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「そうだな。いつだって力を貸すことはできない。だが力を貸せる時もある」
やっと、分かった。
この前から感じていた、ラグナさんの言葉の端々に滲むその感情。
「過去に、私みたいな突っ走る人がいたんですか?」
隣で息を呑む気配を感じた。しばらくの沈黙の後、諦めたような苦笑。
「相変わらず鋭いな。……そうだ。二年前に亡くなったがな。聡明で行動的で、そしてすべてを一人で背負う奴だった」
懐かしむような声だった。私は果実水に口をつけながら、ラグナさんの言葉に耳を傾ける。
「俺は殿下――ここは王宮でもないからいいか。ユリウスの乳兄弟だった。今じゃ騎士として公私の区別をつけてるが、昔はユリウスと一緒に王宮を駆け回っていた。彼女のことも、小さい頃から知っていた」
「彼女というのは、離宮で暮らしてた第一王女アメリア姫のことですか?」
「そうだ。魔術の天才と呼ばれ、独自の魔術式をガンガン作って王宮騎士団手玉にとって遊んでた、かの有名なアメリア姫だ」
そんな話は初めて知った。いや、多分実践してるだろうなとは思ってたけれども。どれだけ悪名高かったんだ。
そう、アメリア姫とは私がお役立ちブックと呼ぶ、あの手記の筆者である。離宮の隠し通路なんて、そこの主でもなきゃ知らないことだしね。
「彼女は生まれつき体が弱かった。そのため国王陛下が彼女が静養するための離宮を建てたんだが……大人しくベッドで寝込んでいるような性格ではなくてな。しょっちゅう王宮から逃げ出して騎士団総出で王女の捕獲に当たったりした。離宮も魔術の仕掛けが入り乱れていてな、彼女の部屋にたどり着くまで一時間以上かかるのはザラだった」
そう言いながらも、それを恨んでいるような色は、声からは感じられなかった。
「彼女の明るさは、唯一の救いでもあった。その頃のユリウスは王太子になったばかりで、その重圧で精神が不安定だった。国王陛下も体調を崩していてな、その治療にアメリアが参加していた。……彼女の死は唐突だったよ。持病が原因だった。治療のために魔力を使いすぎたせいで力尽きたのではないかとも言われている。多分、前から自覚症状は出ていただろうに、彼女は誰にも相談することなく、命尽きるその時まで一人で駆けていった」
きっと、ラグナさんにとって彼女は実の妹のように大切な存在だったのだろうと感じた。そして、今はそれを私と重ねている。
私の考えを察したのか、軽く訂正が入る。
「言っておくが、別に重ねているわけじゃないぞ。あいつの方がもっと安定感があったらな。お前は危なっかしすぎる。心臓に悪い」
「悪かったですね、心臓に悪くて」
ぶすーっとふてくされたような口調を作ってみれば、くつくつと笑い声が響く。
「大分元気は出たか?そしたら何も考えずに寝ろ。もう夜遅い」
わしわしと人の頭を掻き回すと、ラグナさんは再び手すりを飛び越えた。残された二つの空のカップをラグナさんの方に軽く放って返す。
「それじゃ、良い夢を」
「……おやすみなさい」
ラグナさんに別れを告げて、すっかり冷えた体をベッドに潜り込ませる。
明日は、少しでも力が抜けるように。
おいしいおかみさんの朝食で腹を満たし、再び神殿の書庫の蔵書を漁る。昨日のうちに半分ほど確認を済ませたため、今日は残りの半分を調べるだけだ。
本の山と格闘すること数時間。太陽が真上まで上がってきた頃に、ようやく私はお目当てのそれを見つけた。
「あった……」
埃をかぶり手垢で汚れた本は、実に地味な本だった。しかし今の私にとっては宝石にも勝る宝物だ。
ゆっくりその本を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。求めてる記事は一つだけ。元の世界への帰り方。
やがて求めていた内容にたどり着いた私は、その内容を見て、しばらく動くことができなかった。
『世界はひとつではない。何千、何万という世界が、まるで魚の卵のようにぎっしりと詰まっている。
世界一つ一つは薄皮に包まれており、薄皮がある限り、世界と世界は交わることはない。
薄皮――この世界では『扉』と呼ばれるものは、少なくともこの世界では、精霊にその管理を任されている。精霊たちは、管理を行っている精霊を『扉の番人』と呼ぶらしい。
しかし、この扉の番人が既にこの世界に存在しないことを、フィアーセ王国第十七代神官長グレン・シンクレアは肯定した。これは神官達の共通意見であり、現在に至るまで新しき扉の番人は確認されていない。
今まで数件異世界からの『渡来人』の存在が確認されているが、彼らは薄皮に空いた実に小さな点をすり抜けてきていると思われる。この点の位置は把握されておらず、恐らく発見することは不可能であろう。
扉の番人が確認されない以上、人間が異世界へと移動するのはほぼ不可能である 』
数回、その紙の上に刻み込まれた文字を指で追った。そこに書いてある文章が幻であることを祈りながら。
「……うそ」
嘘。いや真実だ。ずっと気づいていて、でも誰かに否定して欲しかったもの。
最初から察していて、でも気のせいだって。どこかにきっと方法はあるって。
きっと、きっとどこかに。
自分にそう言い聞かせながら、震える体を止めることはできなかった。張り詰めてきたものが絶望の刃でぷつり、と絶たれる。支えていたものが崩れ落ちる。
そして、すべての感覚が、消えた。




