第一話 第二節
さて、簪を買ってしまったが為にちょっぴり懐具合が寂しくなった我らが華霄隊。(なんて。そんな言い方をしたら絶対に華霄に怒られるけど。)こんなときにどうするかと言うと―――
「初にお目にかかります。私は白圭洞は延狼君に乙返しております華霄と申します。よろしくお見知りおきを。」
そう、大切なのは挨拶、そして人脈を広げることである。で、現在さらさらと言いなれた文句で挨拶をしているのが我ら華霄隊の隊長、華霄その人。この人、本当に愛想笑いが似合うんだ。で、誰に挨拶をしているかと言うとこの街にある廟の主にである。だいたい、何処の街にもたくさんの廟があるが、やはりその中心的存在となるのが土地神様のいる廟だ。土地神様はその土地に縁のある人(稀に人でないこともあるけど)がなることが多いので情報をたくさんもっているし、何しろ顔が利くので、ここ最近、付近の街で困っている人はいないか、一体どんな悩みなのかを聞きに来ているのだ。
「ああ、そうかしこばらなくてよいよ。私はこの辺りの土地爺を任されている宋節という。―――まあ、生前の名など何の意味も持たないがね。」
目の前に立っているのは初老の男性だ。神様に年齢は関係ないのだから初老という言葉は正しくないのかもしれないけれど。黒髪の中混ざる白髪は少なくない。目元の皺は笑顔になると一層濃くなる。だから、やはり初老と言う言葉がぴったりだ。その彼に華宵はひと通りの挨拶の言葉を述べ、突然尋ねた無礼を詫び、少しの世間話をした後に本題に移った。
「―――では、岱祐の街に?」
「ああ、何でもあちらの爺様も困っているらしい。あまり大仰に頼みに来るのでそろそろ何とかしてやらねばならんと思いつつも、そこの主の評判はあまりよくないのでな…。困っとるらしい。」
少し困った顔をして紡がれた言葉は、その実かなり困っていることをにおわせている。
「評判が悪いとは?」
華宵もつられて困った顔をして聞いている。やはり、助ける人の人間性というのも大切だ。悪人だからと言って絶対に助けないわけにもいかないし、善人だから何時でも助ける、というものでもないらしい。
「いや、そんなに酷い人でもないんだがね。何でも高利貸しで一代の財を築いたとかで…。まあ、少しばかり業突く張りだ、という程度かの。しかし、相談事はそこの主自身のことではなく主の娘のことらしい…。高利貸しで人には酷いことをしておってもやはり自分の娘はかわいいらしい。娘自身は評判の良い子なんだがね…。」
ふう、と溜息をつきながら話す土地神様は先ほどよりも一層困った、と言った顔をしている。
評判のあまりよろしくない高利貸しに、親とは似ても似つかぬ評判の良い娘―――。まるで物語のような話だが、まあ、物語なんてものは大体見たり聞いたりしたことがモトになってることが多いのだから仕方ないのかもしれない。しかし、それだけだったら別に土地神様も困ることはないんじゃないか?娘を助ければ親も改心するかもしれないし、むしろこれは改心させる絶好の機会になるんじゃないか…?
そんな風に自分で勝手にいろいろ考えていた僕の耳に届いた言葉は、その場にいた全員を固まらせるに十分だった。
「しかしどうやら娘はな、―――幽霊に惚れとるらしいんじゃよ。」