10
夜。私は、明日咲夜と会うときに聞きたいことをメモにまとめていた。
一回目の外出は、あまりうまくいったとは言い難い。そもそも一回二回で噂はばら撒けるものではない。
巫女らしい言動で、巫女は民の味方であるのと同時に王太子派であることをアピールしなければならないのだ。
一番効果的なのは、国民の目に触れるような大きな式典の場で、国民にそれをアピールすることだ。しかし私は本物の巫女ではない。故にそんな式典になんか参加できない。
「どー、しよっかなー」
羽ペンを片手にうなっていると、私の部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「ティカ嬢、いるか?」
「……アルフレッドさん?どうしたんですか?」
やや硬い声につられて、つい私も身を硬くする。
扉を開いたアルフレッドさんは、私を視界に捉えると一瞬ホッとしたような顔をし、そして、探るような視線を向けた。
「ちょいと変な質問をするんだがな。今日の昼間、何してた?」
「……え、昼間ですか?」
さぁっ、と血の気が引いた。
アルフレッドさんは、私が外出していたことを知っていい協力者か、それとも知ってはいけない監視者か。
考えればすぐにわかる。この質問を投げつけてくる―――宰相から事情を聞いていない、事情を知らせるわけには行かない人間だということ。
「今日は書庫にこもって読書したり、庭で稽古してましたよ?それがどうしましたか?」
「……そうか。や、それならいいんだけどな」
アルフレッドさんは口元に笑みを浮かべて、「邪魔したな」と部屋を立ち去る。
その後ろ姿が見えなくなったのを確認して、私は床にへたりこんだ。
「アルフレッドさん、怖…………」
笑みを浮かべて帰っていったもの、最後まで彼の目は、容疑者を疑う警察の目だった。
笑顔でありながら、彼が放つ威圧感は圧倒的で、気を抜けば口が勝手に肯定の言葉を紡ぎそうだった。私は挙動不審の行動をとらなかっただろうか。未だに鼓動が速い。
そういえば、アルフレッドさんって国王陛下と仲が良さそうだった。……国王陛下に仇なす行為となりかねない私の動きは、バレたらやばい。
「…………寝よ」
インク壺に蓋をし、せっかく作ったメモも見られないように魔術で燃やす。そしてそのまま、私はベッドに潜り込んだ。
願わくば、私の選択が良い未来へと続いていますように。
「千香、何かあった?」
「え?」
日課通り顔を出した咲夜が、今日は私の顔を見るなり開口一番そう言った。
「別に、何もないけど。何で?」
「なんとなく。なんか、難しい顔してるから」
私はしばし沈黙した。さすが、幼馴染だ。
「宰相さんがこの前来たって言ってたけど、そのせい?何か言われたの?」
「別に言われてないよ?ただ、咲夜とここ最近なかなか会えないんだーって話してたな。この天然たらしめ、さては惚れさせたな」
「違います誤解ですありえません。もー、千香はすぐそっちの方向にくっつけようとするー」
ぷくーっと頬を膨らませて怒る友人に思わず笑みが溢れる。
「だってねぇ。月代咲夜といえばウィンク一つで男を誑し込む世界最強の悪女じゃないですか」
「誰が悪女?ひどっ、それはひどいっ!私何もしてないもん!」
「何もしてないから余計タチが悪いみたいな」
「そんなこと言ったら千香だって!何故かモテる!女子に」
「あー、あったね。何故か下駄箱にラブレター入ってたの」
あれは中学の頃だっただろうか、男子生徒に詰め寄られている女の子を見かけたために、軽くあいだに割って入った所、何故か次の日に下駄箱にその子からのラブレターが入っていたという謎の事件が起きた。私がモテたのはあれが最初で最後であるが。
「あれはまぁなんていうか、偶然みたいなもんだよ」
「いや、意外と人気あるんだよ千香は。女子高だったらアイドルになれる程度に」
「それはない。絶対。っていうか女の子にモテてもちょっと……男にモテたいわけでもないけど」
こっちがからかっていたはずなのに、ちょっと分が悪くなってきたようだ。しかしそれ以上はその話題を続けず、咲夜はくるりと話題を戻す。
「まぁ、宰相さんとは確かにここ最近顔を合わせてないんだよねー。話がある、って言ってたのに、何の話なんだかわかんなくてすっきりしないんだ」
「だから告白……」
「そのネタはもういいよ」
しつこくからかおうとする私を咲夜がジト目で睨む。
「まぁまぁ、そう怒るでない。多分話って今度の収穫祭の話じゃないかな。礼儀作法を叩き込みたいって言ってたよ。めちゃくちゃ複雑なのやらせるって言ってた」
「えー……」
心底嫌そうな表情に、心の中でくすりと笑う。
いつものように寝台に並んで腰掛けて、一時間だけの憩いの時間。
「そういえば、ここ最近陛下とよく顔を合わせるんだよ。暇なのかなぁ」
暇なんだろうなぁ、仕事してないんだし。と心の中で独りごちる。
「国王陛下ねぇ。私最初の時しか顔合わせてないや。どんな人だっけ」
「なんか、不思議な人。優しいんだけど、なんていうか……あの人といると変な気分になるんだよね。品定めされてるような、いない誰かと比べられてるような、そんな感じ。ユリウスさんが言うには、多分娘さん――王女様と比べてるんじゃないかっていうんだけどね、なんか苦手なんだよなぁ」
「へー……」
そうか国王には娘もいるのか。初耳だ。
その時咲夜が顔を曇らせたが、それはきっと不快感からのものなのであろうと、その時の私は思っていた。