5
中庭にたどり着いたところで、ちょうど向こうからやってくるラグナさんを発見した。
向こうは私を見るなり、訝しむような視線を容赦なく向けてくる。
「どうした?こんなところで」
「いやぁ、ちょっとお願いがあって」
言い出しにくく、つい歯切れの悪い言い方になる。それに更に不審そうな目を向けられさらに言いにくく……悪循環だ。
ゆっくりと一回、深呼吸をする。落ち着け。
「私に、剣術を教えて欲しいんです」
まっすぐとラグナさんの瞳を見据える。わずかに上にある深い青の瞳は、一瞬固まった後、今まで以上に鋭い光を宿した。
「……一応聞く。なんでそんなこと考え始めた?剣術は遊びじゃない。好奇心からならやめておけ。お前の身を守るのは俺たちの仕事だ、俺らに身を任せておけばいい」
お遊び。好奇心。私の心の中で、決意の土台の横っ腹を思い切り蹴りつけられた。でも、崩れない。崩れられない。
「貴方がたがいつまでも守ってくれるなんて、そんなこと私は思ってない。だから私は少しでも自分の足で立つ力が欲しい。そういうことです」
この世界で生きていくとして、今の状況、王宮の保護があれば、いくらだって私たちは、ここで安全に暮らすことができる。
でも、それは利害の一致があればこそ。無条件で保護し続けてくれるわけではない。咲夜を利用して何かをしようとするかもしれない。邪魔になって切り捨てようとするかもしれない。
咲夜の人脈は、それを防ぐ予防線となるだろう。けれど、万一王宮から逃げることに――国を敵に回すことになれば、国の上層部への人脈がどれくらい役に立つかわからない。
もし、何かあったら。私は彼女を守って戦えるだけ強くならなければならない。
もちろん、そんなの簡単じゃないって知ってる。誰かを守りながら戦えるようになるには、いったい何年かかるだろう?でも、やらないよりはやった方がマシ。
少しでも、力が欲しい。
しばらく私を覗き込んでいたラグナさんは、ひょい、と皮肉げに口の端を曲げた。
「で?剣術を学んで、その刃を誰に向けるつもりだ?よもやフィアーセの騎士に対して、国家に牙を剥くから教えてくれなどと頼んでいるわけではないよな?」
「……あ、当たり前じゃないですかー」
考えてましたなんて口が裂けても言えない。
引きつっていた私に、ラグナさんが相変わらずの冷たい笑みを向けながら、何かを放り投げてきた。反射的にそれを受け取り、その重みに目を丸くする。
「重っ……」
まるで鉛かと問いたくなるような、無駄に重い作りの木刀。かつて剣道をやっていた折に普通の木刀を構えたことがあるが、その太さのせいか記憶以上の重さだ。構えるだけで切っ先がわずかに震えて、これではまともに振れる自信がない。
「さっきも言っただろう、これはお遊びじゃない。それが一般的に使われる両手剣の重さだ。それを振り回せるようになったら初めて体さばきを教えてやる」
手の中の木刀を軽く握り直した。中学で部活を引退してからも、素振りと型の練習続けていたから、普通の竹刀なら軽々使える自信がある。けれど、今木刀を握る感覚は、まるで初めて竹刀を握った日に戻ったかのようだ。
――剣道や柔道は、武道、戦うための修練だ。サッカーや野球のようなスポーツとは違う。それを心に刻んで稽古をしろ。
かつての恩師が、そう言っていたのを思い出す。
今から私が背負うべき覚悟は、きっとこの木刀の重みと等しい。部活の時の軽い竹刀とは違う。この世界では、本気で命を賭ける。
私は、それを背負えるだろうか。
ラグナの視線を感じた。無理だろう?とでも言うように。
あぁ気に入らない。私はその木刀を両手でつかみ、ラグナさんに笑みを返した。
「言いましたね?これが本気だってこと、証明してみせますよ?」
「口先だけなら何とでも言える。行動で示して見せろ」
侮る様なその視線、いつか必ず覆してみせる。
私の決意をあざ笑うように、ラグナさんが鼻を鳴らした。……前言ちょっと撤回。
こいつ、いつか必ず地に這い蹲らせてやる……ッ!