春の桜は儚い
この学校にはありがちな、といいたい所だが実はそんなにない七不思議がある。この七つすべてがどこかからパクってきたように実にありがちだが、一部の人々―つまりはこれまたありがちかと思いきやなかなかないオカルト研究会とか―には真しなやかにささやかれている噂がある。
―第四の不思議、桜の木の下には死体がある、というのは真実だ、と―
もちろん一部である。ほぼ97%の生徒は信じていないし、かくいう私、この幽蘭高校通う高校2年、神木利沙もその97%の一員だ。そもそもこれは七不思議ではなくただのホラーと都市伝説ではないかと思う。別に埋まっている確率は0ではない。幽霊なんかと違って現実的だからだ。幽霊なんていない…そう、思っていたのに―……
「利沙、別れよう」
そう、目の前の男に告げられたとき、世界は色を失った。
「え…」
「すまない!いけないと思っても気持ちを止められなかった…お前を裏切るとわかっていたのに…でも、わか…」
必死に言い訳する男の声が遠く聞こえる。心臓の声だけ耳にうるさく響いた。生まれて初めて私は誤解されがちな己の無表情に感謝した。
「本当にすまない!」
上辺だけの謝罪のして頭を下げるこの男を私は冷ややかに見つめた。
「いいよ、別に」
そうそっけなく応じて踵を返す。男はきっと気付いていない。私が彼の目が届かない所にきたとたん全力で学校の裏山へダッシュしたことを。私は薄暗い林にたった一ヶ所日が差す桜の木にすがりついて泣いた。大泣きした。普段の無表情女として通っている私しか知らない人―つまり全校生徒の99%以上―が見たらリアルに腰をぬくことになるくらい泣いた。
―初恋だった。
遅い初恋だったのは私も認めよう。彼は成績優秀。スポーツ万能、それなりに美形の有名人。私は容姿は上の中だと自他共に認めてはいるが、母方の無表情家系を見事に受けついでしまった。むしろ私のように常に眉一つピクリとも動かさないのは珍しい位だ。釣り合う釣り合わないは意見が分かれるであろうし、私も遠くから眺めるだけで満足していた。が、ある日その好きな人に告白されて嬉しくない人などいないだろうし、断れる人もほとんどいないであろう。私もその一人だった。つきあってみない?そう好きな人に小犬のような目で懇願するように見つめられた私には断る理由と鉄の心がなかった。その日私は興奮して眠れなかった。常にハイテンションな父以外はすべて能面な両親と弟の4人家族で暮らしてきた日々は幸せだったが、すべて加してもこの日ほど幸せだったことはないだろう。そうして毎日幸せだった天罰だろうか。一ヵ月後の今日、どん底に叩き落とされた。……それにしても一ヶ月というのは短すぎる気がするが。
どれだけ泣いたのだろうか。時間の感覚が分からなくなった頃。
「なあ」
澄んだ、声がした。こんな顔を見られてはたまらない。あわてて涙をぬぐい立ち上がるが、しかし前後左右を見ても誰もいない。この場合の私の推測は一通りしかないので、なんだ気のせいかと納得し空を見ると夕暮れがかっていたし、さっさと帰って寝ようと立ち去りかけたのだが、
「ってまてやこら、ここやここや」
甘いテノールに似合わぬ関西弁が頭上から聞こえはたと足を止める……
頭上!?バッと顔を桜の木の上に向けて、私は驚きで息を忘れた。
色素の薄い髪をフワリとゆらして、すべてを見透かすような、しかし無邪気さを合わせ持つ目を細めて、形の良い唇をニヤリと歪めて、桜の立派な枝に座っていた人物は笑った。着ている物は我が校の制服だが、この人物が生徒な訳がない。神が不公平だという事実をその身で証明するほどの美形、そしてどこかこの世の人間ではないような浮き世離れした雰囲気。学校でさわがれないはずがない。声がかけられなかったら永遠に見つめ続けていただろう。
「いつまでほうけとんねん」
そう、声さえ掛からなければ。
「え…だれですか」
口をついて出たのはそんな言葉。穴があったら落ちたい。もちろん顔には出さないが。
「あかん!?俺としてことが、笑いの第一歩でつまづいてしもたっ!!」
さっき感じた神秘性をカケラも残さず少年は嘆く。
「俺は桜木桜世や!病弱やさかい。学校の気分を桜はんで感じてんですわ」
ああ、だったら知らなくて当然…だけど。
「どうやってその木に登ったのですか?」
この木は昔からあった物で、私もよく知っているのだが、男というものは木登りなるものにロマンを感じるらしく、よく近所のクソがキ共が挑戦をしては無様に失敗していた。無理もない、4メートルを余欲で超える高木で、その上地上から¾はつるつるなのだから。まあ、最近は死体が埋まっている、などという馬鹿げた話に妙なリアリティを感じる阿呆共が増えたため、滅多に人が寄らなくなって私の癒し所になっているが。
「企・業・秘・密・や♡」
速攻聞かなければよかったと後悔した。美形のハートマークはやはり破壊力が高い。
「はあ……」
この場合はなんて反応していいのだろうか。
「なんか反応しぃや…」
イケメン黄昏れていていても絵になる。
「ま、ええわ。そんで、自分名前は!?」
そのようなパッパと切り変わるテンションがほしい。父のテンションがどうせならほしかった。
「高校2年神木利沙です。」
「そうなん?せやったら同じ年やんな!」
どこか幼さを残すも整った顔は無邪気に笑みを堪える。私もつい連れられて笑ってしまう―訳もなく、いつも通りの無表情だった。
「なぁ、なんで泣いてたん?」
内心ではすこしほほえましい気持ちになっていた私は、この一言で固まった。
―美形だけどデリカシーがない
これが桜木桜世の第一印象だった。
その後見られたはずかしさと見てたなら声をかけろよとか、デリカシーってもんがないのか貴様はとか色々恨み言が脳内を飛びかって、何かよくわからないことを口走って家に逃げ帰った私は、現在絶賛後悔中だ。美形をもっと見ておけばよかった!ではなく―いやもちろんそれもすこしあるが―なぜあんな男に恋をしてしまったのか、ということだ。今私がいるのは屋上―のドアの後ろだ。普段からクラスメートから無表情の所為で孤立している私だが、それでもいつの時代にも変わり者はいる訳で、小川美希という友人がいた。今日は休みだったのだが、別にそれだけで昼休みに弁当を持ってわざわざ屋上まで来たりはしない。高校以前は常に一人だったから。しかしどうも昨日のことが伝わっているようで、「神木ふられたんだってよ」「え~早くな~い?」「でもあの無表情じゃな」「確かに―」「顔はかわいいのにな」「でも、いいよべつにとか言ったんだって~」「うわっ○○くんかわいそ~」「まあ、あれじゃあな」「ふられてもしようがないよな」「うん うん」
などというひそひそ話を全員でしては、そっちを見ると一斉に目をそらす。こういうイジメとも思われる行為を朝からくり返されている私にも限界がくるというものだ。ランチタイムのチャイムが鳴ると同時に居心地の悪い教室を出て、屋上に向かった。屋上にはあまり人が来ない。どうもこの学校には迷信深い生徒ばかりが集まっているようで、第二の不思議―屋上から飛び降り自殺をした生徒は未だに自分の上履きを探している、というのを信じているのだ。私からしてみればなぜ飛び下りておいてまだ彷徨うのか、とかなぜ脳みそとかではなく上履きを探すのか分せない。絶対にそっちのほうがグロイし恐い。そして脱線してしまったが、屋上についた私は屋上から声が聞こえたことに一瞬惚けてしまった。人にもよると考え、耳を澄ませると、聞こえてきたのはあの男の声。もう関係はないがなんだか気まずいなと思い踵を返そうとしたら、私の名前が聞こえてきたのだ。別にそこまで気になる訳ではない。大切なことだから2度言うが―断じて気になる訳ではない。
偶然聞こえたのだ。聞こえてしまったのだ。ドアのすき間に耳をあて―盗み聞きではない―ると、私の話題で盛り上がっていた。光栄に思うべきなのか?
「お前、あの子もうふっちまったのかよ―?」
「まぁな」
「もってーねーな」
「つってもあれじゃあなぁ」
「やっちまってから捨てた方がよかったんじゃねぇか?」
「いや、あいつすっげ―こえ―の」
「たしかに」
「「「ギャハハハハハッ」」」
ここから私はもう胸の痛みを感じなくなってきた。
「一ヶ月・長いのだな」
「罰ゲームで負けたお前が悪い」
「そうだけどよぉ~」
「顔だけはかわいいよな~」
「気に入ったら一ヶ月以上付き合ってやってもいいと思ったけどよ」
この瞬間から私の悲しみは怒りと蔑みに変わった。もちろんあのゴミに対してもあるけど、それ以上に、自分へと。あんな安っぽい男に恋をした、愚かな自分。上辺だけを見て選んだ尻軽な自分。あんな物を見てしまった運のない自分へと。
そして冒頭へ戻る。
だんだん面倒くさくなってきた私は、中庭のベンチへと向かった。どうも以下略第五の不思議―中庭のベンチで当たって死んだ生徒は未だ自分のウィンナーを探している、というのを信じている。……最初にありがちな七不思議といったが、訂正する。ありがちな七不思議のギャグバージョンだ。ここにも桜はある。弁当を食べながら桜から連想する、忘れたくても忘れられない昨日のあの少年―別に忘れたい訳ではない、美形だし―を思い出していた。不思議な雰囲気をまとっていた。何者だろうと言えば桜木桜世だし―それにしても桜がよっぽど好きなんだな―また、会いたい、かもしれない。そう思ったことにはっとして、思わず赤面―ただし内心だけ―した時、
―せやったらまた来いや―
どこからか、そんな声がした、ような気がした。まさかと思って目の前にある桜を見ても、人間はおろか、動物の気配さえしなかった。
常に能面のためだれにも分からなかったであろうが、ずっと上の空だった授業で出した結論は気の所為だったという夢もくそもないものだったが。とりあえず行って見ようか放課後に裏山へと向かった。うちの学校はありそうでないものをちゃんともっている点ではすごいと思う。
―いた
昨日と同じ位置に桜木くんは座っていた。
「来てくれたんやね」
そう、嬉しそうに桜木くんは言った。
「はい、桜木くん」
なんだか呼び方がしっくりこないな。
「ああ、好きな呼び方で呼んでくれや」
ぞくりとした。まるで私の心を読んだみたいだ。
「じゃあ、桜木くん、桜世くん、桜くん、桜さん、W桜―」
「どないしてや!?なんやそのけったいな呼び方…」
「えっ、じゃあ桜ッ―、桜々、SA、KU、RA、さらく、くらさ、らく―」
「あかん自分ネーミングセンスワヤやで!?」
「おすすめは桜ツー、SA・KU・RA、くらさです」
「どないしてケッタイランキングスリー持ってきたん!?」
「もしくは、らくさ、くさら、さくらキュン、さっちゃん、くっちゃん、らっちゃ―」
「どげんしようもう自分手遅れやで!!?」
「え―」
なぜ私はここまで言われなくてはいけないのだろう。この野郎こそもう手遅れなんじゃなか?名付けは私の数少ない特技だとおいうのに。雪の日に拾った捨て犬につけたキャンキュンという―鳴き声的にそうだった― 名前は家族は大好評だったのに。「ええ、ここがあなたのいい所よ」「さっすが僕の娘だよ―♡独創的だ!!」「うん…姉ちゃんはやっぱり姉ちゃんだ」最後はよくわからなかったが。
「あかんあかんあか―ん!」
だというのにこの野郎はどこが不満なのだろうか
「自分子供になにつけんのや!?」
「えっ、どもこ、もこど、どこも、うじよ、じよ―」
「やめてやりや!あかん俺もう泣きそ…」
大丈夫かこの野郎。どうやらこいつのネーミングセンスはかなりおかしいようだ。そっとしというてやろう。
「俺が名付けの基本を教えたる!!」
かわいそうに、どこにでもいるのだろう。このような自分の考えを押し付けたがる人種は…
―と思っていたのだが、どうやらこの人は相当ネーミングセンスがない。
二時間ぶっ通し名付けの講義を聞いてそう思った。少し可哀想になったが、大丈夫だ。イケメンならほとんどのことが許される。
―イケメンで人生勝ち組なのにネーミングセンスがない
これは桜木桜世の第二印象だった。
―夏だ。
早いとか言うな。誰もが思ってんだ。
結局、桜木桜世を桜くんと呼ぶことになった。こんなダサいランキングトップのなにがいいのかと聞いたらなぜか非常に微妙な顔をされた。あれから三ヶ月、桜くんとは毎日雑談のようなものをしたけど、桜くんはいつも枝の上にいた。私はのぼれないし、桜くんは下りてこないから私はいつも桜くんを見上げている。
―さびしい。
最初は満足していた。いくら一人に慣れているといっても私は花(?)の女子高校生。友達一人じゃあさびしいから、気楽に話すことができる桜くんの存在は有難かった。でも、だんだんともやもやとした、得体の知れない気持ちが芽生えてきて…。もっと桜くんの近くにいたい、もっと桜くんを知りたい、もっと桜くんを見たい…。その気持ちの正体を知ったのは二週間前。あのクズに彼女がいると聞いても全く思わなかったこと。そしてそれを桜くんに話したところ、俺に恋人はおらんなあ、というつぶやきで安堵したこと。
―好きになったんだ。
我ながらどれだけ移り気なんだと呆れるが、好きになってしまったものはしようがない。告白は…いつかはする。必ずするけど、とりあえず毎日桜くんに会えるという幸運に感謝しよう。
―この時、私は考えもしなかった。桜くんに会えなくなる日がくるなんて―
「ねえ、利沙ってば、告白しないの?」
「…しない、まだ」
「え~?もう、その好きな人ってすっごく美形なんでしょ!?取られたりしたらどうすんの?」
私は今恋バナをしている。まさか在学中にこんな話ができるとは思わなかった。やはり私は尻軽なのだろうか。
「さらに、利沙はその人のこと歳と名前しかしらないでしょ?彼女はいないっていってもね、美形なんだからモテルの!当たり前でしょ!?利沙はかわいいけどつるぺただし、無表情だし、テンション低いから女の子として意識されてないかもよ!?ナイスボディのお姉さんに迫られたらコロッといっちゃうよ!?毎日話してるってことは嫌われてないの!それに話だとその人変人でしょ!?だったらロリコンかもよ!ほら、利沙にもチャンスがあるわ!告白から発展する恋もあるの!そんな女の子として意識されるかもよ!?まずは告白よ告白!!!ガンバレ―!想い立ったが吉日、今日よ!告白しなさい!!いいわね!?」
……あれ、なんだろう目―心の目だよ―から汗が…いいのだ、これから成長期なのだから。
「ムリ」
「ガンバ☆」
キラッと白い歯を見せ、いい笑顔を浮かべる美希。
「…ムリ」
「ガンバ♡」
グッと親指を立てニッコリとほほえむ美希。
「… …ムリ」
「ガ・ン・バ・♡」
グッと両手の親指を立てニコニコする美希。
「… … …ム―」
「ああんっ!?」
「やらせていただきます」
勇気のない私を許してください。…誰が…?
私はいつもなら軽快な足とりではずむように行く裏山への道をのろのろと歩いていた。ああ…桜の木が見えてきた…。胃が痛くなってきた。フィクションでよく神経質キャラが悩んだりするとき、胃が痛いなどという症状をうそくせ―などといってバカにした罰だろうかこれは。私は桜の木の下で手を振る桜くんを見て、さらに胃をキリキリと……?…あれ、下ぁ!!?
「桜くん、下!?」
胃の痛みなんかすっぽぬけた私は全速力で桜に向かった。
「あれ…そんなに驚くもんなん?」
そうに決まっている。私ガ何度頼んでも下には下りなかったのに。
「どうして?」
苦笑している桜くんをちょっと睨みながら問うたが、桜くんは笑みを消し、空を無言で見上げただけだった。なぜか声をかけてはいけないような気がして、私は押し黙った。体感時計で、約5分経ったころ、ようやく桜くんは私を見た。
「せやな…。自分、この桜の噂、知っとる?」
噂…?あれか?
「第四の不思議…?」
「そうや」
だからなんだというのだろうか。
「あれなぁ…」
いつもの桜くんらしくもない曖昧な喋り方。
「ほんまもんなんや」
「……は?」
なにを言うかと思えば、桜くんも中二…オカルトマ…少年の心を持つ者か。そう言えば外見に惑わされていたけど、桜くんは変人だったな。
「いやいや、ちゃうて。ほんまやほんま」
「大丈夫。桜くんはイケメンだから大体の変人行為は許されるし。あ、でも変態行為はやめた方がいいと思うよ」
「せやから、ちゃうねん。死体はほんまに埋っとんねん」
全くしようがないヤツである。せっかく私が道を示したと言うのに。
「じゃあ、どうして桜くんが知っているの?」
あまりそっけなくすると、非行にはしりやすいよな。でも、そんな母性モドキのようなものは、桜くんの次の一言で粉々に打ち砕かれた。
「せやかて、埋っとるんは俺やもん」
「…は!?」
ダメだな、私。桜くんがここまで重度の中二…大きな少年魂があったことに気がつかないなんて。
「嘘ちゃうよ?あ、あかん…もう時間や」
「桜くん!!?」
嘘……桜くんが……透けてる…!!?
「あ…説明すると長くなってしまうから、一言で言うとやな、ある日刺されて死んだ。俺の死体は犯人がここに埋めて、俺の霊は未練を果たすために桜の木を媒体にして化けてんやけど、未練を果たしてしもうたっちゅうことや」
「…え?え?」
「犯人は女の子やんど、俺が死んだ後に自殺してしもたらしいんやわ」
「は?は?」
「未練は、やな。俺はほれ、まあイケメンやろ?せやからモテてモテて…じゃけんど、好きな子ぉができなくなってしもたんや。死の直前に願ってん。好きな子ができたいって。俺ってめっさ健気とちゃいます?」
「え?え 好き、な…」
「いままで、おおきに、利沙のこと、好きやでえ」
話している最中もどんどん薄くなっていた桜くんは、この一言を言い終わったと同時に、
消えた――