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そんなことを考えながらとろとろとベッドの中で惰眠を貪っていると、気がついたら午後だった。来客だ、と告げに来たラグナさんが、あまりの自堕落具合に天を仰いだ。
「お前な……日がな部屋に篭ってて楽しいか」
「楽しいか楽しくないかと聞かれると楽しくないです。出かけさせてくれないのはラグナさんじゃないですかー」
「当たり前だ。何のためにお前を俺が監視してると思ってるんだ」
私が布団の中から非難の声を上げると、ラグナさんは冷ややかに切って捨てた。
ラグナさんは『護衛』ではなく、あらかさまに『監視』と呼ぶ。まぁ、それもあながち間違いではないのだと思う。
私だけが隔離されているのは、すなわち『一人だけしか召喚されない魔法陣』から『二人の人間』が召喚されたことを隠すため、だと私は解釈している。実際あの召喚が行われた部屋にいた人々の顔に最も多く浮かんでいたのが困惑であり、私が調べた限りでも、あの魔法陣を使って二人の人間が召喚された事例はなかった。
つまりは神聖なる儀式の場で、失敗したことが露見するのを恐れているわけだ。
そのおかげで、私は「巫女姫の友人」から「いないはずの架空人物」に成り下がっている。まぁ、与えられた離宮は無駄に広くて豪華だし、いくら自堕落な生活をしていても大して咎める者がいないから、けっこうこれはこれでいいな、とも思うのだが。
「とにかく着替えて準備しろ。その格好で人前に出ようとか考えるなよ。来てるのは巫女姫だが、いいか、お前の元の世界がどうだったか知らないが、それは寝間着だからな!私服ではないからな!」
「はいはいはい、分かってますよぅ。うぅ、体痛い……」
部屋から出ていくラグナさんの姿を横目に見ながら、私は寝間着――私から見るとフリフリで可愛らしいワンピース――を脱いでクローゼットの中の若草色のワンピースを取り出した。ぶっちゃけ色以外の違いがわからない。区別がつかず、二日目に寝間着でうろついていたところ、ラグナさんから淑女の在り方について三時間のお説教をされた。女嫌いのくせして細かい奴だ。
肩につくかつかないかの髪に軽く櫛を通し、手洗い用の桶に入っている水で軽く顔を洗う。
鏡の前で意味もなくピースサインとか作っていると、部屋の外が騒がしくなり、突然扉がはね開けられる。
「……何してんの」
「なんとなく」
ばっちりピースサインのまま、咲夜と目が合ってしまった。
何やら意気込んでいたらしい咲夜は、深くため息をつくと地面にへたりこんだ。
「もう……心配させないでよ。なかなか会わせてくれないから何かあったのかと思っちゃった」
「あんたは心配しすぎだ」
遅れて、後ろからニヤニヤと面白そうな笑みを浮かべるアルフレッドさんと、苦い顔をしたラグナさんがやってきた。
「仲が良いねぇ、相変わらず。俺らはお邪魔かな?」
からかうようなアルフレッドさんの言葉に、咲夜は満面の笑みを浮かべる。
「はい、お邪魔です」
「咲夜、本気で追い払いに入るんじゃありません」
顔が引きつった男性陣に、私は溜息とともにそう言った。
「でね、今日は午後からユリウスさんと一緒に大神殿を回ってくるんだ」
一日一回、咲夜は私の部屋に来る。王宮であったこと、これからの予定、周りの人物、いろんな話をして、三十分から一時間程度で周りに急き立てられるように帰っていく。
それだけ咲夜は多忙であるらしい。私は暇を持て余すほどだというのに。
「ユリウスって王太子さんだっけ?なんでそんな人と一緒に」
「ユリウスさんって、けっこう政治に熱心な人なんだ。ここ最近神職がいろいろきな臭いから偵察にー、だって」
「王太子よ……会って間もない小娘にんなこと話していいのか……」
この国の将来が心配になってきた。そのうち国家機密とかさらっと流しちゃうんじゃないだろうか。
柔らかい寝台をソファー代わりに腰を下ろし、咲夜は誇らしげな笑みを浮かべた。
「これも私の人望なのだよ。ユリウスさん良い人だし、何かあった時に頼りになるし。あと、宰相さんともいろいろ話すようになったし、騎士団の方にも顔出すようにして人脈広げてるんだ」
私は小さく感嘆した。
たしかに人脈は広げて欲しかったけれど、彼女はかなりの人見知りだから、そこまで期待はしていなかった。
彼女の笑みを眺めながら、むず痒いような、焦燥感と後悔が混じりあったような感情がこみ上げる。
咲夜は頑張ってるのに、私はどれぐらいこの世界に来て動いただろう。大して動けないなのは分かっているけど、でも、出来ることはもっとあったんじゃないか、と考えてしまう。
「……すごいね、咲夜は」
そんなことないよ、と照れたような笑み。軽口を切り返しながら、彼女には見えないようにきつく手を握り締める。
私たちの会話が途切れた頃を見計らって、ラグナさんが部屋に入ってきた。
「悪いな、邪魔をする。巫女姫様、そろそろお時間です。外に迎えが来ています」
咲夜は一瞬眉を八の字に曲げて、私に名残惜しそうな笑みを浮かべた。
「おばあ様、かぐやは月に帰らねばならぬようです。今までお世話になりました」
「おお、行かないでくれかぐやよ……って誰がおばあ様だおい」
「引き篭りすぎるとほんとにおばあちゃんになっちゃうよー!それじゃあまた明日!」
そう言って、彼女はしっかりとした足取りで扉をくぐっていく。
しばらく彼女の姿の消えた扉を見つめていたが、自分に喝を入れ直し、立ち上がる。
部屋を出て、大抵ラグナさんがいる中庭を目指して歩き出した。