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片翼の少女 ~女騎士の護衛理論~  作者: 猫柳
第一章  異世界
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6

 それからしばらく経った、ある日の昼下がりのことである。


「……はい?お客さん?咲夜じゃなくて?」


 木刀を手作りのカカシっぽいものに向かって振り下ろしながら、視線だけを脇の方にいるラグナさんに向けた。


「巫女姫じゃない。なんでか知らんが、宰相殿が来てる」


 ラグナさん自身も理由は知らないようで、私は小さく首をかしげた。


「……私、会ったことないですよね?」

「むしろお前俺ら以外に会ったことあるのか?一応召喚の儀の時には居たはずだが、こんななんの取り柄もない小娘に何の用なんだか」

「自分で卑下する分にはいいんですけど人に言われるとめちゃくちゃムカつくんですよねー殴っていいですか」

「殴れるものなら殴ればどうだ?」


 お言葉に甘えて木刀を振り被り、ラグナさんめがけてブンブン振り下ろす。しかしラグナさんは涼しい顔で私の攻撃を避けながら、「客人が来るんだからたまにはまともな顔をしろよ」と余計な忠告。


「さ、流石にそれぐらい言われなくても分かってますよ!」


 流石に客人が来るのに、騎士団の人から譲ってもらったダブダブのシャツとズボンをまくりあげた格好で出るわけには行かない。せめて背丈にあったズボンがいい。


「基本、正装といったらドレスだからな。丈が合っていようといなかろうとズボンはダメだからな」

「……ラグナさん、実は人の心とか読めちゃう超能力者なんじゃありませんか?」

「お前自分の顔を鏡で見てみろ。誰でもわかる」


 木刀を振り回しながら中庭を約一週鬼ごっこしたところで、私の体力に限界が来た。肩で息をしながら木刀を立て掛ける私に、ラグナさんがまた鼻で笑う。


 ここ数日欠かさず素振りを行っているおかげで、そこそこ長い間振り回すことはできるようになった。……最も、コントロールできるか、はまた別問題。力任せに振り回すのではなく、ちゃんと木刀を止められるようになるのが目標だ。


「腕の調子はどうだ?動きを見る限り痛めてはいないようだが、そろそろ音を吐きたい頃なんじゃないか?」

「私がそう簡単に音を吐くとでも?ご心配はご無用、回復魔法を併用してますんでね!」


 心配するというよりも見下すような言葉に、ふふんと鼻を鳴らす。

 回復魔術は、全身が疲れる代わりに患部の痛みをとることができる。数日前に読んだとある手記に乗っていた『役立つ魔術厳選集』のうちのひとつだ。私は特に現在、素振りで腕を酷使しているため、これはそこそこ重宝している。最もラグナさんとの木刀鬼ごっこのように全身を使い始めたらあまり意味がないのだが。

 その重宝する手記の書き手がまたチャレンジ精神旺盛な女の子で、書庫で漁ったらしいいろんな魔術を試しては、感想と利用方法を模索したあとが残してあった。もしや有名な研究者か何かだったのかもしれない。とても分かりやすい掘り出し物だ。


 閑話休題。

 今考えるべきは、宰相なるお客様についてだろう。

 召喚の時にいた、と言われても、ほんの三十分ほど同じ空間にいた、というだけで、そもそもあの場には二十人近い人間がいた。直接話したのは国王だけだし、ほかの人なんて覚えていない。会ったことがないのとほとんど変わらない。


 濡らした手ぬぐいで顔を拭きながら、私は中庭を出た。


「それにしても、なんでいきなりこっちに来るんですか?私なんかに会いに来る人なんて滅多にいないのに」


 そこそこの距離を置きつつ後ろから付いてくるラグナさんに、私は問いかける。


「恐らく、今回は収穫祭の件だろう。一応お前も巫女だからな」

「あぁ、そういやそうでしたっけ」


 収穫祭、ということはこの世界では今の季節は秋であるらしい。今まで気にしていなかったが、どおりで冬と比べて暖かいわけだ。

 異世界トリップというやつは、四季の時間も飛び越えるらしい。


「宰相殿は神官長も兼任してる。そのまま神殿に連れてかれて行儀作法から叩き込まれるかもな……」

「げ、嘘……」


 私が顔をしかめると、ラグナさんは面白そうに笑みを浮かべる。


「……嘘ですね!?今からかったんですね!!」

「さぁ、どうだろうなぁ。俺は宰相殿の真意が読めないからなぁ」

「顔に『でもそれはないだろうなぁ』って書いてあります!!」

「お前が着替える間宰相殿の相手してるから、早々に来いよー」


 ニヤニヤと笑いながら部屋を出ていくラグナさんを尻目に、私も憮然としつつ着替えを手に取る。

 クローゼットの中には、あらかじめ普段着とおしゃれ着らしいドレスが五種類程度ずつ放り込まれている。今日はいつも使っていない、デザイン重視らしいレースやフリルの多い、かつあまり派手すぎないものを引っ張り出した。


 こういうとき、本当は着方とかをちゃんと確認できる人がいればいいんだけれど、私には侍女がいないため、なんとなくで着るしかない。


「咲夜ならここ最近ドレス着まくってるっぽいし、多分知ってるんだろうなー。着方聞いときゃよかったなー」


 ぶつぶつと呟きながら、ふと咲夜との会話を思い出す。


「……まったく、何の用なんだか」








 どうにかこうにかドレスっぽいものを着込んで、離宮の入り口近くにある客間に足を運ぶ。軽く扉をノックすると、内側から扉が開かれた。


「遅かったな」

「ごめんなさい。ドレスの着方わからなくて」


 ラグナさんは軽く眉をあげ、私を軽く眺めた後「それであってる」と言った。

 部屋の中を覗くと、中には見知らぬ男性が一人、ソファーに腰掛けて上品に紅茶を飲んでいた。


「遅れて申し訳ありません。関口千香と申します」


 扉をくぐり、軽く礼をすると、宰相は立ち上がってにこりと笑った。一つに束ねた柔らかな金の髪が彼の動きに合わせてわずかに揺れる。


 銀縁のメガネの奥の切れ長の瞳は、晴れた日の空のような鮮やかな青。白磁の肌にその瞳が映えること。

 ラグナさんの切れ味の鋭い印象とは反対に、彼は柔らかな太陽のような印象があった。爽やかで、どこまでも綺麗な。


「こちらこそ、突然押しかけて申し訳ない。国王陛下より宰相の職を賜っております、イヴァン・シンクレアと申します。以後お見知りおきを」


 さりげなくてを差し伸べられたので、少し戸惑いつつも握手をする。


「今日は一体どうしたんですか?何かありましたか?」

「えぇ、いくつかお話したいことがありまして。……ラグナ」


 イヴァンさんがラグナの名前を呼ぶと、ラグナさんは一瞬戸惑ったような様子を見せた。しかし、イヴァンさんの無言の笑みに、渋々といったような様子で部屋を出ていく。なるほど、これがいわゆる人払いというやつか。

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