3
騎士二人の背中を追いながら、私は映画の中のような豪華な廊下を歩く。
どうやらあまり人通りのない廊下ばかりを通っているようで、広かったり吹き抜けだったり凝った装飾がしてある、というわけではない。ちょっと高めの洋風ホテルの廊下という感じ。
……なんて、楽しんでいられる余裕は実はあんまりなかったりする。
「どこまで行くんですかー」
私が問いかけると、若い騎士がちらりとこちらを向いた。その鋭い視線に、一瞬萎縮してしまいそうになる自分をなんとか押さえつけ、負けじと睨み返す。
「今向かってんのは、かつて王女が療養に使っていた離宮だ。まーちょっと奥まってて不便なところはあるが、変なとこじゃねーから安心してくれや」
私達の睨み合いに気づいているであろう壮年の騎士は、こちらに視線を向けてにやっと笑った。
「嬢ちゃんなら、こっちの事情もだいたい分かってるだろ?」
「……、まぁ、予想はついてますが、私はこの世界のことについてほとんど何も知りませんので、何とも言えませんね」
「まぁそりゃそうだわなー。あぁ、ちなみに俺はアルフレッド。一応騎士団長をやってる。何かあったら俺に言ってくれや」
壮年騎士ことアルフレッドさんは、がしがしと赤髪を掻いた。
「とりあえず、嬢ちゃんが命の危機にさらされることはよっぽどのことがない限り無ぇ。そこは安心してくれや。で、こっちの若いのが近衛士隊から引き抜いてきた嬢ちゃんの護衛」
もう一度若い方の騎士に視線を向ける。彼は嫌そうな雰囲気を隠すこともせず、ぶっきらぼうに一言、「ラグナ・ブランチェット」と名乗った。
「……アルフレッドさん、私この人とまだ嫌われるようなことをするほど長い時間関わってないんですが、何で睨まれてるんでしょう」
「……まぁ、いろいろあるんだが、こいつ女嫌いでなぁ……ラグナ、お前も任務だ、割り切れ」
アルフレッドさんの呆れたような言葉に、ラグナと呼ばれた騎士はそっぽを向いた。
「公私混同は無能の証拠ですよー」
便乗してボソッと言ってみると、冷たい視線が突き刺さった。
やるか?とばかりに私も目を吊り上げる。しばらく無言の睨み合いが続いた後、諦めたように彼は視線をそらした。
「わざわざ個別に警護せずとも、地下牢にでも放りこんどきゃいいんじゃないですか、こいつ」
「つべこべ言うなや。こりゃ仕事だぜ?」
アルフレッドさんの笑みに、ようやくラグナさんは口を噤む。
多少気に入らないが、一応相手は自分を警護してくれる人物ということで、ラグナさんを覗き込みながら挨拶をする。
「……えっと、関口千香です。これからよろしくお願いします」
「……」
無視された。感じわるーい。
瞼越しに突き刺さるような朝日に、私の意識は浮上した。
「頭、痛ぁ……。つか、全身ぎしぎし……うわ、やっちまった」
重い頭を両手で支え、机の上に肘をつく。座ったまま眠り込んでしまった体はガチガチに固まってしまっている。
さて、こんなふうに気がつくと朝になっていたのはこっちに来てから何度目だろう。そろそろ両手で数え切れなくなるかもしれない。
私を引きつけて離さなかった魔性の書に栞を挟み、寝台の上に倒れこむ。大して動いてもいないくせに、鉛のように重くなった体を柔らかい寝台に埋めなが ら、私は静かに息を吐いた。
今日で、私たちが異世界――フィアーセという国に来てから、今日で丁度二十日が経つ。
その間私が何をしていたかというと、とにかく離宮の書庫と部屋に篭って読書をしていた。
そもそも異世界の字が読めるのかというと、読めるんだこれが。期間限定で。
私たちが通ってきた異世界召喚の魔法陣には、言語翻訳の魔術が組み込まれていたらしい。おかげで私たちは言語に困らずに生活できているわけだ。ただし、この魔術には有効期限がある。
基本的に、一ヶ月で効果が切れるのだ。
さてさてここで、この魔術の特殊な部分を説明しよう。この魔術はただの翻訳魔法ではない。異世界の言葉と日本語を自動的に翻訳し、脳にしっかりと理解させてくれる優れものなのだ。
つまり、一ヶ月の間に話した言葉、文法などが、全て勉強したかのように脳にインプットされる、ということ。まぁなんて素晴らしい。
ついでに、それは言葉だけでなく、文字にも反映される。
つい先刻まで読んでいた本も、一見するとよく分からない記号の羅列だ。が、なんとなく意味がわかってしまう。これを一ヶ月続けていると、魔術の補助なしでも読めるようになる。実に異世界になじみやすい魔術である。
一見チートな魔術だが、何もしなくても勝手に身に付くわけではない。だからこそ、私は昼夜本漬けになっているのだ。
本を読みあさる理由は、それだけではない。
「いつか私も魔法使いになるんだぐへへへへ……」
……という理由から。
この世界は魔術がある。なら、私も使えるんじゃないか、と思ったのがそもそものきっかけだ。
魔術のない世界の人間が異世界に来ました。そりゃ使いたがるさ、魔術。ハリー・ポッターのようにホグワーズの魔法学校に憧れる人間は少なくないと思う。そんな感じだ。
調べに調べていろいろ試したところ、私はとりあえず標準的な魔術の素養を持つ人間であるらしい。チートじゃないけど全く使えないよりは百倍まし。
もし帰る方法が見つからなかったら、魔術について研究しまくるってのもいいかもしんない。諦める気は全くないけれども。