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「元気になりました!!」
「……子供かお前」
朝一番で宿の食堂に駆け降りてきた私に、ラグナさんは呆れたような表情をした。そのまま私の額に手を当てて、「熱はないな」と呟く。
「分かったよ。目的地は神殿だったな?俺もついていくが、いいか」
「ひ、ひとりでも大丈夫ですよ。倒れたりしませんよ?」
「俺の用もトゥナリアの神殿なんだ。手紙の返事は他の者に託すと聞いたが、一応様子を見に行きたい」
ラグナさんは、王都のとある人からトゥナリア宛の手紙を届ける用を頼まれていたらしい。既に私が寝込んでいる間に手紙自体は渡したらしく、その様子見なわけだ。
そう言われると、強く拒否しづらい。しょうがなく、私は「そうですかー」と言って、朝食のパンに口をつけた。
宿のおかみさんが朝焼いたというパンは、外はカリッと香ばしい焼き目がついていて、内側には濃厚なチーズの香りに包まれたもっちりとした生地が眠っている。中に混じったとろっとろのチーズも絶品だ。
さらにスープは干し肉と野菜をじっくりと弱火で煮込んだ、素朴な味付けのものだ。塩と僅かな香辛料で野菜の旨みを極限まで引き出している。まだ秋とはいえ体の芯まで冷えそうな寒さのこの街に、ぴったりの料理といえよう。
おいしい料理で英気を養った後、私たちは荷物をまとめて宿を出た。
トゥナリアの街は、今まで見てきた街よりも重厚な石造りの家が多い。煌びやかな王都などとは違って、ひっそりと息づく印象の街並みがまた新鮮だった。
大通りをまっすぐ進んでいくと、ひときわ大きい建物にたどり着く。
「ここがトゥナリア神殿だ」
私はゆっくりと、その神殿を見上げた。
その神殿はやはり石造りの重厚な作りをしていた。寒さのせいだろう、あまり開放的な作りに放っていない。入口の横には優しそうな男性の像が一つ飾られている。
「あれは?こっちの世界の神様?」
「そうだ。あれはたしか、言語神フィーアの石像になる。この神殿の珍しいところといえば、フィーアを主神とした神殿であるところだろうな」
ラグナさんの解説を聞きながら、私たちはゆっくりと神殿の入口へと向かった。
「言語神フィーアは、人間の守護神でもあった。彼は人間に自らの力の一部である『言語』を与え、時に変化させ、人間を守る武器とした。それが今の魔術の始祖だといわれている。しかし、人間は魔術を乱用し、守るはずであった言語や魔術は、他種族を抑圧し傷つけるものとなった。魔術により種族間のバランスが狂ったことで、言語神フィーアは創造神エリヤから罰を受け、神の座を追われることになった。今は彼は神ではないとされているからな、彼を祀る神殿も少ない」
「へぇ……魔術は神の御技、ねぇ」
確かに、人知を超えた力である以上、それは神の力なのかもしれない。
「言語神フィーアが神の座を追われてすぐ、人間が持っていた言葉の力も殆どを奪われた。それにより一度魔術はこの世界から消え去った。今の魔術は過去の遺物だな。現在のどんな優れた魔術師も、力を奪われる前の魔術師たちには到底届かないらしい」
「はぁー……、ラグナさん詳しいんですね」
素直に感嘆の言葉をこぼすと、ラグナさんはちょっと間を空けて、「……一般常識だ」と言った。謙遜しなくてもいいのに。
「俺はここの神官長に用がある。お前はしばらく目的の資料でも探していてくれ」
「言われなくても」
ラグナさんの言葉に、私はやっと解放された気持ちで歩きだした。軽くラグナさんに手を振ってから、近くの神官を捕まえる。
「すみません、ここの蔵書を拝見したいんですが、どうしたら拝見させていただけるでしょうか」
神官は私を見て少し不思議そうな顔をした。なんでこんな小娘がこんなところに、とでも言ったところか。
「蔵書でしたら、この奥の部屋で見ることができますよ。ですが、どれも古代語で書かれていますので読むことは難しいかと思いますが……」
「あぁ、私、古代語を教えてもらったことがあるんです。教えてくださりありがとうございます」
ぺこりと神官に頭を下げると、私は書庫らしき部屋に駆け込んだ。
部屋の中は、書庫特有の埃と湿気のこもった匂いが充満していた。といってももうこの匂いは離宮にいたときに慣れてしまっていたため、特に抵抗もなく本棚を覗く。本棚は長い間整理がされていないようで、順序もなにもなく本がただ乱雑に並べられている状態だ。ひどい場所だと本棚が足りなかったのか、床に本が山積みにされている。
「どうだ?ありそうか」
ひょっこりと顔を出したラグナさんに、私は肩をすくめてみせる。
「こりゃすぐには見つからないですね。私はまた宿取り直してじっくり探すつもりです」
「そうか。じゃあ部屋が埋まらないうちに予約を取っておいたほうがいいな。行くか」
当然のようにそう言って歩き出したラグナさんに、私は少し間を置いてその背を追いかけた。
一欠片の猜疑心を、押し隠すようにして。




