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片翼の少女 ~女騎士の護衛理論~  作者: 猫柳
第二章  さまよう面影
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 少女は薄暗い小道を駆けていた。


 髪をゆるく束ねていたリボンは既にほどけ、やや薄汚れた金茶の髪が少女の動きに合わせて踊る。大地を蹴る少女は靴が脱げてしまったのか、右足だけ裸足だった。道の小石が足を傷つけ、血が滲んでいる。

 少女を突き動かしていたのは、ただ純粋な恐怖だった。足を止めれば、途端に恐怖に飲まれてしまう。


「待てよガキが……ッ!!」


 少女の後を追うように、数人の男たちが小道に躍り出てきた。その声に反応して後ろを振り返った少女は、ほんの小さな段差に足を取られる。


「きゃ……」


 急速に石畳が迫ってくる。襲ってくるであろう痛みに耐えようと身をすくめた少女は、しかし、自分を受け止めたのが硬い石畳でなかったことに驚く。


「……大丈夫?」


 ふわり、と風のような何かが軽く自分の体を受け止めた後、そこに細い腕が入ってきた。その腕は少女をしっかりと抱きしめ、支えてくれる。

少女が顔を上げると、視界に黒が飛び込んできた。

 黒い髪に、黒い瞳。そして象牙色の肌。

 年は少女と大して変わらないだろうか。むしろそれ以上に幼く見える顔立ちをしているものの、彼女のまとっている雰囲気は力強く、悠然としていた。


「ちょっと、お兄さん達?こんな可愛い女の子追い回すとか何考えてるの」


 呆れたような挑発口調で、黒髪の少女は少女を背の方に回しながら男たちを見据えた。


「他人が割り込んでくるんじゃねぇよ、どっか行きやがれ」


 男達の殺気立った言葉に、黒髪の少女の瞳が細くなる。


「た、助けてください……、あの人たち、奴隷商です!!私、捕まりそうになって、私逃げられたのだけれど、弟、捕まって……ッ!!」

「……奴隷商」


 何故こんな、同い年にも等しい、下手したら自分よりも年下かもしれない人に助けを求めているのかわからなかった。

 けれど、彼女以外に、少女に縋れる人物がいなかった。


「……分かった。下がっててね」


 黒髪の少女の言葉に、少女は後ろに下がる。そこで初めて、黒髪の少女が一人でないことに気づいた。


 もう一人、黒髪の男が少女の少し後ろのところに立っていた。腰に剣を吊った、細身の男だ。


「ラグナさーん、後ろ任せたー」

「バカッ、突っ走……無、茶をなさらないでください!!」


 黒髪の少女がくすりと笑いながら、腰に吊っていた剣を引き抜いた。


「月神モンフィスの名において請う、風よ、我に力を……!!」


 少女がそう呟いた途端、少女の握っていた刃が白銀の光を放った。ブゥン、と小さく唸り、刀身に白い風が渦巻く。


「さて、誰から来る?」


 にっと笑った黒髪の少女に、男たちはわずかにたじろいた。


「魔術師だと……?どういうこった……」

「落ち着け、魔術師ならば剣術は見せかけだけだ。あの髪、あの肌、あの瞳。売り物としては悪くねぇ」


 男たちのその考えは、一瞬後裏切られることになる。

 軽さを重視した細い長剣が、目にも止まらぬスピードで飛び出してきた。手前にいた男の手を切り裂くと、そのまま間をすり抜けて他の男の太腿を薙ぐ。


「遅いッ!」

「背中を見せるな馬鹿ッ!」


 男達の間をすり抜けた少女の背に、重量のある大剣が迫る。しかしそれは飛び込んできた細身の男が、鮮やかに受け流した。

 少女はただ、呆然と黒髪の少女の姿を眺めていた。


 最初の隙を突いた攻撃以外、黒髪の少女の剣さばきはけして圧倒的な強さなどはなかった。しかし、途中から参戦した男が黒髪の少女に合わせて、彼女の隙をカバーしていく。

 奴隷商達が雇っている傭兵は、けして弱くない。それは少女自身、ここまで逃げてくる間に痛感している。


(この二人は、何者……?)


 いつの間にか戦闘は終わり、すこし不満そうな黒髪の少女が、剣を収めながら少女のもとへとやって来る。


「大丈夫?どこも怪我してない?」

「は、はい……」


 黒髪の少女は、座り込んでいた少女の手を取って立ち上がらせる。すると、黒髪の少女は驚いたように声を上げた。


「って、あー、靴脱げちゃってるね」

「え……」


 指摘されて、改めて靴が脱げていたことを思い出す。

 ちらりと覗いてしまった自分の足は、皮が剥けて血だらけになっていた。今まで形を整えていた爪はボロボロになり、爪の内側で血が溜まり赤黒くなっている。緊張と恐怖で抜け落ちていた痛覚が、それを見た瞬間にじわりと染み出した。


「ッ……」

「……、痛かった、よね。怖かったよね」


 石畳に落としていた視界に、不意に膝をついた黒髪の少女の姿が映った。そのまま、背中に腕を回され、ギュッと抱きしめられる。


「大丈夫、もう大丈夫だからね。私があいつら全部倒してあげるから。だからもう安心して」


 彼女の言葉は、在り来たりな言葉だった。それでも、何度も繰り返される言の葉が、ゆっくりと染み込んでくる。

 胸の中から熱いものがこみ上げてきた。それが溢れないように唇を噛むと、黒髪の少女がぽん、ぽん、と背中を叩く。


「今は泣いていいよ。怖かったでしょ。辛かったでしょ。我慢しなくていいんだよ。泣いて、泣いて。ね?」


 堰を切ったように、感情が溢れ出した。そのまま少女は黒髪の少女の方に顔を埋め、大声を上げて泣きじゃくった。








「……お見事」

「やー、ああいう追い詰められた子は見慣れてるもんで。それにしても、大丈夫かな。すぐ泣き止んだけど、多分結構ストレス受けてるよあの子」


 騎士団に保護された少女の後ろ姿を見送りながら、私は眉を八の字にした。


「大丈夫だろう。なんにせよここから先は王都騎士団の仕事だ、俺らの手の出せるところじゃない」

「分かってる。宰相のところに帰りますか」


 くるりと踵を返すと、私の後を追ってラグナさんが歩き出す。


「見てました?ラグナさん。ちょっとは強くなりましたよね!」

「バカ言え。ただ剣を振り回していただけだろうが。……で、さっきのはなんだ」

「あれはですねー、咲夜をなだめる時の常套句です。あの子ねー、強がっていつも泣かないんで、無理やり落ち着かせて泣かせちゃうんですよ。無理に我慢させると後がキツイですから」

「いやそっちじゃない。月神モンフィスの名においてなんちゃらというやつだ」


 あー、と小さく唸る。


「あれは遠回りに私と月の巫女を結びつけてもらえるように作った適当な文章です。エフェクトは風属性魔術。敵も威圧できて一石二鳥」


 風属性魔術というのは、いわゆる風の精霊による精霊魔術である。

 この世界で言う魔術というのは一般的に『言霊』の力で無から有を生み出すものと、世界を構成する『精霊』に語りかけてその力を借りるものの二つがある。精霊魔術はこの後者に当たり、自分の魔力を周囲に拡散させ魔力で精霊に助力を請うことにより、言葉とは関係のない別の魔術を使うことができる。


「お前いつの間に属性魔術なんぞ習得したんだ……」


 私の説明に、ラグナさんは呆れたような驚いたような呟きを漏らした。


「結構前から使えましたよ?この前も回復魔法使ってましたし」

「……あれ、お前流の強がりだと思ってたんだが。回復魔術に属性魔術?お前剣術よりも魔術の方が才能あるんじゃないのか?」

「まさか。この世界の人は基本的にオールマイティな魔術才能の持ち主らしいじゃないですか。特に属性とか種類とかに縛られないって」

「魔術を使える人間は基本的になんでも使えるらしいが、そもそも魔術を使える人間が少ない」


 ラグナさんの呆れたような感心したような声に、背筋を冷や汗が伝う。


「……みんな使えるんじゃないんですか?」

「んなわけあるか。そうだったらこの世界もっと楽になってる」

「デスヨネー」


 ミスった。みんな普通に使えるものだと思って普通に使ってしまった。実はさっきこっそり少女が泣いている間に脚の怪我とかも治しちゃったのだ。あとで騒がれたらどうしよう……って、別に騒がれるために活動してるようなものだからいいのか。


 まぁ、深く考えないことにしよう。


 自己完結した私に、ラグナさんがちらりと視線を向ける。


「それよりも、帰ったら素振り三千本な。剣筋がブレすぎてる。剣筋のブレが収まるまで稽古中止」

「いやいやいや、三千とか無理ですから。鬼ですかあんた」

「それぐらいやろうと思えばできる。まぁがんばるんだな」


 軽く言ってくれる。心の中で小さく舌を出しながら、私達は揃って大通りを歩いた。

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