていないのが奇妙ではありますが」

「ああ、それは本当に力を借りるだけだからそれで良いの」

「はあ」

 アイリーンは本当に分かっていないようだった。

「で、今描いているのは陰陽五行の相生と相克の陣を組み合わせたもので、少し相克を強めたもの。あ、化合は描いちゃだめだから、注意してね」

 そう言うと、アイリーンはぽかんと口をあけた。

「ちょ、ちょっとまってください。相生とか相克とか、そもそも陰陽五行って何ですか!?」

 今度は私が口をあける番だった。陰陽五行とそれの元になる風水は、それだけ私たちにとって馴染み深いものだったからだ。歩みを止めないようにしながらしばらく考え込み、二つポイントを打ちおわったあたりでようやく気がついた。

「あー、風水の考え方はこっちの大陸には無かったかー」

 そこだった。私は中つ国の全ての大陸を回っているし、死神もあちこちの大陸にいて頻繁に情報交換しているから、知ってて当然だったが、基本的にあまり生まれたところから移動することがあまり無いヒトが別の大陸の知識、それも魔術に関係するものを知っているはずがなかった。

「風水、とは何ですか?」

「まあ、そういう魔術と思想のことだよ。あまり深く考えないで良いよ」

「え、しかし……」

 アイリーンはまだ疑問があるのか、何か尋ねようとした。

「疑問には後から答えるから、とりあえず話させて」

「……分かりました。それとは話は別ですが、怨念を浄化する手段は私たち人間にはありません。なので、教えてください」

 そう頭を下げたアイリーンの声は真剣そのものだった。

「そう真剣になられてもなあ……。正直、この陣丸写しで出来るから、そんなかしこまらなくても良いよ」

「本当ですか!?」

 アイリーンは嬉しそうにそう言った。

「何なら今からでも描いてあげるから、書くもの用意しといて。解説は陣書き終わってからになるけど。」

「書くものならここにあります!」

 そう言ってアイリーンはどこからか手帳と万年筆を取り出した。

「その万年筆、何気にカートリッジタイプの良いやつじゃない」

「はい! 神殿騎士合格祝いに司教様から頂いたものです」

 木製の万年筆は、良く使い込まれていながら傷一つなかった。よほど大切に使っているのだろう。

「断言するけど、貴女、良い神殿騎士になるわ」

「ありがとうございます!」

 アイリーンは笑顔でうなずいた。手帳と万年筆を受け取り、結構後ろの方の真っ白なページに陣と細かな解説を書きながら、続ける。

「で、そうそう。陣の話だったわね。この陣が描き終わったら外側に水土風火光闇の六大精霊の陣の六角星を描いて、光のポイントにクーレ(cure)、闇のポイントにソムノ(somno)の魔法文字を書けば陣は完成。今日中に陣自体は完成させて、明日から浄化を始めるわ」

「なるほど。確かに簡単ですね。でも、なぜ系統の異なる魔法陣を組み合わせるのですか? そんなことは出来ないはずなのに」

 アイリーンがそう言うのももっともだ。事情を知っている私からすれば、くだらない理由なのだけれど。でも、そういうところがあるからこそヒトなのだろうとも言えるので、なんとも言えない。

「系統の違う魔法陣を組み合わせるのは確かに難しいわ。でも、不可能じゃない。不可能ということにしているのは、様々な教会のくだらないプライドのせいよ。自分以外の宗派や宗教や考え方の魔法なんて使いたくない、というお偉い様方の、ね」

「それは……」

 アイリーンは苦虫をかんだような顔をする。何か思い当たることがあったのだろう。

「……ま、そんなことは置いておいて、とりあえず陣を完成させちゃうから、明日にでも町のヒトに連絡お願い」

「あ、ああ。分かりました」

 陣が描き終わり、解説に入るまで、アイリーンは無言だった。



   * * *



 その次の日から、私は冥界に帰ることもなく起動させた陣の管理を続けた。昼間も中つ国に留まるのは精神的につらいし、陣が起動している間中休みは無いから精神的に休まらない。だけれど、伊達に二百年もこの仕事をしている訳ではなく、一々質問するアイリーンに解説したりもの珍しさから立ち寄った町民を適当に相手しながらでも問題は全くなかった。

 小さい子供たちが私の体は見えて触った感覚はあるのに触ると通り抜けてしまうのが不思議なのか、最初はベタベタ触っていたが、やがて突進してくるようになったのには困った。こけそうになるのを受け止めたり、怪我をして泣き出した子をあやしたりと、とても忙しくなったが楽しかった。ただ、私がものに触れるには触れる部分に集中する必要があるので、子供を支えるたび陣が乱れないかハラハラさせられた。休憩したいときはふらふらしているジョーに子供を押し付ければ良かったので、楽でもあった。

 そして、遊びつかれて子供たちが船をこぎだした頃に、町のおばさんたちとタロスが子供を回収に来るのも、ここ数日で見慣れた光景だった。

「やっぱり子供はいいね、宝だよ」

「……あのパワーにはついていけませんが」

 めずらしく巻き込まれたアイリーンは隣で座り込んでいた。いかつい鎧を着ているというのに、子供に怪我をさせないよう立ち回っていたので、当然だろう。

「その鎧脱げばいくらかマシだったんじゃない?」

「いえ、これは私たち神殿騎士の制服なので、風呂と就寝時以外は脱げません」

 そうアイリーンは荒い息で言う。

「でも、ジョーなんかは良く私服でここらへんうろついてたけど」

そう指摘すると、アイリーンは 「あいつ……」 と怖い声で言った後、こう答えた。

「あいつは後で締める」

「あらら、言わない方が良かったかな?」

「いいえ、ありがとうございます」

 そう言ったアイリーンの目は怖かったので、うなずくだけにしておいた。

「それで、陣の調子はどうですか?」

「まあ、順調だよ。今日の日が暮れる頃には怨念も浄化できるでしょうし、あとは時間を置いて明日見回りして何もなかったら終了かな?」

「……そうですか」

 そうアイリーンは残念そうに言った。

「んー? 何、寂しい?」

 そう聞くと、アイリーンは何も言わずにうなずいた。

「たった一週間一緒にいただけなのに、そこまで寂しい?」

 そう言うと、「はい」 とひと言。

「たった一週間でしたが、色々教えてもらいましたし、一緒にいましたし……。貴女が親しみやすいせいかもしれません」

「そっか」

 本当、アイリーンはいい子だ。私は、どちらかというと変人の部類だというのに、親しみやすい、なんて言ってくれる。お世辞にしても、言いすぎだ。

「なーに、予定が会えば貴女が死ぬと魂を迎えに行くし、それが無理でも冥界で会えるから、ね?」

 そう軽い調子で言う。本当は、そんな約束が出来るほどの余裕はない。だけれど、この子の最期には立ち会いたいと思ってしまった。すると、アイリーンは苦笑して、こう言った。

「何十年先の話ですか」

「ははは、それもそうだね。じゃあ、先の話じゃなくて、今の話だけど、この陣の管理、やってみる?」

「ええっ!?」

 唐突にそんなことを言ってみると、アイリーンは飛び起きた。

「で、でも良いんですか?」

「だいじょーぶだいじょーぶ、というか、陣だけ知ってるより実際にやってみたほうが良いと思うよ。今なら失敗しても私がいるし」

 そう言うと、アイリーンはしばらく考え込んだのち、「はい」 とうなずいた。

「じゃあ、行くよ」

 そう言って、陣の管理をアイリーンに渡す。すると、アイリーンは眉をひそめた。

「なんだか、使ってる力の量の割には楽すぎませんか?」

「それがこの陣の特徴だよ。でも、今日は昼間で風が無いから、闇と風のポイントに心持ち多く力を流してやって」

「分かりました」

 アイリーンはすぐに言われたとおりにした。普通こんな簡単に出来ることではないのに、すごい才能だ。いや、その分の努力もしているのだろうけれど。

「そうそう、その調子」

「教会では四方天使の陣しか使ったことがないので、新鮮です。それに、精霊って暖かいんですね」

 アイリーンは陣から感じたのか、そう言った。

「でしょ。四方天使の力強さも良いけど、精霊の包み込むような暖かさもなかなか良いでしょ?」

「はい、良いですね」

 それから交代することなく、日が暮れる前には浄化しきった。



   * * *



「問題なし、っと」

 次の日の夜、浄化の終わった丘を歩いて確認したところ、問題は無かった。本当は昼間のうちに終わらせるつもりだったけど、やはり一週間徹夜で陣の管理は霊の身にも堪えたのか、予想外に爆睡してしまった。それ以上に、野暮用のせいもあった。

「本当は昼間のうちにあいさつしときたかったんだけどなあ」

「誰に、ですか?」

「ひゃい!?」

 急に後ろから声をかけられ、飛び上がって振り返る。

「あ、アイリーンか」

 そこには、息を切らしたアイリーンがいた。遠くのほうでは、タロスとジョーらしき二人組が走ってきているので、相当飛ばしてきたのだろう。

「いや、町のみんなにね、短い間だったけど、一応、ね」

「なら、明日も来たら良いじゃないですか」

「いや、いい加減ここに留まりすぎてるから、さっさと移動しろ、ってデス様からせっつかれてね」

「それは…………、仕方ないですね」

 アイリーンは、本当に残念そうに言った。ちょうどその頃、ようやく息を切らせてタロスとジョーがやってきて、口々に言った。

「な、何も、言わずに、行くつもり、だったのか?」

「そ、そうっすよ。流石に、それは、ないっすよ」

「あなた達……」

 二人は何か勘違いしているようだった。

「いや、あいさつには行くつもりだったよ。だけど、野暮用のせいでそうも行かなくてね」

「そ、そうか……」

「な、なら良かった、っすかね?」

 二人は納得したのか、そう言った。

「ま、そういう訳で、こんな時間になっちゃったんだけど。三人とも、無理はしても無茶はしないんだよ」

 そう言うと、三人は名残惜しそうにうなずいた。

「じゃあ、ね。命が尽きるそのとき会いましょう」

「おう」

「はいっす」

「……」

 私は、町を背に歩き出した。

「すみません!」

 すると、すぐにアイリーンの声がした。

「なあに?」

 私はそう言って振り返る。

「あの、今更ですが、貴女の名前はなんですか?」

 そう言われて、苦笑する。そういえば、なんで名乗っていなかったのだろう。教えてしまったら、親しみを与えてしまうからだろうか。いや、もう今更だろう。そう考えて、口を開いた。

「ルークタス(luctus)、よ」

「……貴女らしくない名前ですね」

「そうでもないわよ?」

「でも、貴女の名前は忘れません。それに、教えてもらったことも」

 アイリーンなら、忘れることは無いだろう。なんとなくそんな気がする。

「そう。ちゃんと役立てるのよ」

「はい!」

「じゃあねー」

 そう言って、私は町を後にした。

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